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そして冬が差し迫ったある日、貴族院から内示が告げられ貴族街へ転居した。
お母様の意向もあって、屋敷の機能としては最低限の使用人を迎え、子爵家としての生活が始まった。これでやっと特級の光魔法による治療が行われる事になり、専属の光魔法持ちのメイドも付く事になった。
お父様には執事のビョルエンが付き、正式に叙爵を賜る『上天の宴』までに子爵家の当主として必要な知識を学び、私と家庭教師を一時的に共有し貴族マナーの再確認を行うそうだ。宴までは、もう2か月もない…きっと今まで以上に大変になるだろう。
ジークは子守メイドが付く事になり使用人との距離感を生活の中から学んでいく事になる。春になって洗礼式を迎えた後は家庭教師が付く事になるだろう。多感な時期なので注意深く見守る必要がありそう。
さて、私はと言うと…
既に私の年齢だと、同年代の子たちのお茶会が始まっており、当面はそのお茶会に参加できる程度の貴族マナーや他貴族に対する一定の知識などを詰め込む様だ。勉強に関しては、最初にテストのような確認が行われ問題ないと判断された。貴族と言えば、社交パーティー!みたいなイメージはあるが、上位の貴族は個人で早々にレッスンを始めるそうだが、中位~下位の貴族は12歳からはじまる学園で授業として存在しているらしくそこで習い、冬休みに入る前の『冬鳥の宴』で披露する以外は、16歳の年の社交シーズンの始まりに行われるデビュタントボール『蒼天の宴』以降となる。そのダンスの内容も、ワルツっぽい曲調で基本ステップの繰り返しな物で私の知るタンゴとかチャチャチャの様なラテンな感じの格好良くキレッキレな競技ダンスではないらしい…どうせやるならあっちの方がよかったな…
それはさて置き…
言葉遣いは兎も角、遠回しな物言いには慣れず…中々難しいもので…これは成人までに慣れていくとしても、跪礼が曲者だった…なんなのこの姿勢、めっちゃしんどい…このまま少しの間とは言え言葉を交わすにはそれなりに腹筋と背筋が必要なんだけど…脹脛もピクピクする…スカートの裾を持って軽く屈む様なお辞儀も難しいが変な筋肉を使わない分マシだった…
そして、半数以下に減って少し増えてきたとはいえ貴族の数が多い事…
覚えるべきはまず上位貴族、もちろん王家もだがニ公爵、三公爵、この王家も含めた六家は全て王領地を共同で納めている様な状態らしい。本来はそういう物ではないらしいのだが、一族大連座で大量の貴族を失い、武に優れた家を周辺国の国境付近に配置、特に他国へ続く道がある場所は五家の辺境伯が治め、残った国の中心にある大きな土地を王領地と定め、国が正常化するまでの一時的な措置とされたらしい…元々持っていた領地が王領地になった家は冬になるとその辺りに帰る事もあるらしい…。今後の再配置を考えると正直覚えたくない…領地名でなら覚えやすいのに…
その辺りの基本さえ押さえれば後は、同年代の子を抱える家を覚える事になる。
が!これもまた結構曲者だった…
一族大連座のせいで一時期国が荒れた為…少し落ち着いた時期に考える事は皆同じ、出産ラッシュが起こった。そしてまさに私もその一人で…同年代の貴族が多い。殆どの貴族に私とそう年の変わらない子がいる。
おのれ、一族大連座…大公ヤン=インクヴァーに恨み言を言いたい…
これは余談だが、もう一つ私にも少し関わる問題がある。
それが、婚約者問題だ。
国がまだ安定しきっておらず、これから新興貴族も増えていく予定で、一度困難を共に乗り切った家々ではあるが段々と勢力が解れつつある。その最中で簡単に家を繋ぐ婚約が行われないでいるのだ…。特に近年デビュタントを終えた成人組は、本来であれば婚約者がいて当たり前らしいが適齢期ギリギリまで婚約者すら決められない風潮があるらしく…私たちの年代もその余波を受けて消極的なんだそうだ。
王家ですら正式な婚約者の発表をしておらず、恐らく現在最終調整の真っ最中だろうとか噂らしい。王家が決まらなければその下なんかもっと決まらないだろうな…
今のところ結婚に全く興味はないが…ジークが跡取りとなるし、いずれ嫁がなくてはならない…それが普通なのだが、貴族になれば家の問題になるのでお父様に任せよう…
学ぶ事が多くて頭がいっぱいだ。
「リーゼお嬢様、間もなく夕食のお時間です。」
「今行きます。」
宿題として渡された貴族名鑑を閉じ部屋を後にした。
「リーゼお嬢様がいらっしゃいました。」
「おと…うさま、ジークももういらしていたんですね?遅れて申し訳ありません。」
