20
眩しい…目が霞む…
ここは…?ここは、…何処?…白い?…仄かに赤く色付いた天井が見える…
風が気持ちいい。草木を揺らす涼風が薄いカーテンを揺らしている。
チラチラとカーテンの隙間から光が差し、私の目に橙に染まった光を届ける。
「ここは…」
顔に手を翳し差し込む夕日を遮ると、少し離れた所に人影が見えた。
「あの…」
「あっ!気が付かれましたか!」
「…はい。ここは何処でしょうか?」
「学園の癒し部屋ですよ。先程まで学園の光魔法師様がいらっしゃったんですが…、お加減はいかがですか?校舎三階から落ちられてショックで気を失われたと伺っています。問題はないとの判断でしたが…どこか、おかしい所はありませんか?」
そう問われて私はハッとして身体を確認した。
手も動くし、足も動く、特に痛みも…少し背中が痛いかな?…頭は打ってないみたいだし…大丈夫かな?
「…大丈夫そうです。ありがとうございます。貴女は?」
「私は学園の癒し部屋付きのメイドです。本当にお身体に問題はございませんか?問題が無い様でしたら光魔法師様をお連れしたいのですが、席を外させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。お願いしますね。」
「では、失礼いたします。」
メイドが静かに部屋を退出すると少ししてドアがノックされた。
少しだけ髪を直し、衣類に乱れが無いかを確認し扉の向こうへと声を掛けた。
「はい。どうぞ。」
「失礼します。」
「寝台の上から失礼します。只今、光魔法師様も癒し部屋付きのメイドも不在です。間もなく戻られると思いますのでお待ちになって下さい。」
「あぁ、いい。リーゼロッテ嬢。貴女に用があって来たんだ。お加減は如何だろうか…。」
私は首を傾げ、繁々と入室してきた男性を見つめた。
この人は確か…隣のクラスの…えーっと…喉まで出掛かっているのに中々出て来ない。
「あぁ…すまない。言葉を交わすのはこれが初めてだった…私は、ディートリヒ。アンシュッツ伯爵家の者だ。…それで、お加減は如何だろうか…咄嗟の事で風魔法で落下の勢いを相殺する事はできたのだが…その…心配で…。」
彼は、ディートリヒ・アンシュッツだ。危ない…名乗ってくれてよかった…。
確か彼は、武の家柄だったはず…人を浮かせる程の魔法も出来るのか、凄い…って、魔法はまずい!規則では授業以外の魔法の使用は原則禁止とされている。
「ディートリヒ様は、私を助ける為に規則違反をされてしまったのですね!本当に申し訳ありません!それなのにわたくしは、寝台の上からご挨拶などと…」
私は急ぎ寝台から降りようとした。
「いや、いいんだ。そのままで構わない。緊急事態につきお咎めは無かったよ。心配しないでほしい。ただここに来たのは、少し聞きたい事があってね…。ここに座ってもいいかな?」
ディートリヒが寝台の横にある椅子を手で示した。
「えぇ、どうぞお座りになって下さい。…改めまして、わたくしクラウゼン子爵家長女のリーゼロッテ・クラウゼンです。宜しくお願いいたします。それで…お話と言うのは…」
直ぐに話し始めるかと思いきや、私から少し視線を外し少し戸惑った様子で言葉を探している。夕焼けも相まってか少し顔が赤い様な気がする…シャイなのだろうか…名前は知られていたみたいだけど、ほぼ初対面だし…癒し部屋とは言え年頃の男性だから二人きりのシュチュエーションにテレがあるのかな?極々薄い緑がかった銀髪なのが爽やかで硬派な感じがする。
「…お身体が大丈夫な様で本当によかった。それで、聞きたい事と言うのはアンゼルマ・ベーベル男爵令嬢の事だ。」
「アンゼルマ様ですか…?」
問われた事で思い返す。
ピンク色のふわふわとした髪にクリクリとした可愛らしい目の物語のお姫様と言っていい容姿をしている。半年ほど前に急遽入学され、同じクラスになった令嬢だ。
授業が終わるとふっと居なくなってしまうので、これまで挨拶以外は交わしたことがなかったと思う…。恨まれる様な覚えは全くないのだが…
