10
困った事になった。
その困った原因の赤髪の少年は、一切振り返る事無くスタスタと私の前を歩いている。
並んでみて解ったが、私よりも頭1個分背が高い。少し年上か同じ年か…そんなところだろうか。加えて、少年は膝丈のズボンに上等な靴を履いており動きやすそうな恰好をしている。
少し距離があいては小走りに追いつき、また距離があいては小走りで追いつきを繰り返し、今まで歩いてきた過程もあって私はヘトヘトだった。
吐きたい溜息を抑え、少し俯いてフーッっと息を吐いた。
「おい、お前。」
「え?あ!はい。何でしょうか。」
「お前、体力ないな。歩くのが遅い。うちの庭師の娘の方がよっぽど体力があるぞ。」
「すみません。こんなに長い距離を歩くのが初めてで…えっと、坊ちゃんは凄いですね。貴族の方は移動に馬車を使うと聞きました。」
少年が立ち止まりこちらを向いた。チャンスだ、今のうちに休もう。
「お父様は、とても強いからなっ!俺も見習って剣の稽古をしている。体力がなくては剣は扱えないんだ!解るか?」
「えっと、はい。そう思います。」
「うむ。それと坊ちゃんはよせ。お前はうちの使用人じゃないからな。」
「では何とお呼びすれば…。」
「ヴォルフラム・ビッケンバーグだ。ヴォルフラムと呼べ。」
「では…、ヴォルフラム様とお呼び致します。」
「さっさと行くぞ!」
そう言って歩き出したヴォルフラムの歩調は、心なしかゆっくりになった。
名を名乗って少しは気を許してくれたのだろうか?
そういえば、自分は名乗ってなかったな…でも、聞かれてもいないし…もう会う事もないだろうからと聞かれるまで黙って置く事にした。
「それで…何の本を借りたんだ?面白かったのか?」
「初級魔法書を借りました。とても勉強になりました。」
「お前も魔法か。皆、魔法魔法…剣の方が絶対にカッコいいのに何でだ!」
ヴォルフラムが少し声を荒げた。
「えっと、剣もカッコいいと思いますよ。ただ…私にはできそうもありませんし…私は魔法の才能がないので少しでも多く学びたいなと思って本を借りました。とっても勉強になりましたよ?」
「そうか!そうなのか!お前も才能がないのか!なんだ、仲間か!」
途端に声が明るくなり一瞬こちらを振り返って無邪気な笑顔を向けてきた。
活発で生意気そうな美少年の屈託のない笑顔…凄い破壊力だ。
「…あ、はい。残念ながら才能に恵まれませんでした。私の魔法は初級でしたので、努力で補えないかなと…せめて初級魔法全てをしっかり覚えたくて。」
「家に教師は来ないのか。準貴族は大変だな。俺はな…、お父様と一緒で3個の蕾が出来たが…全部中級だったんだ…。でも俺は、剣が好きだったし魔法なんか無くても強くなれると思ってる!剣で強くなれば魔法の才能が無くてもお父様に近づけると思うんだ!」
「お父様が大好きなのですね。剣術を頑張るのはとっても凄いし素敵だと思います。」
「そうだろう!俺は剣で一番になれるように頑張っているんだ!…でも、お前は凄いな。才能がないのに諦めないのか…俺も努力すれば魔法剣が使えるのかな…」
「えーっと…、魔法剣がどのような物なのか解りませんが…努力はとっても大切だと思いますよ?あっ!そうだ。ちょっとこっちに来てください!私の努力をお見せしますねっ!」
私は建物と建物の隙間に入り、ヴォルフラムを招き入れた。
「本当は、内緒なんです。でも、努力が力になる事をお店しますね。絶対に内緒ですよ?人に話してはダメだって私のお父さんが言っていて…どこかに報告に出すそうなので、絶対に内緒ですよ?」
「わかった!仲間だからな!俺は約束を破らない!」
「じゃあ、まずこの水筒をどうぞ。中には珍しいお茶が入ってます。私はまだ飲んでいないので気にしなくても大丈夫ですよ。」
私は篭から水筒を取り出して口を開けヴォルフラムに手渡した。
「人から口にする物を貰ってはいけないと言われているんだけど…まぁいいか!仲間だからな!」
どんだけ私を仲間認定してるんだ…中級もあるのに!
