第六話
湯浴みをし、髪の毛を整え、それから服を見繕ってもらうとなれば、どれだけの時間が掛かるかわからない。ましてや女性というものは、身辺を綺麗にするためには、有限の時間をどれだけ費やしても平気なものなのだ。そんないつ終わるとも知れない事に付き合っていては、日が暮れてしまう。
自分が住むこととなった館は随分と長い間人が住んでおらず、かまどには蜘蛛が巣を張って、床だけにとどまらずベッドの上にも埃が積もっているのだ。明るいうちに、せめて寝床だけでも掃除してしまわなければ、野外で寝たほうがまだマシだという状況になりかねない。
「まずは自室の掃除かな。それと、アリスとクレアの部屋も決めてしまわないと。寝る前には汗も流したいし、浴場も何とかしよう」
優先的に掃除する場所を決めると、早速作業に取り掛かることにした。
ハタキで高い所の埃を落としホウキで掃き、濡らした雑巾で汚れを拭き取る。
広い館内なので掃除をする最低限必要な場所を絞ることで、どうにか日が沈む前までには掃除を終えてしまいたかった。
掃除をしていると、テベスが荷車を押して頼んでいた品物を運んできてくれた。
「驚きました。領主様自らお掃除なさっているんですか?」
「貴族だって掃除くらいはするさ」
まあ、上級貴族ともなれば大勢の使用人を抱えているから、掃除なんてしないだろうけど。
「そうなんですか? 気を悪くしたら申し訳ないんですが、どうも貴族様というとこう……椅子にふんぞり返って、人に命令しているという印象がありまして」
「大きな土地を治めている領主ならきっとそうなんだろうな。私もこの村を早く大きくして、そういう立場になりたいね」
「ははは、領主様は戦争で大きな手柄を立てられたのでしょう? 大丈夫です。きっと領主様は村をもっと発展させてくれると期待していますよ」
館のある階段の上までは荷車で運べなかったため、何度も往復して荷を全て上まで運ぶ。
「アリスとクレアの様子は?」
「時間をかけてしまいまして申し訳ありません。何しろ女房が張り切っていまして。うちの子は三人いて上の二人はもう独立しているのですが、全員男でしてなぁ。女の子の世話をするのが楽しくて仕方が無いのでしょう」
「時間を掛けても構わないといったのは私だからね。それは構わない。納得行くまでお願いしたい」
「ははは、伝えておきます。暗くなりそうなので、お二人はきちんと送らせていただきます」
クレアはともかく、アリスに見送りは必要なのだろうか?
村での買い物だしさすがに小銃は館に置いて出かけているけど、アリスのことだから懐に拳銃くらいは忍ばせていそうだ。それに狭い村だから暴漢がいるとも思えない。
「滅多とありませんが、山犬や熊が人里に出ることがあるんです」
なるほど。山深くの土地だから、人よりも獣害が怖いのか。
テベスは炊いた米を握ったものにパンとハムに腸詰め、それからジャガイモを蒸かした物を詰めた弁当を持って来てくれていた。
「材料をということでしたが掃除でお忙しいでしょうし、きっと料理をしている暇も無いと思いまして勝手ながら調理してまいりました」
さすが商売人というか、テベスの気遣いに素直に感心した。
「これは助かるよ、ありがとう」
「いえいえ、それではまた後程」
◇◆◇◆◇
「お、遅くなって申し訳ありません。領主様」
「ただいまぁ! 隊長ぉ、早く来て! クレアちゃん見たらぁ、きっとびっくりすると思うよぉ」
アリスはいつでもやかましいなぁ。帰ってきたことがすぐにわかる。
それにしてもびっくりするって何のことだ?
雑巾片手に玄関の扉を開けてみると、そこにはテベスと奥さんのアマルダに付き添われたアリスと――誰だこれ?
