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「社交のシーズンも終わった、一番近い叙爵が行える祭事は『上天の宴』だ。恐らくそこで爵位を賜る事になる。暫くの間は引継ぎ等で通常とさして変わりない生活になるが、引継ぎが終了次第貴族になる為の準備を始めなくてはならない。」
「私も何かするの?」
「差し当たって、リーゼが行う事は何もないかな。リーゼが頑張るのは、貴族街に移ってからになると思う。リーゼが16歳でデビュタントを迎えるまではお勉強が中心になるかな…12歳から3年間、王立学園に通う事も出来ると思うが、もう二年程しかないからな…家庭教師の方が効率がいいかもしれないね。そこはリーゼの希望に沿う様にしよう。」
「12歳までに貴族らしくできるようになったら、学園に通えるの!?」
「そこまでは時間がある…ゆっくり考えなさい。それじゃあ…そろそろ…夕飯を貰ってもいいかな?お父さん、急にお腹が空いてきちゃったよ。」
「わかった!今日は、赤のスープだよ~っ!」
「赤か…赤なのか…お父さん、赤が一番苦手だよ…」
***
ある日、お父様が見知らぬ男性を連れていつもより早い時間に帰宅した。
「お初にお目に掛かります、私はブルグスミューラー伯爵様より御縁を頂き、此度叙爵される子爵様へお仕えさせて頂く事となりました、家令を務めさせて頂きますビョエルンと申します。宜しくお願い致します。」
「えっと…、ザームエルの長女リーゼです。宜しくお願いします。」
「…ジークです…おねがいます。」
「只今、お屋敷の準備を大急ぎで行っております。リーゼお嬢様とジークお坊ちゃまには、御不便をお掛けいたしますが、今暫くお待ちください。」
「お姉ちゃん、おやしきって?」
「あのね、もうすぐ新しいお家に移るんだよ?おっきいお家に住むの。」
「おっきいおうち!すごいね!どのくらいおっきいの!?こーーんくらい?!」
「もっと、もーーーっとだよ!あ、ごめんなさい。お話続けて下さい。」
「お気遣い、ありがとうございます。尽きましては、ニ日後に衣装の採寸を行いますので本日はその日の御衣裳をお届けにあがりました。旦那様よりお伺い致した寸法にて取り急ぎ用意させた品になりますので、不都合もあるかと思いますがご容赦ください。」
ビョエルンが右手を挙げると、後ろから二人の男性が衣装箱を運んできた。
「当日は、早朝にメイドを連れお伺い致します。」
「お父さんも行くんだよね?お母さんは?」
「奥様に関しましては、メイドがこの場で採寸致しましていくつかの衣装を作らせます。その者が、奥様に付き添う事になっておりますのでご安心下さい。」
「お母さんにはお話ししてあるから、リーゼがお母さんに似合う衣装を選んであげるんだぞ?お母さんの好きな色は解るかな?しっかり確認しておくんだよ。」
「わかった!」
「では、二日後にまたお伺い致します。」
ブルグスミューラー伯爵のご厚意で貴族になる準備は恙無く行われた。
屋敷の改築や残りの人員の手配、家具の購入、衣装の注文、装飾品の購入等々
私たちも引っ越しの準備を少しづつ進めた。
と言っても、持っていく物など殆どない…元々物も多くないし身分にそぐわないから品だから仕方のない事だ。
「お父さん、この木簡とかは持っていっていいと思う?」
「初級魔法書の写しかい?木もだいぶ傷んでるし、これを機に羊皮紙に書き換えた方がいいかもしれないね。あ、ジーク!積み木は新しい物を買うから仕舞わなくていいよ。」
私たちの真似をしてジークが頭陀袋に積み木を詰め始めたが、お父様に止められて頬を膨らませ袋から出し始めた…でも、ちょっと口元が緩んでる。「新しい積み木」の言葉に、真似できない気持ちが勝った様だ。
「なんかもったいないなぁ…お父さん、持っていけない物って…捨てるの?」
「それなんだがなぁ…実は…」
ドンドン!ドンドン!
お父様の言葉を遮るようにドアがノックされた。
また、ビョエルンだろうか?そう思いながら玄関に向かった。
「はーい!どちら様ですか?」
「すみません!こちらにザームエルさんはいますか!?」
お父様に来客の様で振り返ると、声が聞こえたのが玄関に飛び出してきた。
ガチャ!!
