表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

第七話

 テベスが持ってきてくれた昨日の弁当の残りのパンに、焼いた卵を乗せただけという簡単な朝食を終えた頃。


「おはようございまーす! 領主様はいらっしゃいますか?」

「あぁ、私が出ますねぇ」


 いそいそと立ち上がったアリスが玄関へと出ていく。


「はあい、どちらさまですかぁ?」

「俺たち、村長さんに領主様を手伝ってこいって言われて来たんだけど……」


 俺たち(・・)

 玄関へと出てみると、まだ十代半ば程度の少年と少女がアリスの前に立っていた。


「隊長ぉ、この子たち村長さんに言われてぇ、私たちのお手伝いに来てくれたんですってぇ」


 玄関へと出てきた俺に気づいたアリスが振り返って言う。その拍子にアリスの豊かな胸が弾むように揺れて、少年の目がそこに吸い寄せられていた。

 まあ、そうなる気持ちはわかる。


「そいつは助かるが……村の仕事のほうは良かったのか?」


 夏を迎えたこの季節。畑はすぐに雑草が生え、虫たちは野菜の柔らかい葉を食い荒らそうとする。

 十五歳となれば立派な働き手だろう。早ければ結婚して家庭を持ち、先祖伝来の土地を受け継いで働いていても不思議ではない。


「あ、領主様ですか? あたしはミーシャと言います。こちらは兄の……」

「あ、えっと……俺は、ケインと言います」

 

 アリスの胸からようやく目を離し、ケインがペコリと頭を下げた。ちょっと顔が赤い。

 兄妹か。よく見れば顔立ちが似通っているし、年頃も同じくらいに見えるから双子なのかもしれない。聞いてみるとやっぱり二人は双子で、歳は十五になったばかりだと言う。

 ケインが手に持った山鳥を掲げてみせる。


「俺たちの家は猟師が生業なんだ。畑もあるけど、家族で食べる分くらいしか作っていないし、そっちはばあちゃんと母さんで間に合うから何でも言ってくれよ」

「それとあたしたち、村の自警団の一員でもあるの。領主様に顔を繋いでおいた方がいいでしょ?」

「自警団?」

「ほら、この村には領主様が長いこといなかったからさ。領主様お抱えの兵隊さんもいなかったでしょう? 万が一凶暴な獣が襲ってきたりして被害が出ても、討伐隊を送ってもらうためには、まずお代官様に願い出て、それからこの近隣にいらっしゃる貴族の方に討伐隊を送ってもらうしか無いの。それでは手遅れになるから、村の人でうちの父さんみたいに狩りを生業にしている人や、腕っ節に自信のある人で自警団を作ってたのよ」

「なるほど」


 山間にある村だ。獣害はよくあるのだろう。猟師が自警団として組み込まれるのは至極当然の話だった。狩猟用とはいえ、猟銃に弓矢、刃物の扱いに慣れている彼らなら、少数の盗人相手であれば十分自衛することができる。実際、二人の父親が自警団の団長を務めているとケインが言った。

 その時、玄関へクレアも出てきた。


「え? あなたクレア? わあ、なになに? どうしたの、その格好!? それにその服も! 領主様に頂いたの?」

「うん」


 今まで質素な服を身に着けて、髪の手入れもろくにされていなかったクレアの変化に、目敏く気付いたミーシャが話し掛ける。


「うんうん、よく似合ってるよ。ね、ケイン兄?」

「あ、ああ。ホント。びっくりした」

「えっと……おはよ、ケイン兄」


 上目遣いにクレアがそう言って微笑むと、ケインはまたしても顔を少し赤らめて挨拶を返す。


「お、おう。おはよう」


 ケインは、平静を装うとしているが、動揺を隠しきれていない。

 昨日までみすぼらしかった少女が、一夜明けたら貴族の姫君もかくやといえる程の美少女になっていたのだから、少年が反応に困るのも無理はない。

 

「ケイン兄、何赤くなってんの?」

「っせぇ! ほっとけ!」


 十五歳といえば、早ければ結婚をして家庭を持つ者もいる年齢である。だが、年下の綺麗な少女を前にして赤くなった顔は、まだ幼さを感じさせた。

 ニヤニヤとした笑みを浮かべて突っ込んでくる妹に、ぶっきらぼうな態度で答えている。 


「でも、いいな、いいな、いいなあ! とってもかわいい! あっ……でも、もしかすると領主様って実は――」

「――何を考えているのか大体のところは想像つくけれど、決してそんなことはないからな」


 何やらミーシャが思案気な面持ちで見上げてきたので、きっぱりと否定してやった。

 

「どんな仕事にもふさわしい服装というものがあるだろう? クレアを使用人として雇うと決めた以上、主人である俺が使用人の仕事服くらいは用意してやるのは当然の話だ」

「ふーんって……あれ? 領主様って、他に使用人の人はいないの?」

「この二人だけだ。我が歴史あるウィンズベル騎士爵家は、二週間前から始まったばかりだからね」

「ようするに新しい貴族様って事?」

「まあ、そうとも言うね」

「へえ、じゃあ領主様って領主になる前までは何してたのさ? 平民だったの?」


 ミーシャに替わって今度は兄のケインがそう聞いてきた。

 

