目撃者
男は音もなく、矢のように闇を駆け抜ける。
逃げる、追う。追う、逃げる。
どれだけの距離を走っただろうか、三人が脚に疲労を感じ始めたころ、逃げ去る男の前に、小柄な影が重なった。
男の仲間か、あるいはこちらの加勢か。
キーファの予想はいずれも外れていた。影がこちらに向き直る。少年だ。一瞬だけ照らされた無防備な顔が自身の弟妹の姿と重なり、ぎくりとする。
「子供!?」
男は速度を緩めることなく、少年に向かってまっすぐに突き進んでいく。
「え?」
どこか間の抜けたような、幼い声が耳に届いた。
「逃げろ!」
キーファの叫びは間に合わなかった。
男と少年は刹那、正面から向き合い、直後に交差した。
すっと男の手が動いた。槍が閃き、殺戮の唸りを生じる。
そのまま立ち尽くす少年を尻目に、男は走り去り、闇の中に溶けて消える。
「……っ、……ぁ」
ややあって、少年の口からかすかな声が洩れた。
同時に、右の胸から血が噴水のように吹きあがる。その勢いに負けるかのように少年の膝がくず折れ、彼はそのまま地面に倒れ込んだ。
「くそっ、またか!」
ロイズが唸る。目の前で、二人目の犠牲者を出してしまった。本当に無差別だというのか。行き遭った者を誰彼構わず殺していると。男に対する怒りが膨れ上がる。
だが、ロイズの判断は早計だった。
倒れた少年の横を通り過ぎようとしたとき、少年の口からほんのわずか、空気の洩れる音が響いた。足音に掻き消されそうなほどかすかなその音を、デライラの耳が捉える。
「生き……、てる?」
デライラのつぶやきに、キーファとロイズも足を止めた。
「……まだ息があります。今なら助かるかもしれない」
二人は男の消えた闇の向こうと倒れた少年とを交互に見やる。男の姿はとうにない。
一瞬の逡巡ののち、彼らはその場に留まった。目の前の負傷者を放り出すことはできない。
「神殿へ運びましょう。治療師がいます」
「わかった」
デライラの提案にロイズは短く頷き、少年を抱え上げる。
その腕を幾筋もの血が、流れとなって滴り落ちた。