思わず目を細めてまじまじとその女の子の顔を見つめてしまった。
「クレア……か?」
「えっと……はい。そうですけど?」
クレアが不思議そうに小首を傾げて答える。
「はあ……驚いた。いや、子どもでも女の子なんだな。化けるもんだ」
「ちょっとぉ、隊長ぉ。女の子に向かって化けるは酷いよぉ?」
「ああ、そうか。すまん」
だけど自分が思わずそう言ってしまっても無理ないと思う。そこにはまるで別人のような美しい少女がいた。
町ですれ違ったなら思わずハッと振り向かずにはいられないだろう。
家の中で日夜仕事させられていたからなのか、それとも長い髪で隠されていたからなのか肌は透き通るように白く、唇は桜色で瑞々しい。そして深い湖面を思わせるような、サファイアブルーの瞳。伸び放題だった金色の髪は、丁寧に毛先をハサミで整えられ、櫛で梳られていて、風に吹かれるたびにさらさらと揺れている。
「ねぇ? クレアちゃん、びっくりするほど可愛くなったでしょぉ?」
「あ、あの……領主様?」
アリスから自分の前に押し出されたクレアが赤くなってもじもじとしている。
「あの……遅くなりまして申し訳ありません。こんな時間になってしまって……ごはん食べさせてもらったのにお仕事だって何もしていないし……。あっ、今からお食事の用意を……」
「構わない。食事はテベスさんが弁当を用意してくれた。今日はもういいから、後で一緒に食べよう。服もとても良く似合っている」
村の女たちが織ったというクレアの着ているその服は、王都の女性が着ている服のように決して華美というわけではない。
使用人として仕事もしてもらわなければならないため、仕事服として、オシャレよりも動きやすさを第一に目的とした服だ。
だがその素朴さが逆に、クレアの持つ美しさを際立たせているようだ。
「いやあ、驚いたなぁ。クレアがこんなにも美人さんだったなんて……おじさん、本当にびっくりしたよ!」
「クレアちゃんのお母さんは、この近辺の村では一番って言われていたほどの別嬪さんだったし、お父さんも村の女の子の間で一番人気だった人だもの。クレアちゃんもきっと可愛いと思っていたわ」
「こりゃあもう三年もしたら、村の若い男共が放っては置かないぞ」
運んできてもらった荷物と、アリスとクレアの服代などを支払っている間に、テベスとアマルダの夫婦が口々にそう言う。孤児という立場から領主の使用人となったクレアに対する――というか、雇用主である領主へのお世辞ではなさそうだ。
「そうですね。これは私も彼女がどこへ嫁に行っても恥ずかしくないようにしないといけないかな」
「ちょっとぉ、隊長ぉ。私には似合ってるって言ってくれないんですかぁ?」
アリスは男性が着るようなドレスシャツにズボンという格好。アリスの豊かな胸がシャツを下から押し上げていて、胸のボタンがはち切れそうになっている。
時折アリスの横にいるテベスが目のやり場に困るのか視線を泳がせているが、同じ男性として気持ちはわかる。
「こういう服着るとぉ、私もスタイル抜群でしょぉ?」
身長もあるアリスは足もスラリと長く、確かに本人の言うとおりスタイルが良い。が、俺としてはそこを褒める前にどうしても我慢できない点が……。
「くっそぉ……身長がある奴はいいよなぁ」
アリスの場合、美しいとか可愛らしいというより、格好良いって言葉が似合うと思う。
「ああ、よく似合っているから明日からキリキリ働いてもらうぞ!」
「えへへ、ありがとぉ♪」
悔し紛れに言う俺だったが、アリスは嬉しそうに笑った。
「いやいや、新しい領主様の周囲には華やかな花があって眩しいものですな」
「それではもう夜分も遅いので、私どもは失礼させていただきますね」
そう言ってテベス夫妻が帰った後、三人でテベスが持ってきてくれた弁当を食べることにした。
食器などは前男爵家が使用していた物が残されていたので、井戸から組み上げた水で綺麗に洗って使用する。
驚いたことに油樽の中には銀食器まで浸けられてあった。油に浸けてあるのは防錆のためなのかな。
食堂までは掃除を終えていなかったので、夕食は自分が自室として使う予定の前男爵の部屋で済ませることにした。
「結構使えるものがあって助かるな」
「引っ越しした時に何が大変って、生活用品を揃えることですからねぇ……。一つ一つは高価じゃないんですけどぉ、何かと細々とした物が必要になってぇ……。気がつけば結構な金額になりますものねぇ」