あの恐ろしい表情が脳裏を過り、ブルリと身を震わせてしまった。
「怖い事を思い出させてしまったかな…。すまない…。私は…あの時、下の階にいたんだ。上から何かが降ってきたのに気が付き何事かと階段を駆け上がったんだ。三階に上がるとリーゼロッテ嬢が窓から落ちる瞬間で…私は慌てて飛び出した。アンゼルマ嬢が良く解らない事を叫んでいたのを無理やり退かして地上ギリギリでリーゼロッテ嬢を助ける事ができた…。本当に間に合って良かった。」
「本当に…ありがとうございます…。この御恩は…」
「いや、そういう言葉が聞きたい訳じゃないんだ。感謝の言葉だけで十分…。貴女を癒し部屋まで届けた後、私は教員に連れられたアンゼルマ嬢に何があったのか確認したんだ。どうも雰囲気が…尋常じゃない感じがしたから…。すると彼女は、リーゼロッテ嬢とは友達でふざけてたら彼女が落ちてしまったと言ったんだ。しかし、私は思うんだ…普段の貴女の振る舞いを考えると、窓から落ちる様な行動を取ったとは思えない。」
彼は視線を逸らしたまま、静かにそう告げた。
私の普段の振る舞い…この人は周りをよく見ている人なんだなぁ…確かに、私は目立たず子爵令嬢らしい淑女たれと行動している。お陰で運動は全然ダメになってしまった。前世の記憶から思いっきり走りたいという欲求はあるが、体育の授業がないので仕方ない…。淑女は走らない。
普段の私を知っているならば…確かに窓から落ちる様な事はしないと解る。
視線を逸らしていたディートリヒが座り直し、少し強い目線を向けてきた。
ライトブルーの瞳が夕日に照らされて、吸い込まれそうな程綺麗だ。
「リーゼロッテ嬢。もし…もしも、アンゼルマ嬢に何かをされたのだとしたら…それは許される事ではない。私が間に合わなければ、貴女は死んでいたかもしれないんだ…。」
「アンゼルマ様は…今どちらに?」
「彼女への対応は教員に任せたので詳しくは聞かされていない。彼女の言い分と私の見た物の報告はされているが、リーゼロッテ嬢が無事だったのと放課後で目撃者が私以外いないので、まだ大事にはなっていない。だが、アンゼルマ嬢は男爵家だ。子爵家令嬢であるリーゼロッテ嬢に直接何かしたのであれば大事になる。貴女の言葉次第で私は…」
私の言葉を待つように、ディートリヒの言葉が途切れた。
さて、どうしたものか…
肯定も否定も簡単だ。肯定すればアンゼルマ自身にかベーベル男爵家に何かしらの処分が下されるだろう…。どうするべきか…処分が甘い場合の仕返しは怖い…彼女の表情は鬼気迫るものがあった。もう二度と会う事のない措置がされるかもしれないが…それはそれで困る。それに、私が無理やり左に逃げたから落ちてしまったのであって、右に逃げていたら落ちなかった。落ちたのは私の選択ミスだ。今思えば、「消えろ」とは言われたが魔法や刃物を向けられた訳じゃない…殺すつもりならもっと確実な方法があったと思う。明確な殺意と言うよりは、何か…差し迫った感じがした…何か追い詰められた様な…恐怖に怯えた目だったと思う……。彼女に対する恐怖心はまだ強い。それでも……すぐじゃなくとも…いつかは彼女と話がしたい…
アンゼルマは、私の存在を定義できる唯一かもしれない。
「ディートリヒ様。あれは…事故です。私とアンゼルマ様は、クラスメイトです。友人と呼べるかは解りませんが…普通にお話をする関係ですわ。あの時、少々立ち話をしていたのですが誤って本が窓から落下してしまいました…。私は本が好きです。慌てて身を乗り出し、弾みで窓枠を乗り越えてしまったのです…。どうして窓枠を乗り越えてしまったのかは…少し曖昧で覚えておりません…。」
ディートリヒは、少し訝し気な表情で私を見つめた。
あぁ、これは含みを持たせ過ぎた…?どうする、どう誤魔化す…こんな時普通の令嬢は…
私はあえて彼の瞳を見つめ、何かに気が付いた様に口元に手を当て、スッと目線を外し動揺した素振りを見せた。さー、気が付いてくれ!13歳の御令嬢は、二人きりで男性と目を合わせるなんてとっても恥ずかしいんですよっ!これは普通ですよ!!