「一応は貴族。といっても三等士爵っていうリムディアでは、末端中の末端貴族だけどね」

「隊長は、私と一緒にリムディア軍で働いていたのよぉ」

「へぇ、アリスさんも軍にいたのか」

 

 ちょっと驚いたようにアリスを見て、ケインが言う。

 まあこの間延びした喋り方、それから今の格好を見て、アリスが軍人出身だとは想像しづらいよな。きちんとした格好をすれば、可愛いというよりもかっこいいという言葉が似合うんだけど。

 それにしても会話の仕方が領民と領主の間で交わされるものじゃないな。まあ、下手にかしこまられるよりも気が楽。外部の人間がいる場合なら、言葉遣いも改めさせる必要があるが、そうでないならことさら咎め立てする必要もないしね。


「それで、俺たちは何から手伝えばいい?」

「じゃあ二人には、館を覆っている蔓草を取り除いてもらえるか? アリスとクレアは厨房の掃除だ。竃を使えるようにしないと、食事にも困るからな」

「任せておいてくれ。いくぞ、ミーシャ」

「うん」


 ケインとミーシャの双子が、早速作業に取り掛かる。


「じゃあ、私が食器とか片付けちゃうからぁ、クレアちゃんは掃除に取り掛かっちゃってちょうだいぃ」

「わかりました」


 クレアは頷くと拭き掃除に使うつもりなのか、桶を持って井戸へ歩いて行った。


「さて……」

 

 それぞれが作業に向かうのを見届けた俺は、庭の様子を眺めた。

 裏山に鬱蒼と茂る森林と館の庭は、獣避けのためと思われる木の柵で仕切られている。しかし長い年月の間、手入れを受けることなく放っておかれたせいで、森との境が曖昧になってしまっていた。

 試しに柵に触ってみれば、風雨で劣化してしまっていて、ボロボロと木屑がこぼれ落ちる。

 これでは、例えば熊が体当たりでもすれば簡単に壊れてしまい、獣避けとしての役割をまるで果たしていない。

 

「うーん……柵を修繕する前に、まずは邪魔な草木をどうにかしないとな」

「領主様。鉈とか使う? 鉈なら私が家から持って来たのがあるよ?」


 自分の呟きを聞きつけたのか、近くで蔓草を鎌で切り払っていたミーシャが手を止めて言う。

 

「いや、いい。大丈夫」


 せっかくのミーシャの申し出だったけど断る。鉈や鎌よりも、俺にはもっと便利でお手軽な方法がある。

 さて――。


『風よ 我が行く手を阻むものを 切り裂け――風裂斬!(エア・スラッシャー)


 右手に集まる球状の光。そこを起点にして起きた風の刃が一直線に庭を疾走り抜ける。

 そして、草や細い木がザクザクと根本から切り裂かれてその場に倒れた。

 

「え……今の何!?」


 後ろの方でミーシャの驚く声が聞こえたが、構わず次々と風の刃を生み出して、草木を刈り取っていく。

 裏山に生えている草木まで刈り取らないよう注意して、何度も呪文を唱える。

 その度に放たれた疾風の刃が、草木をどんどん刈り取っていった。

 この魔法、本来は戦闘用の魔法で、風の精霊の力を借りた攻撃魔法では、最も初級にあたる魔法だ。敵兵士にかまいたちに似た不可視の風の刃を叩きつけ、鋭利な刃物で斬りつけたような傷を負わせる。

 でも別に人に向けて使うだけが利用方法じゃない。

 このように草刈りにだって使うことができる。

 自分に魔法を教えてくれた師匠は貧乏暮らしの名も無き市井の魔法士で、弟子の俺を魔法の練習と称してよく土木工事の現場に連れて行くと、こうして魔法で草木の伐採や穴掘りや石積みをさせて小銭を稼いでいた。

 おかげで家を出て軍に入隊した時、塹壕掘りなどでこの時の経験が役に立った。

 よくよく考えてみれば軍にいた時、本来期待されている戦闘での魔法使用よりも、土木工事で魔法を使用した回数のほうが多い気がする。魔法士というものは、常人には計り知れない力を振るうものとしてどの部隊でも畏怖されるもの。しかし、塹壕掘りや拠点の構築に魔法を積極的に使用していた自分は、一週間もすれば部隊の仲間たちと互いに酒を飲み交わす仲になっていたものだ。

 師匠には感謝している。


『舞い踊れ風の乙女 疾風となれ 百万の剣 刃となって 我が敵を等しく切り裂け――戦乙女の剣舞!(ダンシング・エッジ)

 