励ましてやろうと思ったのに何故こんなに悔しい思いをさせられるのか…解せぬ。
ヴォルフラムが水筒の口から中を覗き込み、少し匂いを嗅いでから口をつけた。
「んっ!なんだこれ!おいしいなっ!」
「ウィーティと言う珍しいお茶です。では、水筒をこちらに。」
「え?もう少し飲んでもいいか?」
「私の努力を見るんですよね?見せた後、また少し飲んで貰うので…」
「そ、そうか。…わかった。」
ヴォルフラムが名残り惜しそうに水筒を渡してきた。
「何をするんだ?」
「ヒートの魔法は解りますか?水とかを温める魔法です。」
「知ってるぞ?俺も火の才能を持っているからなっ!」
「では…私の努力をお見せしますね。」
「炎に仕えし聖霊よ─熱を散らし冷気を与え賜え─ヒート」
一瞬の極小の光を発してふわっと風が発した。熱が散らされたようで、ほんの少し水筒自体が冷たくなったのを手に感じた。成功だ。
「っ!?今のは何だ?初めて聞く支持文だぞ?」
「はい、それが私の努力の成果ですよ。本当に秘密にしてくださいね!」
「わかってる!男に二言はないっ!」
もう1度念押しをしてヴォルフラムに水筒を手渡した。
「ん?冷たい…?もう、飲んでいいのか?…飲むぞ?」
魔法が掛かったであろう水筒に少し躊躇しながら問いかけてきたので頷いて見せた。
「よ…よし、じゃあ…」
躊躇う様にコクンと一口喉を鳴らし、ほんの僅かの間を置いてゴクゴクと飲み始めた。
お気に召したようだ。夏の終わりとは言え、まだまだ暑い。歩いてきたのもあって普通より冷たい麦茶はさぞかし美味しいだろう。
「プハーッ!!お前…これ、凄いぞ?こんなのはじめてだっ!確かに初級魔法だったのにどうやった!?どうしてこうなった??俺、これが毎日飲みたいっ!!」
「ヴォ、ヴォルフラム様!落ち着いてくださいっ!これが私の努力で、えっと、お父さんにはちゃんとお話ししてあるのでちゃんとした手続きが取られた後に広まると思いますからっ!だから、だから内緒なんですっ!…あの、手…手を放して下さい。」
興奮したヴォルフラムが、水筒を持った反対の手で私の手を掴み、ブンブンと興奮の勢いのままぶん回し私の体が左右に揺れていた。
私の言葉で自分の行いを理解したのか、ピタッ!と一瞬静止して慌てて手を放しそっぽ向きながら、また一口水筒の中身を飲んだ。
「すまん。女性には優しくしろとお母様に言われているの…本当にすまない。」
「いえ、大丈夫ですよ。少しビックリしただけです。仲間ですから!」
「そうか、良かった。仲間だからな!おっと、いけない!図書館に行くんだったな!もうすぐそこだから急いでいこうっ!」
若干無理やり話しを戻された感はあるが、本来の目的に戻れると安心したのも束の間、手を取られヴォルフラムが走り出した。
やめてーっ!長いスカートだから足がもつれるし、私はウィーティを飲んでないっ!水筒返してーっ!
そんな事を考えながら必死に走ったが…口にする事はできなかった。
少し走ったところで急にヴォルフラムの足が突然止まり、私は止まり切れずヴォルフラムに顔面から突っ込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「はぁ…はぁ…ぶつかってしまって…すみません…はぁ…お怪我は…無いですか…」
「問題ない。お前、本当に大丈夫か?体力がなさすぎる。ちゃんと食べてるのか?」
「…はぃ…食べてます…不自由は…していません」
「そうか、なら運動をしたほうがいいぞ?」
「はい、そうしようと…思います。」
「お前に魔法の努力は大事だって教わったからな。俺の剣の努力も真似していいぞ。」
「剣は無理ですけど…、体力に関しては努力しようと思いました。」
「それがいい。それで、ここが図書館だ!どうだ!でかいだろ!」
「うわーっ!」
そこには重厚な歴史ある風貌の真っ白な石材で出来た大きな建物が建っていた。
門の脇には少し洒落た感じの軽鎧に身を包んだ兵士がおり、門から建物の間にはテラスの様な空間があってちょっとした公園の様になっていた。
「凄いっ!平民街の図書館と全然違うっ!」
「そうだろう!そうだろう!さぁ、入るぞ!」
もう少し建物を眺めたい気持ちを置き去りに、また手を取られズンズン進むヴォルフラム。
何故お前が偉そうで、何故主導を握られているのか…私の用事なのに。
中に入ると両サイドに彫像が並ぶ短い廊下があって、そこを抜けると吹き抜けの大きな空間に沢山の本棚が並んでいた。一回のフロアには沢山のテーブルと椅子が並び、読書をするスペースが設けられていた。読書スペースには二人だけ人がおり、長い青い髪を一つに束ねた人とその横に執事の様な男性が立っていた。見える範囲に利用者はこの人たちだけの様だ。
左手にカウンターがあって一人の男性が書類仕事をしてる。右手には仕切りのあるテーブル席が見えた。あそこが写本や勉強をするスペースなのだろう。
剣を持つ騎士の様な彫像に見とれているヴォルフラムの手をスルリと抜け、恐らく受付と思われる男性の所へ足を進めた。一瞬ヴォルフラムが此方を見たが、もう少し彫像を見ていたいのか付いて来なかった。
「すみません。返却はこちらでよろしいでしょうか?」
