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「ちょっとっ!!そこのモブ女っ!!!あんた、一体誰なのよっ!?」
夕日の差し込む人気の無い廊下に、そんな声が響き渡った。
突然の大声にビクリと一瞬肩を震わせ、恐る恐る振り返るとそこには半年程前に突然入学された女子生徒が般若の形相で睨み付ける様に立っていた。
私は、胸の前で両手に抱えていた本を片手に持ち直し、空いた手でスカートを摘まみ上げ軽く会釈をしながら一つ唾を飲み込んで声を掛けた。
「ごきげんよう。アンゼルマ様。あの…今のは、わたくしにお声掛けなさったのですか?」
務めて冷静に問いかける。
【モブ女】…そんな造語を言う人はこの世界にはいない…存在しない。
私以外にも【転生者】が居たのか…
私の頭がおかしい訳ではなかった…
緊張とは裏腹に安堵の様なものが胸を過った。
嘗て、私が生きていた【地球】と言う世界、【日本】と言う国。
そこは、天皇を象徴とし政治家が国を治め科学の発展した平和な国。
しかし今私が生きているのは、名も無き世界の【オーステル王国】と言う小国だ。
ここは、国王が権力を発揮し貴族が国を治める剣と魔法の世界。
ずっと、頭がおかしいのかもしれないと不安に思っていた。
誰にも相談できなかった…確かめたい…真実をっ!
いや、だめっ!だめよっ!
しっかり判断しないと今までの苦労が水の泡になるかもしれないっ!
掛けるべき声は掛けた。彼女の次の言葉を待つ…
「そうよっ!あんたよっ!このモブ女っ!!!名前も無いモブキャラの癖にっ!なんなのよっ!なんで私の邪魔をするの!?半年経っても攻略キャラには中々近寄れないし、悪役令嬢も仕掛けて来ないっ!ラブ度上昇イベントも起こらないっ!おかしいと思って調べてみたら、居るはずの無いモブのあんたが輪の中にいたわっ!しかも、何度も私が無理やり立てたフラグをへし折った女!!ハッ!?貴女、モブ女じゃないのねっ!?バグねっ!?それともウイルスっ!?兎に角、邪魔なのよっ!!!!」
一歩、また一歩とアンゼルマがこちらに近寄って来る。
彼女の余りの迫力と勢いに勝手に足が後退する…
「あの…アンゼルマ様?す、少し落ち着かれては如何ですか?」
「うるさいっ!」
「な…何か思い違いがあるんだと思いますっ!」
「五月蠅いっ!黙れバグッ!!あんたを消去すればきっとっ!きっとっ!!!」
気が付けば降りるはずだった階段の前を通り過ぎ、廊下の端まで来ていた。
まずい、これ以上は下がれない…
落ち着くどころかドンドンとエスカレートする彼女の興奮状態は、最高潮とも言える状態にまで達している様に見えた。
何か手は無いか、誰か通りかかってくれないか、そんな思いを巡らせ視線を彷徨わせるもそんな都合の良い物も人も無かった。
授業以外での人へ向けた魔法は禁止されている。ましてや、人に向けた事など一度も無い。
「アンゼルマ様っ!!」
「消えろーーーっ!!」
ついに襲い掛かってきた彼女に抵抗するべく本を前に突き出すも叩き落とされ、背後の開け放たれた窓に吸い込まれるように消えていった。
そのまま右の手首が掴まれ窓枠へと押し付けられる。
ドンッ!
背中に激痛が走り、思わず左手が出てしまい彼女の顔を翳めた。
「ッ!!…何すんのよっこのモブ女ぁああああっ!!」
「や、やめて…やめ…」
更に強くなる圧力から逃げようと体を捻るようにずらそうとしたその時、私の意思に反して足が浮き上がるのを感じた。
逃げる方向を間違えたっ!
そう思った時には既に遅く…
押された勢いその儘に、背中から地上へと落下していた。
死ぬ間際には、スローモーションになるらしい。
そんな話を聞いた事があったな…あぁ、まさに今それだ…
空を飛ぶ何かの鳥が上空でゆっくりと羽ばたいている…必死に窓枠に伸ばしているはずの手も倍速で再生された花の咲く瞬間の様に徐々に開いてゆく…
アンゼルマがゆっくりと窓から顔を覗かせた。
落下する私と目が合った瞬間、ニィィと悍ましく顔を歪ませて笑って見せた。
視界がどんどんと白に染まって行く。
これが、気を失う瞬間なんだなぁ…
そんな他人事の様な想いが頭を過り意識が途切れる寸前に声が聞こえた。
『私がこのゲームのヒロインよーーーーッ!!!!』
私の目の前に現れた転生者は、どうやらヒロインでした───
誤字脱字、矛盾や感想等 是非宜しくお願い致します。
作者は恋愛物のつもりで書いてます!