①-1《プロローグ》
よく、異世界モノのファンタジー小説を読んでいた俺は、まさか自分にその役がくるとは思っていなかった。
そりゃあ憧れはしたが、所詮はフィクション。現実は辛く終わりが見えない。月に2回の休み以外は社畜戦士と化していた俺はその日も終電一本前の電車内で最近お気に入りの異世界を舞台とした小説を読んでいた。得に俺の好きなジャンルはいわゆる"俺TUEEEE系"だ。だってほら、男の子は分かるだろ?あの無双感。「オイオイ、それがお前の全力かよ。」は一度言ってみたいセリフだ。
今読んでる小説の主人公はいわゆる鈍感系ってヤツだが、俺はこの鈍感系ってヤツが信じられない。
周りのヒロインは多方面に美人・かわいい系・ロリ系とオールジャンルで揃っており、皆一様に主人公に好意を抱いている。それなのに、当の本人が気付いていない。正直信じられないね。俺なら手を出しまくってハーレムコースを目指すよ。当然だろ?だって明らかにその子もその子も主人公の事好きで重婚もOKなんだぜ?目指さない方がどうかしてる。男の甲斐性?んなもん知りませんよ。大体、男の甲斐性なんて言葉が・・・・ん?・・・・・なんかさっきから周りがやけに静かだな・・。
辺りを見渡すとそれなりの人数の疲れたオジサンやこれからお仕事なんだろう、派手なお姉さんやらお兄さんがいたはずなのに、誰もいない。
あれれ~おかしいぞ~と、頭脳は大人な子供が俺の脳内で再生されている。いつの間にか終点についたのかぁ?と思ったが電車は未だ走っているみたいだ。更に注意深く見渡すと、奥に見える向こう側の車両は真っ暗になっており中が全く伺えない。
・・・・・・うーん、あれだなきっと。節電中なんだよね!電気代も馬鹿にならないもんな!・・・・・・・チョー!!!怖いんですけどー!!と思わず死語が出るくらいにはビビっている。ホラーは苦手なのだ。とりあえず携帯画面を見ようとポケットから取り出すと電源が落ちている。入れようとしても俺の大好きなあのリンゴの会社のロゴマークが現れない。オイオイオイ・・まじか!?まじかーー!!?と、大事な事なので二回言ったが、俺自身、背中の冷や汗が酷い。
もう一度あたりを見ようと右を向くと、直ぐ隣の席に深紅の手袋をはめ、真っ黒なパリッとした物凄く高そうなオシャレなスーツと着こなしたザ・おじ様が足を組んで座っていた。思わず俺は「オヒョ!!?」と自分自身どこからそんな声がでるの?って声を上げてしまった。そのおじ様は黙って本を読んでいたが、俺の視線に気付くと読んでいた本をパタンと閉じ、軽く会釈をしながらこちら向いてこう言ったのだ。
「貴方は神を信じますか?」・・・・と。
訪れる沈黙、俺の心中は推して図るべきだろう。いきなり知らないおじ様に開口一番、自らの信心を問われたのだ。何の冗談なんだろうかと本気で思った。そもそもおれは無信教だがここは一発「はい、勿論です。人権を疑う様な会社に入社させて頂いた奇跡に、毎日朝昼晩と神に感謝を捧げ感謝しております。」と言った方がよかったのだろうか?俺のその微妙に引きつっているだろう顔から心中を察したのか、おじ様は続ける。
「いえ、貴方が今務めている会社は貴方ご自身が決められて入社しておりますので、恐らくですが神の意図するところは全くありませんよ」
そんな事は言われなくても分かっとるわ!!と思わず、言いかけ・・・うん?待て待て待て。今俺、声に出てたか?・・・いや、答えたって事は出てたんだろうな。まぁ、おじ様はきっと疲れてるんだろうな。きっと家族とかにも相手をされていなくて、夜な夜なこうして電車に乗っては、話し相手を探しているのだろう。まぁ、開口一番に神の信心を訪ねるのはどうかと思うが、きっとおじ様も辛いんだろう。そう思うと少し落ち着いてきたな。
「いえ、貴方の思考を読み取っているだけです。まぁ、最近は貴方達から頼られる事が少なくなってしまっているので寂しい限りですがね・・・・まぁ、昔ほど私達を身近に感じられなくなっているから仕方が無いとは思いますが。」
「・・・・・・・・」
「おや、どうしました?そんな驚いた顔をして・・・あぁなるほど、至極当然ですね、私がなぜ貴方"八城 明"さんの思考が読めるかは確かに気になりますね・・・・ん?ああ、なるほど。ええ、その通りですよ。全て筒抜けです。」