「…っ!?もっ、申し訳ない!!私とした事がっ!」
やった気が付いた!
ディートリヒは転げる様に椅子から立ち上がり、真っ赤になって顔を逸らした。
「いえ…大丈夫ですわ…。その…わたくしこそ、申し訳ありません…。」
「本当にすまないっ!!それで…その…もし何かあるのであれば、私に相談してほしい。あまり長居は良くないね。そっ、それではまたっ!」
完全勝利!!
それなりに自分可愛いとは思ってたけど、夕日差し込む放課後の保健室に学生の男女が二人きりなんてシュチュエーションが効果を発揮してくれた。
ほっと胸を撫でおろし、アンゼルマと今後どうするかを考えていたら廊下から足音が三つ聞こえてきた。
ドアに視線を送ると、ノックが響いたので返事を返した。
「失礼します。光魔法師様を連れて参りました。それと、ビアラス子爵令嬢がいらしています。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「まぁ!ミーンヒェン様が!?是非、お通しして下さい!」
「リーゼロッテ様!わたくし、校舎から落ちたと伺って心配で心配で!!本当に心配しましたのよ!良かった…グスン…」
「ミーンヒェン様…泣かないで下さい…。わたくしは大丈夫です!ご心配お掛けして、申し訳ありません。」
「無事で良かったです!さぁ、魔法師様の治療をお受けになって!」
「はい。では、後程お話いたしましょう。」
ミィーンヒェンとは、クラスメイトで正真正銘のお友達…いや、親友かな。
同じ子爵家の立場だが、彼女の家は孤立していた。財の家系ではあるのだが、現当主があまり優秀でなく…大した仕事も与えられず肩身の狭い思いをしていたらしい。しかし、突然現れた「計算機」で兎角を表し驚異的な速さで仕事を熟し、みるみると信用を回復させた。「計算機」を開発した我が家に尋常ではないほど恩を感じており、その縁で彼女と知り合った。
最初こそ、私を立てる様な振る舞いであったが説得のかいあって今では対等な関係だ。
赤茶色の髪に少しきつめの目をしているが屈託ない笑顔を向けてくれる彼女がとても大好きだ。本人はとても気にしているが、彼女のそばかすも可愛いと思っている。まるで「赤毛のアン」の様な彼女だが、妄想癖はなく家が窮地に追いやられていたせいか…とても、現実的だ。
「では、背中以外は痛みを感じたり違和感があったりはしませんね?些細な事でも言って頂かないと直す事ができません。」
「はい、背中以外は特に問題ありません。私も初級ですが、光魔法が使えます。もし後程経って手に負えない何かがあるようでしたら必ず訪れますわ。」
「解りました。それでは、自室での魔法使用の許可を私の方から申請しておきます。くれぐれもご無理はなさらないで下さい。それから、教員が話を聞きたいと申しておりました。まだお加減がわかりませんでしたのでお断りしておきましたが、問題ないのでしたら夕食後にお伺いするようにお話しておきますが?」
「はい、それでお願い致します。」
いくつかの問診の後、背中に治療魔法を施して貰い癒し部屋を後にした。
食堂の夕食の時間にはまだ間に合うがもうあまり時間がない。私とミィーンヒェンは、なるべく早い歩調で食堂へ向かった。