「ダニロ!!ダニロ!!!待っていたよっ!」
「ザームエル!!間に合ったか!良かった!!叙爵ってどういう事だ!大急ぎでやって来たんだぞ!説明して貰おうか!!」
「お前は、相変わらずだな!」
「そっちこそ、なんか…吹っ切れた顔しやがって!!心配したんだぞ!」
お父様とダニロが、硬く握手を交わしながら空いた手で互いの肩をバンバンと叩き合っている。まさに、旧友との再会…そんな様子であった。
「お父さん?」
「あぁ!リーゼ!この人が前に話していた、お父さんの友達のダニロだ!ダニロ!娘のリーゼと…そこから覗いてるのが息子のジークだ。」
「リーゼとジークか!いい名だっ!お父さんとは古い仲のダニロだ!」
「リーゼです。よろしくお願いします。」
「…ジーク…です。」
「手紙の通り、中々頭の良さそうな子だな。ジークは人見知りか?」
「洗礼前だからな。仕方ない。」
「お父さん、とりあえず中に入って貰おう?玄関だよ?」
「そうだったな!まぁ、中に入ってくれ!ちょっと散らかってるが、すまないな。」
お父様がダニロを家に招き入れ、椅子に座るよう促した。
ダニロさんと言えば、ウィーティの件だ。すぐに台所に程よく冷やしたウィーティを持って戻り、ジークと一緒に席についた。
「もしかして、これが手紙の?」
「そうだ。手紙に書いたウィーティだ。折角だ、話す前に飲んでくれ。」
「そうだな…それじゃあ、いただくとしよう…」
ダニロは、カップを手に持ちまず匂いを嗅いだ。鼻を近づけたり、離したり、手で仰いでみたり、傾けて色を見たりと…一通り確認し終えたのか、一つ頷くとカップに口を付けた。そして、口に含んで暫し間を置き鼻から息を吸い風味を確認したかと思えば一気に飲み干した。
「どうだ?」
「………。はぁ~…。ザームエル…何で…何でもっと俺を急かさなかった!」
「手紙は書いたじゃないか!」
「まさかここまでとは思わなかったんだよ!あーくそうっ!俺のアホー!!なんて間の悪いやつなんだ!しかも、こいつが一番売れそうな夏が終わるじゃねーか!」
「お前にしては来るのが遅かったな。てっきり、すぐ来ると思ってたよ。」
「あぁ…実はな、親父の所で働いてたんだ。お前と別れて、俺も色々と思うところがあってな…あの頃は、若かったからなー俺たち二人なら何でもできるって思ってたんだ。親父の見様見真似でもなんとかなるってな…お前にも事情があったし、国を揺るがす事態だったからな…まぁ少なからず影響があったんだ。でも、俺達の商売はなんとかなったんだよ。不思議だろ?あの時、元々荒れてたがあの一瞬…とんでもなく市場が揺れたんだ。吹けば飛ぶような俺達のとこがなんとかなった。それで、お前がいなくなった後おかしいと思って調べたんだよ…そしたらどうだ!…親父が手を回してたんだ……」
「あの親父さんがか…」
「そうだ。俺達が出来てるって思ってた商売は、親父の手回しのお陰で出来てただけだった。愛されてないと思ってた…所詮、愛人の子だ。お情けで生かされてるって思ってたよ…」
「そうだったんだな…」
「それで俺は、一旦俺達の商売を辞めた。親父の所に行ったんだ。そこで一から学ばせてもらってな、愛人の子だけど家族としてきちんと迎え入れてくれた。まぁ、兄貴がいるからな!商会は継げない訳だが、親父から盗めるもの盗んで合格貰って、もう一回商売を始めようと思ったんだ。その最終試験が、周辺三国を回る行商だった。売上が一定に達したら合格って流れだ。」
「それは…とんでもない試験だったな…あの親父さんらしいっちゃらしいか。」
「だろ!?行商の最中に両手じゃ数え切れない…山賊やら盗賊やらモンスターにも襲われたさ!」
「無事で何よりだったな。」
「それで、お前の手紙だよ!俺がその行商に出発した直後に届いたらしくてな!ニ国を回って一旦戻った時に手紙の存在を知ったんだ!すぐに飛んで行きたかったさ!でも途中で投げ出す訳にも行かなくてな!これでも急いだんだぞ!それで戻ってみたらどうだ!?そう、叙爵!叙爵だよ!どういう事なんだ!俺がどれだけ急いで来たか解るか!?」
お父様とダニロさんの昔話を交えた近況報告は長く続き…飽きてしまったジークを連れて部屋に行く事にした。必要になったら呼ばれるだろう…叙爵して子爵になれば、こんな感じで話せる事も無くなるのかもしれない。普段のお父様より口調が砕けた感じなのが印象に残った。
私はジークがお昼寝をした隙にそっと買い物に出てお酒を振舞った。
誤字脱字、矛盾や感想等 是非宜しくお願い致します。
作者は恋愛物のつもりで書いてます!