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第八話

 レルシェ村に居を構えてからおよそ二週間。そのほとんどの時間を荒れ果てた城館の掃除と修繕に費やして、ようやく生活環境を改善し終えることができた。後は、我が騎士爵家で働いてもらう使用人を探さなければならない。

 そこで以前から予定していた通り、アリスとクレアを連れてローリンゲンの町へとやって来た。


「凄い……人がいっぱい……」


 レルシェ村から一度も出たことがないというクレアが、目を丸くしている。

 孤児だった身の上から、普段は大変大人しいクレアなのだが、通りを行き交う馬車に忙しく往来する人々、溢れんばかりに店前に並べられた様々な品々を前に、好奇心を刺激されてしまっているのだろう。足取りに浮足立っているのが見て取れて、思わず自分も笑みが浮かんでしまった。

 おっと、危ない。

 小さな貝殻で作られた装飾品を並べている店に目を吸い寄せられたクレアが、フラフラ~と通りの真ん中にまで出かけ、慌ててその腕を捕まえた。

 彼女の目と鼻の先を大きな箱馬車が警鐘を鳴らしてガラガラと通り過ぎていく。


「危ないだろう。町の中は周囲をよく見て歩きなさい」

「はい、ごめんなさい」


 自分に叱られて一瞬シュンとしてしまうクレアだったが、すぐに周りに目が行ってしまう。


「仕方ないよねぇ。私だって来たばかりの時はぁ、珍しい物ばかりでぇ、目を奪われちゃったしぃ」

「ローリンゲンに来た時か? 確かに街道の要衝で賑やかけど、普通の町との違いは鉄と木材関係の店が多いってだけで、人の数と町の規模なら王都ディアールのほうがよっぽど大きいだろう?」

「ああ、そうじゃなくてぇ……町を初めて見たときの事ですよぉ。見たこともない品物や食べ物がいっぱいだったんだものぉ。隊長ぉは違ったんですかぁ?」

「俺は町育ちだからな。そうか。農村で暮らしていたらほとんど自給自足で事足りるし、村で手に入らない物は行商人が持ってくるものな」


 あちこち見て回りたそうなクレアの手を握ると、辺りを見回す。


「町へは働いてくれる人を探しに来たんですよねぇ? 総督府で紹介してもらうのですかぁ?」

「いや、まずは自分で探そうかなと思ってる」


 リッツハイム総督には以前挨拶に行った時、家臣団の募集をこのローリンゲンでさせてもらいたい旨を伝えてあった。その際、総督の腹心だと思うシンク秘書官から目ぼしい人物もリストアップしてくれると言われていたが、できれば総督府の力を借りずに人を集めたかった。


「良い人が見つかるといいですねぇ」

「これだけ人がいるんだ。きっと大丈夫さ」


 

 ◇◆◇◆◇ 



「うーん……物事というものは、なかなか上手く運ばないものなんだな……」

「ですねぇ……」

「うぅ……領主様。何だか周りからずっと見られてる気がして落ち着きません……」


 仕事探しで人が集まる場所といえば、市に近い酒場。

 酒場に入ってきてからクレアは、周囲から向けられる視線におどおどしている。

 注目されてしまうのも無理はない。

 幼さを残しながらも元々村娘とは思えないほどクレアは容姿が際立っている。さっきまで歩いていた通りでも、同年代の少年たちや少し年上の青年たちの注目を集めていた。

 そしてクレア以上に男たちの視線を集めているアリスも、十分美人と呼んでいい容姿に自称している通りスタイルが抜群である。

 そんな二人を荒くれ者の集う酒場に連れてくれば、こういう反応もあるかもしれないとは思っていた。

 トラブルの種になるかもしれなかったが、おかげで募集を見てくる人物の人となりの見極めに役立ってくれている。

 

 葡萄酒をちびりちびりと飲む。

 酒の肴は羊肉に香辛料をまぶして焼いたもの。少し濃い味付けで、ピリッと舌を刺激する香辛料が旨い。同じ席にはアリスとクレアが塩を振って蒸かしたジャガイモにバターを塗ったものを頬張っている。

 初めて出会った頃は、食事を取るのにも遠慮がちだったクレアだが、二週間も一緒に暮らして、ようやく自分とアリスが強く促さずとも食べるようになった。食事をしっかり取るようになったためか、元々鮮やかだった金色の髪の艶も、肌色も良くなったように見える。