「リーゼ、本当に大丈夫なの?一体何があったの?」
学園食堂に向かう途中でミィーンヒェンが恐る恐る疑問を投げかけて来た。
「…?大丈夫よ?どうして?」
「放課後で今は噂にはなってないけど、教員室で話を聞いた子が何人もいるの。明日には噂で持ち切りになるわよ?」
「無事だったのに、そんなに大事になるかしら?」
「なるわよ!だって、そのとき一緒に…変わり者のアンゼルマさんが居たんでしょ?リーゼがアンゼルマさんと一緒にいるなんてクラスメイトなら特におかしいと思うわ!それで、一体なにがあったの?」
「本を窓から落としてしまって…慌てて窓から転落してしまったの。事故よ。アンゼルマ様はたまたま傍にいただけで何もないわ。」
最初こそ心配半分であったが、今は興味が大多数を占めている様だ。
いつの世も女の子は噂好きである。
「親切な生徒が助けたって聞いたけど…誰に助けられたの?」
「ディートリヒ・アンシュッツ様に助けて頂いたの。お陰で背中の痛みだけで済んだわ。癒し部屋にも運んでくれたみたいで…ねぇ、ミィーン。こういった場合、お礼はどうしたらいいと思う?」
「………」
「ミィーン?」
「……じゃない」
「え?どうしたの?」
「ディートリヒ・アンシュッツ様って伯爵家の次男じゃない!!しかも王家直属の騎士団コースって言われてる有望株じゃないの!!!最初こそ武爵かもしれないけど、時期がくれば騎士爵よ!!しかも、かっこいい!!まだ成長途中かもしれないけど、絶対にいい男になるわよ!!」
「ちょっと!ミィーン、落ち着いて!!」
「あー!うらやましい!助けて貰って、運ばれて…運ばれてっ!?どうやって運ばれたの!?ねぇ、リーゼ!どうやって運ばれたの!?」
「あの…意識がなくて…」
「絶対、横抱きよっ!横抱きっ!!リーゼ、解ってるの?婚約者でもない殿方に横抱きをして頂いたのよ!!そんな事滅多にある事じゃないのよ!!キャー!キャーッ!!」
現実主義なミィーンヒェンが珍しく妄想トリップをしている…乙女モード怖い…。
「ミィーン!落ち着いて!人に聞かれちゃう!!」
「ッ!?そう…そうね。こんな姿人には見せられないわ。お礼…そう、お礼ね!任せてリーゼ!一晩考えさせてちょうだい。いい案を考えるわ。絶対逃しちゃだめよ!」
「え?…えぇ…」
結婚適齢期ギリギリまで婚約すらも控える昨今、婚期を逃すまいと乙女達の影の攻防が行われている…。政略的な結婚が消極的な今、乙女達はそれを乗り越える手段を考えた。家が当てにならないのであれば、殿方に熱烈に望まれればいい…
貴族の乙女達は己を武器に立ち上がった…世はまさに…恋愛結婚時代!
…であった。
誤字脱字、矛盾や感想等 是非宜しくお願い致します。
作者は恋愛物のつもりで書いてます!
9月27日:アンゼルマへの処遇とリーゼロッテの心理描写の変更。
(「苛烈なヒロインに対する恐怖心や対応が甘い」と言ったご意見を頂いた為、私自身も思う部分があり対応させて頂きました。)
全てのご意見に対応する事は不可能ですが、今後もご指摘部分に関して私自身が納得した場合対応していきたいと思います。ただ、後半のストーリーが続いてしまった後になると展開の関係上、書き直せない事もございます。ご理解頂ければ幸いです。