 風のかまいたちで刈り取れなかった、少し太めの木々には別の風の攻撃魔法。

 不可視の刃を生み出す所までは一緒だが、複数の風の刃を生み出すことができる魔法だ。

 太い木の幹にも、この魔法で生み出された複数の風の刃を一点に集中して叩きこめば、斧で伐採するよりも遥かに簡単に切り倒すことができる。

 また、枝もこれらの魔法を使って加工をすれば、薪にすることも可能だ。

 そうして順調に草木を刈り続け、館の裏手に回った所で気になる場所を見つけた。


「これは、畑の跡か?」


 周囲の土色と違って、少し黒っぽい土色のその場所は、確かに大きめの石ころなども無く、畝のような痕跡もあって畑であったようだ。

 雑草が生え放題になって、土も長い間放置されていたせいかすっかり固くなってしまっている。 

 畑か……作ってみてもいいかもな。

 領主の仕事の合間に、自分の手で作った野菜を食べるのも良い楽しみとなるかもしれない。


『地竜の咆哮 豊穣の息吹 土塊よ 地より空へと舞い上がれ――大地の脈動!(アース・ウェーブ)


 詠唱を終えると同時に固い大地が盛り上がって、噴水の如く土砂が勢い良く空へと噴き上げた。そして高く空へと噴き上げた土砂は、そのまま重たげな音を立ててその場へ落ちてきた。

 衝撃で土埃が舞い上がる。

 地面を足元から爆発させて土を空へと打ち上げ、その場にそっくりそのまま落としているだけなのだが、こうすることで固い地面を鍬で深く掘り起こし耕さなくても、柔らかくてふわふわの土に変えてしまうことができるのだ


「すっげええ! これが魔法か!」

「魔法なんて初めて見た! 魔法士なんて、村長さんかテベスさんのお話でしか聞いたことなかったよ!」


 この魔法も戦場では、様々な工作を行う際に使用した魔法なのだが、難点は爆音が大きすぎる事だろう。敵に居場所を知らせてしまいかねないため、使用する際には慎重を期す必要があった。

 現に今も爆裂音が大きすぎて、音に驚いたケインとミーシャが、蔓草を除去する作業の手を止めてやって来てしまった。


「領主様って、魔法士だったのか」

「見学するなら下がってろよ?」


 魔法士なんて王都や軍にでもいれば、それなりの頻度でも見ることができるが、地方の、それもレルシェ村のような辺鄙な田舎の村では、魔法士に会うことなど一生無いかもしれない。

 すっかり自分たちの仕事を忘れている様子の双子だが、まあ仕方がないかな。


『豊穣育む 大地の子らよ 貫く石弾と化し 彼の敵に降り注げ――砂礫弾!(ストーン・ブリッド)


 この詠唱は、大地の精霊の力を借りた、石を高速で撃ち出す魔法。

 範囲内に転がっている石を飛ばしているので、この魔法を使って畑の予定地の中から、石だけをどんどん外へと弾き飛ばして行く。

 ただ、残念な事にある程度の大きさまでの石しか飛んでくれないので、魔法の対象外となってしまった残りの石は、後で人の手で取り除かねばならなかったが、それでも、普通に手作業で石を取り除くよりも遥かに効率が良い。

 

『大地の精よ 我が意志に従いし 土の従者を与えたまえ――土塊の従者!(ストーン・ゴーレム)


 生み出された土のゴーレムが、爆発で柔らかくなった地面を平らに慣らし始める。

 そのゴーレムを双子が「おお……」「すっごい! かたあい!」などと言いながら、撫で回している。

 そうしている頃に丁度昼時となったので、作業はゴーレムに任せて休憩することにした。

 お昼はケインとミーシャが差し入れとして持って来てくれた山鳥を、アリスとクレアが掃除した竃で焼いて来てくれた。


「隊長ぉの魔法ですかぁ、これ? もっと一杯作ればぁ、掃除も簡単に終わるのにぃ」

「ゴーレムは簡単な命令しかできないんだ。それに、魔法って結構疲れるんだぜ?」


 双子と同じく魔法に不慣れなクレアは、こちらへ来ようとした時に、丸太を使って土を均しているゴーレムを見て、一瞬強張った表情を見せて足を止めた。しかし、双子がベタベタとゴーレムを触っていた事で危険は無いと悟ったのか、こちらへとやって来た。

 案外、昨日自分が『明かり(ライティング)』の魔法を使っていた事も思い出したのかもしれない。

 クレアの抱えた籠からは、とても美味そうな香ばしい匂いが漂って来て、双子たちも呼んで五人で庭で食べることにした。

 丸々と肥えた山鳥は脂がのっていて、かぶりつくと口の周りに脂がついててらてらと照かっている。味付けは塩をまぶしただけのものだったが、身体を動かして汗をかいていた事も手伝って、とても美味かった。

 昼食後には、館から取り除いた蔓草や刈り取った草木を一箇所に集めて行った。

 アリスとクレアは引き続き館の中の掃除。そして日が暮れる前には館の外側に関しては、全て片付け終えることができた。

 好き勝手に生えていた草木が無くなると、庭は随分と殺風景となってしまった。


「庭はそうだな……そのうち花壇とか作ってみたり、池に魚でも放ってみることにしよう」

 

 様子が一変した館を一回り歩いて見た後、子どもたちにどんな労いの言葉を掛けてやろうかと考えながら、館へと戻ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