 クレアにはこれからも館の清掃や衣服の洗濯等を任せたいと考えている自分としては、しっかりと食べて体力を付けて欲しいし、慣れてくれるのは歓迎である。

 後は領地経営に関する実務面を任せられる人材と、厨房等を任せられる人材をローリンゲンで見繕えればと考えていたのだが。


 手数料を支払って酒場の掲示板に求人の貼り紙を出し、酒と食事を取りつつ待っていたのだが、話しかけてくるのはどいつもこいつもひげ面の筋肉質な身体つきをした傭兵崩れの男たちばかり。煮る焼く以外の料理もできそうにないし、文字の読み書きすらも怪しい彼らが話しかけてきた理由は用心棒、すなわち村の衛兵として雇わないかという売り込みだった。

 戦場を転々とし、金と契約次第では、昨日味方だったところが明日は敵となる生活を送る彼ら傭兵も、若く無理の利く年齢の間はともかく、年齢を重ねて来ると落ち着き先を探さねばならない。

 長く戦場働きをした名うての傭兵が、晩年はどこかの小さな村で用心棒として雇われて、その村で余生を送る事はよくあることだ。


 当初は自分も一人か二人、戦い慣れた兵士を雇っても良いかなとは考えていた。

 戦い慣れた傭兵団や山賊等が略奪目的で村を襲って来た際、村人たちだけで組織された自警団だけで防衛するのは難しい。だからといって、十人前後の衛兵を雇える程の余裕はウィンズベル騎士爵家にも村にも無い。そこでアリスに加えて一人か二人程度の戦闘経験のある人間を雇って、自警団に戦闘訓練を付けてもらう。

 そんな事を考えていたのだが、話しかけてくる男たちは誰も彼もまだ引退を考えるにはまだ若い者ばかりだった。そして何より、話しかける者たちのほとんどが、アリスとクレアへ露骨に好色そうな目を向けるか、もしくは品定めをするような目を向けてくる。というかアリスはともかく、クレアにちょっかい掛けるような奴は何を考えているのか。もちろんお断りである。

 それに戦場以外の場所にいる傭兵など、そこらの野盗や山賊とあまり変わりがない。

 雪の深い季節。領主の目も届きにくい時期には、冬を越すために傭兵団が村一つを丸々占拠して略奪し、滅ぼしてしまう例も少なくないと聞く。

 春を迎えて人が村を訪れてみれば、そこには村の年寄りと男たちの屍が転がっていて、若い娘や子どもたちは人買いに売り飛ばすために連れ去られていたという話は、そこかしこに転がっているのだ。

 武器を持つ人間を雇うのに、用心を重ねるに越したことは無い。


(まあ、急いで村に戻らなければならないという事も無いからな。ゆっくりと人を探してみようか)


 様々な仕事の求人が貼り出された掲示板に仕事を求めてやって来た人々を見て、そんな事を考えていると、強い視線を感じた。

 視線の主は酒場の主人。

 店が忙しくなる時間帯に、新しい酒を注文するでもなく席を占め続けている自分たちを、迷惑そうな表情で睨みつけている。

 そんな酒場の主人の顔に再び愛想笑いを浮かべさせるために、野菜と鶏肉の煮込みと新しい酒を注文したのだった。



 ◇◆◇◆◇



「すると閣下は自らの足で家人を探すため、わざわざローリンゲンにまで起こしになられたのですか?」

「ええ。我が家は新興の家でして、いまだ使用人もこの二人だけなのです」

「なるほど。それで実務面に明るい人材が欲しいということなのですな」


 対面に座って話しているのは、日が落ちた頃に酒場へとやって来た老夫婦。

 老夫婦は夫がリアーノ、夫人がイザベラと名乗った。


「孫も大きくなりましたしね。主人と一緒にどこか田舎でのんびりと暮らしたいと私がわがままを言いましてね」

「ええ。一緒になってからこれまで一度もわがままを言わなかった妻の願いです。ぜひ叶えたいと思いまして。それに私も朝から晩まで金勘定をして過ごす日々にも飽きました。畑でも耕して余生を送りたいと思っていたのですが……」


 しかし、田舎の村程余所者には厳しいため、どこか村の農場か何かで働き口でもあればと探しているうちに、我がウィンズベル騎士爵家の家人募集の貼り紙を見つけたとの事だった。


「なるほど。でしたら我が家の求人はお二人にも都合が良いものかもしれませんね。私の居館には空き部屋が幾つもありますので、そちらに住み込んでもらってもいいですし、庭の畑も勝手にいじってしまって構いません」