「リーゼ…それを家族の前でもでもやるのかい?」
「家族の前だからですよ、お父様。他に披露する場所がありません。慣れる為にはしかたないのです。お父様も協力をお願いします…わ?」
お父様は眉をハの字にして了承の合図地を打った。ジークは慣れないながらも見た事もない料理に夢中になっている。
「そうだな。時間も無い事だからな。リーゼの為にもおとうさ…まも?頑張るよ。これ、お父様って自分で言っていいのか?私がいいのか?」
「お父様…。わたくしにも解りませんが、「私」であれば間違いないかと思いますよ?」
「そうか…そうだな。」
「それでお父様。ずっと疑問に思っていた事をお伺いしてもいいですか?」
「何かな?」
「内示とは言え、既に子爵を賜ったのですよね?ですが、我が家には元々家名がありません。家名なしの子爵なんて在り得ないですよね?」
「あぁ、その事か…リーゼの耳にはまだ入ってなかったのだな、すまない。実はな…私も知らないんだ。」
「え?そんな事ってあるのですか?」
「前例では、昔戦争で功績を挙げた男爵家の三男がいてな…その時は、区別が付かなくなるとの事で新たに自ら家名を付ける了承を頂いたそうだ。我が家もそうなると思っていたんだが、一向にその手の話も来なくてブルグスミューラー伯爵に確認をしたんだよ。「全ては『上天の宴』にて」との事だった。」
「そう…なのですか…。不思議ですね。」
「まぁ、新たな役向きも『上天の宴』の宴の後から始まる、名乗る事はそれまでは無いからな…困ってはいないんだが……リーゼ…家族の時位やっぱりやめないか?お父さん息が詰まって仕方ないよ…」
「わたくしは早く慣れて学園に行く許可を貰わなくてはならないので…出来る限り貴族として頑張ります。」
「よかった…お父さんも、ちゃんと頑張るから…」
「…お父さん、頑張ってね。」
前世振りで慣れないナイフとフォークを使った食事も間もなく終わりを迎えようとした時、お母様付きのメイドが食堂へと入ってきた。
「失礼いたします。奥様がお目覚めになられました。」
「おかあさん!!いこう、おとうさん!おねーちゃん!」
「そうだな、ジーク。すまないが食事を終える事にする。後は頼んだ。」
「「畏まりました。」」
お父様と私とジークで二階への階段を上がり、南向きの庭が見える部屋の前まで来た。
コンコンコン!
「カテリーナ、私だ。ザームエルだ。リーゼとジークもいるよ、入っていいかい?」
「…えぇ、どうぞ。」
部屋に入ると、正面に見える天蓋付きのベットのカーテンの隙間からお母様が身を起そうとしているのが見えた。慌ててお父様が近寄り体を支え起こした。
「カテリーナ、無理をするな…。心配するじゃないか…。」
「えぇ、でも…家族全員で…会える事なんて…最近なかったから…嬉しくて…」
お母様の声は弱弱しく、息が浅いのか区切るように声を絞り出していた。
特級の光魔法を受ける様になって一月になるが…特級でも……考えたくない…
「おかあさん!だいじょうぶ?」
「あら、ジーク…心配掛けて…ごめんね…。大丈夫…大丈夫よ…ゴホッ!」
お母様が咽たので水差しを取ろうとテーブルに目を向けると、お母様付きのメイドがいつの間にか部屋に居てウィーティを用意していた。
「奥様、どうぞ…ゆっくりとお飲みください…」
「ありがとう…ディアーナさん…」
メイドに敬称を付けるのは貴族としては無しなのだが…お母様のメイドは何もいう事なく接している。恐らく一度このやり取りはしているのだろう…伏せっているお母様に無理をさせない配慮の一環ではないかと思う。
ゆっくりと、一口…二口…とウィーティを飲みコップをメイドに手渡した。
「やっぱり…リーゼの…ウィーティは…美味しいわ…」
「お母様…。」
「ふふっ…リーゼ…お母様…なんて…。貴族の…お嬢様みたいね…。お母さんが…病気のせいで…無理させて…ごめんね。」
「お母様のせいなんて…そんな事ありません!…そんな事は気にせず、早く…良くなって下さい。」
目にいっぱい涙が溜まる。私は両手でスカートを握りしめ、涙を流さない様精一杯努力した。
私に医学の知識があったら…私がもっと才能を持っていたら…光魔法の何かを発見できていたら…もっと早く功績が認められてたら…神級光魔法の使い手がいたら…
たらればな思いが心をぐちゃぐちゃに掻き回していく…
もし前世の記憶がが無かったら、こんな思いなどせずに純粋に悲しみだけに暮れる事ができたのに…普通でない考えに支配されながら普通を望む私は…普通になれるのだろうか…
誤字脱字、矛盾や感想等 是非宜しくお願い致します。
作者は恋愛物のつもりで書いてます!