「・・・・もしかして霊能力者?いや超能力者ですか?」
「いえいえ、違いますよ。そうですね、なんと言えば分かり易いでしょうか。・・・そうですね、私は貴方達が俗にいう悪魔というヤツですね。まぁ信仰される宗教によっては色々と姿形も呼び名も変わっているようですが。・・・・信じられない?そうですね・・・例えばこういうのはどうでしょうか」
そういうとおじ様は真っ赤な右手袋を外した。でも手袋の下は何も無かった、本当に何も無かったのだ。
おじ様は右手を俺の目の高さまで持ち上げる。俺はその右手があった箇所から目が離せなくなっていた。
やがておじ様の右手を挟むようにおじ様と俺の目がバッチリと合う。そしたら、気付いた。おじ様はその真っ黒の眼球に瞳孔だけ深紅の色をした、人ではありえない目をしていた事を。
おじ様は人の良さそうな表情でニッコリと笑いこう言った。
「どうやら信じて頂けたようですね。本当に良かった。」
その言葉を聞いて完全に停止していた俺の脳が動き始めた。そして声には出さず絶叫した。
『悪魔まままっまーーーーー!!!!』・・・・と。
いやだって悪魔だよ?いきなり悪魔降臨だよ?誰も召喚してないよ?ていうか悪魔と会話してて良いの?魂とか取られちゃうの?・・・・あばばばば・・・・・おっといけないスーハースーハー。おちけつおちけつ俺。ここはクールビューティーな感じで行くべきだ。先ずは聞かないといけない事があるだろう明。なっ明、お前は良い奴だもんな俺は良く知ってるぜ。ちょっと誤解されやすいだけさ。ア・キ・ラ・イ・イ・ヤ・ツ。
「・・ゴホン・・えーえー・・・あの~、俺、いや私は何かしでかしましたでしょうか?・・自分でいうのも何なんですが、会社と家を行き来している位なので特に犯罪等はしていないですし、悪魔様のお手を煩わせて叶えて頂きたい事ありません。・・・もしかして・・その、私の勘違いだとは思うんですけど、魂をその~取られちゃったり・・する感じのアレでいらっしゃた的な感じなのでしょうか?」
俺が恐る恐る尋ねるとおじ様、いや悪魔は答えた。今思い出すと若干食い気味だった気がしたが。
「ええ、そうですね。今のままだと貴方を地獄の底まで連れていき、そこで辛くて苦しい罰を受け続けさせねばいけません。消して死ぬことはなく、自我が消える事もなく、ただ苦しいと感じ続けさせねばならないですね。」
「アキラあぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ××××××××××××ぁぁぁぁぁ!!!!!」・・・ええ、思わず叫びましたね。お前俺の知らない間に何してたんだよと?何?不動の明君的な?もう一人の俺がいるの?おおぁ神よ!!矮小な私が一体なんの罪を犯したのでしょうか?
「いえ強いていうならば、存在が罪ですね。」
ザクザクザク!!と音が聞こえた気がした。知らない人に存在が罪って凄い真面目な顔で言われるのって辛すぎじゃない?辛すぎ問題じゃない?というか辛辣だよ!!ブレイクハートしちゃうよ!!神はどこにもいやしないよ!・・・あっ悪魔がいる位だから居るのかな?。
「ふふ、貴方は中々に独創的ですね。良いですね。これは期待が出来そうです。」
「ふぇ?・・・どういう事でしょうか?もしかしてもうゲームオーバー的な?私の正体を知ったからには生かしておけねぇぜ的な?・・・地獄へ連れてくぜ?的な?・・・そんなぁ、待ってくださいよ。あんたが勝手に来たんじゃないですかぁ~。俺まだ童貞なんすよぉ~。去年成人式をしてこれから羽ばたいていこう的な気持ちなんですよぉ。一生懸命努力して、日本、いや人類に役立ちますから、いえいっそ悪魔崇拝しますからぁ・・・どうか地獄行だけは・・・」
そう泣きながら、目の前の悪魔に懇願する俺。すると悪魔はその邪悪に見えない顔を柔らかく微笑ませ、そっと俺の右肩に左手を乗せてこう言った。
「行きましょうか。八城明さん。」
そう、某ゲーム風にいうならその時の俺の心境は手持ちのポケットなモンスターがいなくなった時と同じように"目の前が真っ暗になった"のだ。