「俺も家を出て軍の官舎で一人暮らしを始めた時、最初の給料が出るまでは金がなくてさ。部屋の中には毛布くらいしか無かったな」
当時は日々の食事にも困って、軍の先輩に食べさせてもらったりしたものだ。給料が出ても薄給だったため、馴染みの食堂や酒場ができてくると給料日までツケにしてもらっていたこともある。
そんな事をアリスと二人しみじみと語りながら弁当をつついていると、自分たちの会話を聞いていたクレアがびっくりしたような顔をしていた。
「貴族と言っても俺は三等爵士って言って、肩書だけの貴族みたいなもんだったからね。この三等爵士って身分の貴族は、下手するとそこいらの市民よりも暮らしが苦しいんじゃないかな」
魔法を覚えて軍属の魔法士となれたおかげで、ようやく生活に余裕ができたのは二十歳になろうかという時だった。
食後に自分とアリスにはコーヒーを淹れる。
「俺は主にこの部屋と隣の書斎を使おうと思っている。アリスとクレアの二人は二階の部屋を使ってくれ。簡単にだけど二部屋だけ掃除しておいた」
「わーい、やったぁ」
「え? えっと……あの、私の部屋って……?」
「とりあえず今日の所はその二つの部屋しか掃除していないから、俺が勝手に決めてしまうけどそこで寝て貰うことになる。館にある全ての部屋を掃除し終えたなら、どこでも好きな部屋を使っていいぞ」
「地下の使用人用の大部屋ではないのですか?」
「館には俺たち三人しか住んでいないのに、何もわざわざ窓も無い地下の部屋で寝起きする事もないだろう? 前に住んでいた場所に私物があるなら明日、明るくなってからでも取りに行くといい」
「あ、ありがとうございます」
喜ぶアリスと違ってクレアがどこか不安そうな、困惑したような表情を浮かべている。
まあ個人部屋なんて、貴族や裕福な家でも無ければ貰うことないだろうしね。自分も実家にいた時は兄たちと同じ部屋だった
「ただシーツとか毛布は洗ったり干したりする時間がなかったから、旅行中に使ってたものでも使おう。まあ、今の季節だと特に毛布とか必要ないだろうけど」
「じゃあ、明日私が洗っておきますね」
「そうだね、頼む」
「はい」
仕事を与えてもらえて嬉しかったのか、クレアが微笑んで頷いた。
「アリスは俺と一緒に掃除の続きだな。それとクレア、君は文字の読み書きはできるの?」
「え? えっと……はい、あの……ごめんなさい」
「謝る必要はない。ここにはたくさんの本がある。もしも覚える気があるのなら、文字を教えてあげるから本を読むといいよ」
「え……いいんですか?」
「書斎に本がたくさんあったからね。せっかくあるのだし読まないともったいない。本は知識の宝庫だ。読んで損になるものでもなし。文字を覚えたら好きな本を読んでみるといいよ」
館の中で書斎を見つけてそこに並んでいる本を見た時、クレアが望むなら彼女に学問でも教えてみようかと考えていたのだ。教材にできそうな書物も探せばきっと見つかるに違いない。
まずは文字の読み書きを覚えるところからになりそうだが、クレアのやる気次第ではテベスに頼んで、町の書籍商から本を取り寄せてもいい。
「最初は物語や図鑑がいいかもな。遠い国の文化が書かれた紀行文なんかも面白いと思う。アリスも時間がある時でもいいから、クレアに文字を教えてやってくれ」
「ううっ……実は私も字が読めなかったりぃ……」
「えっ!? マジで? おまえも?」
アリスが恥じ入るようにうつむいた。
そういえば鉄道の食堂車でも、宿や食堂で食事を注文する時も自分と同じものを注文していたけど、あれはメニューが読めなかったからなのか。
「なら、ちょうど良い。俺が文字を教えてやるから、アリスもクレアと一緒に勉強しろ」
「ううっ隊長ぉ、すみませぇん」
「気にするな。一人を教えるのも二人を教えるのも手間は変わらない。クレアも張り合う相手がいたほうが勉強も捗るだろう」
「はい。ありがとうございます」
辺境と呼んでも良いど田舎とはいえ、れっきとした領地を持つウィンズベル騎士爵家。
貴族の家で使用人を勤めた事があるという職歴は、平民にとってちょっとした箔が付く。クレアが歳頃になってどこかの家に嫁ぐ際に、親がいないというハンデを少しは補う事ができるだろう。文字の読み書きもできるようになれば、町の裕福な商家にだって嫁ぐこともできるかもしれない。己の使用人の将来をより良くしてやる事も、貴族にとって大切な仕事なのだ。
◇◆◇◆◇
食事を終えてアリスとクレアがそれぞれの部屋へと戻り、俺は自室で一人考え込んでいた。
一、館とその周囲の掃除、修繕といった生活環境の改善。