「ん、ああ。本を出して下さい。」
初級魔導書を篭から取り出し手渡すと受付の男性は図書館の印を確認すると帳簿の様な物を確認しはじめた。この帳簿は羊皮紙なのか…さすが貴族の図書館だ。
「あった。貸出人は、ザームエル…ふん、準貴族か。貴様は娘か?」
「はい、父の代理で返却に来ました。」
「平民落ちしたやつが由緒ある貴族図書館で借りるなど…落ちたものだな…」
「…」
感じ悪い。落ち着いた声で喋っているが、嫌悪感の様な物をひしひしと感じる。
ふと後ろに気配を感じてチラリと見ると、雰囲気を感じ取ったのかヴォルフラムが立っていた。ちょっと心強いと思ってしまった…。
「返却は受け付けた。もう行っていいぞ。」
「え?あの…保証金の返還は…?」
「…ッチ。…保証金は、子供には大金だ。帰る時に返す。」
「わかり…ました。では、少し館内を見学させてもらいます。」
「騒ぐなよ。」
見学していいのは良かったが、凄く気分が悪い。軽く会釈をして受付を後にした。
「なんか嫌なヤツっぽかったな。」
コソコソとヴォルフラムが話しかけてきた。
本物の子供にも感じ取れる嫌悪感とかどうなのよ…。そう思いながら本棚を見て回る。
「平民ですから、仕方ないです。」
「そんな事、国王陛下が許さないぞ?民は財産だってお父様が陛下に言われたって…俺が生まれる前に改変があって、悪い貴族がいっぱい死んだって聞いた。民を大事にできない貴族はたぶん悪い貴族だ。」
声を抑えながらもしっかりと主張をするヴォルフラム。
微妙に子供らしくないなとは思っていたが、この世界では貴族の子供も平民の子供も無邪気な子供ではいられないのかもしれない。貴族の子供もこれが「普通」なのか。
「何かされた訳じゃないですし、大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます。」
「べっ、別に心配した訳では…ない…事実だ。それに、仲間だからな。仲間は助け合う。」
「それでも嬉しいです。ヴォルフラム様みたいな良い貴族の方に守ってもらえるのは、民としては有難い事だと思います。」
「そうか…嬉しいのか…。民を守るにはもっと力がいるな…もっと剣術を学ぶぞ。」
「魔法も勉学も大事かと思いますよ。」
「そうだな…剣だけじゃダメなんだな…努力は必要…だったな。頑張るよ。」
私の笑顔に、苦笑にも似た笑顔が帰ってきた。
遠くで微かに十一の鐘が鳴るのが聞こえた。もう3時か…帰りの道程を考えるともうそろそろ頃合いかな…あんまり図書館を見る事はできなかったがしょうがない。
同年代の子供と知り合う機会も少ないのでヴォルフラムとの出会いは色んな意味で貴重だったし、大冒険の収穫は上々だ。
「ヴォルフラム様、そろそろ時間なので出ましょうか。」
「十一の鐘か。お母様の買い物が終わるのにもう一刻もないだろう。…行くか。」
本棚の森を抜け、受付に戻ると先程の男性が嫌そうに眉を顰めた。
「何だ。」
「保証金の返金をお願いします。」
「渡しただろ。」
「いえ、大金だから帰るまで預かるとおっしゃいました。」
「いや、渡した。大方、遊ぶのに夢中で失くしたたのだろう。帰れ。」
「頂いていません。勘違いではありませんか?」
最初の一瞬以外一切こちらを見る事なく、渡したと言い張る受付男性。
私が子供だと思って盗む気か?許せない!お父様は安くないと言ってたい!取り返さないと、お父様をがっかりさせてしまう。
「帰れ。邪魔だ。」
「いいえ、帰りません!受け取るまで帰れません!保証金を返してください!」
「貴様、俺を愚弄するのか?」
「愚弄などとんでもない!きっと勘違いされているのですよね?お願いします!返してください!」
「静かにしろ!兵を呼ぶぞ!」
泣いちゃだめだ!怖くても立ち向かえ!
自分を奮い立たせ、次の言葉を掛けようとした時ヴォルフラムが間に入った。
「俺も後で渡すと聞いた。返金しろ。」
「君は…?…どこの子か知らないですが、聞き間違いではありませんか?私は、きちんとこの平民に返金しました。私は末席とは言え貴族です。嘘はつきません。その平民が嘘をついているのです。騙されてはいけませんよ。」
「違う!俺はちゃんと聞いた!それに、こいつは嘘なんか付かない!努力のできる凄いヤツだ!貴族は民を…平民を守る義務がある!俺はこいつを守る!返金しろ!」
そう言うとポケットから金属の丸い板を取り出し、受付男に見せる様にかざした。
「これは…ビッケンバーグ家の家紋…。」
「わかっただろ!さっさと返金しろ!」
「…いいえ、では尚更できません。私は、貴族としてビッケンバーグ家の御令息を守らねばなりません。この平民は嘘つきです。そして、貴族である私に罪をなすりつけようとしているのです。民とは下賤な者です。今その無礼者を排除致します。兵を呼びますのでお待ちください。」
悔しいっ!子供だからって完全になめられたっ!
お金も返して貰えないし、このままでは言い含められて捕まってしまう…。
「大丈夫だ!なんとかする!」
ヴォルフラムが私の手をギュっと握った。
誤字脱字、矛盾や感想等 是非宜しくお願い致します。
作者は恋愛物のつもりで書いてます!