「もともと商会を経営していた身です。帳簿管理等だけでなく、ご領地をこれからどう豊かにしていくか。そちらの方面でもお力になれるかもしれません」


 商会を営んでいただけあってリアーノ氏は、読み書きはもちろんの事、実務面にも強そうだ。妻のイザベラ夫人も料理は達者という事で、厨房を任せても良さそうだった。

 話が決まれば、後は酒を飲み交わすだけだ。

 イザベラ夫人は酒が飲めないと言うことで、リアーノと二人で盃をかち合わせる。


「これからは閣下の事を旦那様とお呼びいたしますね。私のことはリアーノと呼び捨てにしてください」

「いやあ……ご年配の、それも私よりも遥かに経験豊富なリアーノさんをとても呼び捨てにはできないですよ。リアーノさん、イザベラ夫人とお呼びする事で妥協してください」


 そう言うと、人の良さそうな老夫婦は笑いを浮かべる。


「そういえばそちらのお二人は使用人と仰られましたが、旦那様の奥様というわけではないのですね?」

「私はまだ独身ですよ」

「アリスと言いますぅ。よろしくお願いしますぅ」

「彼女は軍にいた頃からの部下でして。主に私の護衛役を担当して貰っています」

「まあ。綺麗な娘さんなのに、ご立派ですわね」

「銃の腕は確かです。ですがこいつにもクレアと同様普段は家の仕事をさせたく思いますので、ビシビシとイザベラ夫人から鍛えてやってください」


 その時、ふと腕に微かな重みを感じた。

 見ればクレアが寄りかかって眠っている。彼女にとって人が大勢行き交う町は、初めての経験だった。

 忙しく足早で往来する人々、立ち並ぶ館を除いた村のどの家々よりも立派な建物。大人しい少女といえども、生まれて初めてこれらを目にしては興奮を抑えられる筈もない。

 その上で酒場へと連れて行かれ、味の濃い料理を腹一杯に食べれば、興奮で忘れていた疲れが一気に噴き出したのだろう。

 襲ってくる眠気に逆らう事ができず、ついにまぶたが落ちてしまったようだ。

 ただ、こうしてうたた寝をしてしまうくらいには、自分は信用されたのだろうか。

 結局、館の窓を覆う蔓草を全て取り除いても、アリスとクレアは自分と同室で寝起きしていた。

 分厚い石壁の明かり取り程度の窓では、差し込む光も頼りなく、恐怖を払拭できなかったらしい。

 おかげで寝る前の酒と読書を楽しむこともできず、少女に付き合ってアリスと共に早めに寝る日々を過ごす事になったが、その事を特に不満にも思わないのは、このどこか幸薄そうな少女に対して、妙な保護欲みたいなものを感じているのかもしれない。


「こちらの娘さんも、可愛らしいこと」

「イザベラ夫人は、様々な作法にも精通しているようにお見受けします。よろしければ仕事の合間にでも、この娘に少し教えてやってはくださいませんか?」


 そう言うと、イザベラは少し意外そうに目を見張った。


「まあ、旦那様は随分とこの娘をお気にかけていらっしゃるのですね」

「ええまあ。使用人にとはいえ引き取った以上は、この娘を一人前にして良い所へ嫁に出してやりたいですし」

「なるほど。それで旦那様には何か良いご縁でも?」

「残念ながら。我がウィンズべル騎士爵家の歴史は始まったばかりですからね。婚約者はおろか、まずはこのド辺境の田舎村を治める弱小貴族の家に、娘を嫁に出しても良いという奇特な貴族の家を探さねばなりません」

「旦那様なら心配はございませんよ。グラナダ会戦で大きな功績を立てて諸侯になったという旦那様です。きっと良い縁がございますよ」

「おや、私の事をご存知でしたか?」

「商いをしていますと、で物の値段が変動しますので、主だった戦いの顛末は存じております。帝国の高名な魔法士を退けた英雄。その功績でリムディア国王より騎士爵位を与えられた。噂ではそう聞き及んでいます」

「その話は少し大げさなんですけどね」

「ははは、それでもそういう噂が立ってしまうほどには、旦那様が著しい戦果を上げられたのは事実なのです。ならば、ご領地の発展のためにもその噂を利用するがよろしいでしょう」

「……それも商売を通じて学ばれたことなんでしょうか?」


 そう尋ねると、リアーノは人の良さそうな皺の深い顔に笑みを浮かべて頷いてみせたのだった。

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