八城 明なんとか生き延びる。
ミラトル大陸の南西に位置する宗教国家オーケスは唯一神たるヤハウェを信仰している聖教神殿おり、国力はこの世界では二番目に大きな大陸でも1・2を争う。様々な人種が神の名の下に平等であり、神の代行者たる聖教神殿の神官長が統治している。オーケスの首都はその国力に相応しい街並みであり、舗装された道や活気ある街並み、表通りをゆっくりと走る荷馬車や荷馬車の馬の代わりだろうか、ダチョウの様な鳥や・大型の蜥蜴や更には小さい像の様な生き物が荷物や人を運んでいる。
そんなオーケスの首都の表通りの隅の方で、八城 明は地べたに座り込み、空の容器を前に虚ろな顔でブツブツと呟いていた。
「あの野郎絶対許さん。何が悪魔だ、今度は見つけ次第鼻の穴から脳みそグチャグチャにかき回してやるそしてその後は許しを請うあいつにションベンかけてやって×××を×××にしてやってそれだけじゃなくて××××を××してやる。・・・フハハハハハ。そうだ!絶対してやるからな!!悪魔だろうが何だろうが人間様舐めやがって、どうなるか思い知りやがれ。そもそも、こんな世界に説明も無く放り出しやがって。意味不明なんだよ!意味不明なんだよコンチクショウ!!・・・ハイ、大事な事なので2回言いました。先生2回言いましたー。・・・うぅ、誰か助けて下さい!!」
ブツブツと負のおオーラを撒き散らせながら落ち込んだと思えば次の瞬間には怒声を上げ、そうと思えば人目をはばからず泣き喚いている。
そんな様子を、道行く人が気の毒そうな顔をしながら遠巻きに可哀そうな目で見ている。
それに気が付いた明は”シャー!!”と威嚇音を出しそうになりながら周りの人を睨みつけ、立ち上がって路地裏の方にブツブツと呟きながら、とぼとぼと歩きだした。
「はぁ~、今日も神殿で配られる麦パンと塩スープでも食べにいくかぁ。昨日はスープにひき肉が少し入っていたけど今日は入っているかなぁ。」
あの誘拐事件から早二ヵ月。てっきり地獄で恐ろしい拷問が待っているのかと思ったが、そんな事は無くいわゆる異世界に来ちゃいましたな感じだった。拍子抜けしたが、憧れの異世界という事もあって俺は思わず「異世界・・・キターー!」と喜んでしまったが、連れてきた悪魔が見当たらなかった。
連れて来さされたからには何かしら説明があるのかと思ったんだが・・・まぁ、無いなら無いで思うままに異世界ライフを満喫し、現代知識を駆使して成り上がってハーレム作ってやるぜ!!と希望に燃えていたが、最初から思いっきり躓く事となった。
だって言葉が全く分からないのだ。勿論文字もサッパリだ。それならとボディランゲージで異世界交流をと思ったが、切なそうな目で蒸かした芋モドキを渡された時は泣いた。芋モドキは美味しかったが。
それに追い打ちをかける様に、持っていた筈のスマホや財布等を持っていなかった。もしかすると、何か特別な能力が・・と期待してみたが、何時までたってもそんな兆しは来なかった。何アイツ極悪過ぎじゃない?殺す気だろコレと思いながらも、残飯を漁ったり、同じ様な浮浪者の後を尾行し炊き出しの場所を見つけたりと、俺はプライドをボロボロにしながらなんとか耐え忍んでいた。
しかし、人間慣れとは恐ろしいものでここ一週間は大分落ち着き余裕が出てきた。・・・まぁ、時々さっきみたいに情緒不安定になるが。
まぁとにかく連れてこさされた町が良かったのか、この世界が良かったのか現在は何とか食べ物は確保出来ており、飢え死にする可能性はかなり低くなった。しかし、寝るところが無く、いつも路地裏で小奇麗な場所を見つけ座るように寝るのだが、満足に寝られない。それならと横になれば良いじゃんと思うだろうが、一度横で寝ていたら浮浪者のおっさんが追いはぎしようとしたのだろう、すぐ目の前まで来ていた事があった。凄く怖かった。
このまま現状を維持した場合、死ぬのは時間の問題だとも考えている。
この世界に冬の季節があればアウトだし、こんなジメジメした所では、どんな病気になるかも分からない。今は良いが安心して寝むれる場所と職を探す事は急務だといえる。
それに、治安が良さそうだといっても犯罪が無い事は無いだろう。現に俺は追いはぎにあいそうになった。こんな生活を続けていたら、いつ事件や事故に巻き込まれるか分からなかった。
今の優先順位を考えながら今日の炊き出しをしている神殿に向かって歩いていると、裏路地の奥のから一人こちらに向かって歩いてきていた。
裏路地は道と呼べるほど広くなく、大人が二人通ろうと思うと壁にくっ付く様にして横向きに歩かなければならない。こんな所歩くなよなー迷惑なんだよと自分の事をすっかり棚にあげ、俺は渋々相手が通れる様に壁にくっ付き横向きになった。
すぐ傍まで近づいてきた。フードを目深に被っていた為、分からないが身長や歩き方から男だと思う。フードの男が俺の前で止まった。・・・・早く通れよ。それともこんな汚い身なりの俺に近づきたくないってか?まぁ確かに二ヵ月風呂に入ってませんがね!!と思案していると、男がフードを外しながら声を掛けてきた。
「元気そうですね、八城 明さん。中々にできる事じゃあないですよ。言葉も分からない全く知らない地で二か月も生き延びれる事は。これなら安心して第二ステップに移れそうです。」
その声を呆然と聞いていた俺は呆けた頭で相手が誰か理解すると、すぐさま渾身の力で殴りつけた。
しかし拳は相手に届く事なく見えない手で押さえられる様に途中で止まってしまう。
フードの奥からはあの柔和な笑顔でこちらを見ていた。思った通り、この二か月間頭の中で何度も何度も殴りつけ、蹴りつけ、殺し続けていた男がそこに居た。
「くそっ!!!・・・一発位殴られろよ。」
「それは申し訳ありません。お気持ちは分かりますが、痛いのは苦手なので。」
その馬鹿にしているだろという態度で益々黒い感情が溢れてきそうになるが、何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせる。俺自身、頭の片隅でだがコイツを怒らせる事の不利益を悟っているからだ・・・・まぁ、悪魔に感情なんてものがあるかは知らないが。
「・・・今度はなんなんだよ。こんな訳分かんねぇ世界へ放りだして、何がさせたいんだよ。・・・くそっ・・・帰らさせてくれよ・・・頼むから・・・。」
「大変恐縮なのですが、そのご期待には添えれそうにありませんね。」
帰らさせてくれないと聞いて、俺はその答えを予想していた筈だが想像以上に絶望した。きっとこの二ヵ月、次にコイツに会えたら、もしかしたら連れて帰って貰えるかもしれないと心のどこかでは思っていたんだと思う。頭ではそんな事は絶対無いと予想していたが。
俺は何といえばコイツの気が変わるか必死に考えた。どうすればいいのか足りない脳みそで必死に考えるがどれも言葉にならずにただ、震えそうになる唇を開いたり閉じたりしていた。向こうから見たらさぞ間抜けだろう。そんな様子をみてなのか目の前の悪魔が柔和な笑顔で聞いてきた。
「おかしいですねぇ・・。私はてっきり明さんはこういったいわゆる異世界の生活に憧れていたように思っていたのですが?」
それを聞いて、思わず声には出さず罵声を浴びせた。馬鹿野郎!それはもっとベリーイージーでなおかつチートな能力があると思ってたからだよ!!
「あぁなるほど、確かにそうでしょうね。私とした事がウッカリしていました、これは失礼。そうですねぇ・・・まぁ、先ずはその前に連れてきた目的をお伝えしましょうかね。」
えっマジで!?と一瞬喜びそうになったが、待て待て待てと自身を落ち着ける。
コレは絶対に裏があると考えていると、男がニコニコと笑みを浮かべながら話しを続けてきた。
「勿論裏はありますよ。先ずは私の目的に協力してくれる事が絶対条件ですよ。・・・まぁ、先ずはゆっくり出来る所に行きましょうか。ここは少々不衛生ですから。」
こっこの野郎・・・誰のせいでそんな不衛生な場所にいると思ってやがる。どっちにしろコイツは俺を元の世界には返すつもりない。だったらこれから無駄な時間を割くよりは、もういっそ無視してこの世界でどうやれば暮らしていけるかを考えた方が建設的だろう。・・・しかし、先ほどのやり取りで気になる言葉が出て来ており、俺にその判断を選ぶ事を躊躇させる。・・・。結果俺は、
「言っとくが、俺はアンタのせいで一文無しだからな。」
と皮肉を言いながらコイツについていく事を選んでしまう。するとコイツは本当に人の良さそうな顔で優しい声で俺に話しかけてくる。
「ええ、勿論何も心配は要らないですよ。どうぞこちらへ。」
そういうと、いつの間にか悪魔の手元に仰々しい取手があった。悪魔がドアをゆっくりと開ける動作をすると、金属が擦れる様な高い音を鳴らしながら空間の向こうに真っ白い空間が見えた。
躊躇している俺を見て悪魔はニコリと笑うと、会釈をして「では私から」と白い空間にスルリと入っていった。
明は目の前の光景に呆然としながらも
「・・あ~、もうやだ。ほんともうやだ。」
そういながらも後に続くのだった。