二、村の中の散策と、周囲の探索。
三、領主としての仕事。
早急に取り書かねばならない仕事の優先順位としてはこの順番といったところか。
領主となった身としては、一刻も早く領地となった村とその周辺を見て回りたい気持ちが強かったが、居館が荒れ放題では落ち着いて仕事もできない。
領主の仕事とはどんなものか前男爵が資料でも残してはいないかと、執務机や私室の引き出し等を探ってみたのだが、それらしいものは見つからなかった。
前男爵家は不正蓄財の罪で家が潰されたと聞いているので、そうした資料は押収されたのかもしれない。
過去のこの村の収穫高、納税高も調べる必要もある。
皇帝の代官が徴税官として年に一度訪れていたとのことなので、代官が滞在していたと思われるローリンゲンの町にでも資料が残されているかもしれない。それともそれらの書類もリムディア軍によって接収されているか。
マイセン様に手紙をしたためるついでに、資料があれば送っていただけるよう頼んでみよう。
王都ディアールから持って来た僅かな荷物の中から筆箱を取り出して手紙を書き始める。
ディアールでお世話になった礼と、それから無事にリムディアの村へと到着した事。ローリンゲンの町の様子などを手紙に書き終え、さて灯りを消して寝ようとしていた時。
「……でも、はしたないです」
「だってぇ、眠れないんだから仕方ないでしょぉ?」
声がする。コンコンと、部屋の扉がノックされた。
「隊長ぉ、まだ起きてますぅ?」
扉を開けて見ればアリスとクレアが立っていた。
アリスは照れ笑いを浮かべていて、クレアはなんだかおどおどとした様子。
「えへへ……えっとねぇ、隊長ぉ」
「あ、あの……領主様……」
「こんな夜更けにどうしたんだ?」
廊下に立ったままアリスとクレアは、二人ともにしばらく恥ずかしそうにもじもじとしていた。ややあって、意を決したかのようにクレアが青いサファイアブルーの瞳を揺らしながら、自分の顔を見て口を開いた。
「あの……一人で寝るのは……その怖くて……」
「ってことなのぉ」
クレアが消え入りそうな声で訴える。
あっ、なるほど。それで二階に部屋を用意していると言った時にクレアは不安そうな顔をしていたのか。
何十年も放置されていた石造りの古い建物。建物の壁は分厚く、窓にはびっしりと茂った蔓草でか弱き月と星の明かりは遮られて到底差しこまない。まさに暗闇の世界。
まだ明るいうちならばまだしも、夜ともなれば何かこの世に在らざる者が出てきてもおかしくない雰囲気。更には寝ようとすればシンと静まり返っている中に、時折山や森から聞こえてくる何がしかの獣の遠吠えが気になってしまう。
これは確かに怖いかもしれない。
まだ十歳程度の少女ともなれば、恐怖で眠れなくなってしまうのも理解できる。
「それで、アリスはどうした? まさか、おまえまで怖いとか言うんじゃないだろうな?」
「えへへ……いやぁ、そのまさかなんですけどぉ……」
「おまえなあ……」
戦場で野営する時は外で寝ていたんだぞ。
「だってぇ、そんなこと言ってもこの館ぁ、雰囲気ありすぎなんですよぉ」
その感想は頷けなくもない。
「分かった分かった。だったら、そのベッドを使えよ。俺はその辺の床で眠ることにするから」
「ええ? それは何か悪い気がするしぃ……」
コクコクと同意するクレア。
「じゃあどうするんだよ? 言っておくけどさすがに俺も、女の子二人を床で寝させて自分だけのうのうとベッドで寝るとか、気になって寝られないぞ」
「うーん……だったらぁ、三人とも床で寝るとかぁ……」
「それはそれでバカらしいだろ、ベッドあるのに。だから二人でベッド使えよ」
「あ、あの……三人で一緒に寝たらどうでしょうか?」
アリスと言い争っていると、クレアが口を挟んできた。
確かに前男爵のベッドはかなり広い。大人三人が並んでもまだ余裕がある。そのうち一人が小柄なクレアという事なら十分に並んで眠る事は可能だが。
「それはさすがにまずいだろ」
「うーん……まあ、それしかないかぁ。隊長ぉだってまさかぁ、クレアちゃんがいる所で変なことしないだろうしぃ」
「あ、あたりまえだろう!」
クレア、アリス、そして俺と並んで眠ることになった。
アリスが真ん中で寝ることになった理由。
「クレアちゃんに万が一の事があったら大変だしぃ」
「ざけんな!?」
アリスとクレアが先にベッドで横になったのを確認してから、灯りを消す。
瞬時に部屋の中に闇の帳が降りた。
本当に暗い。
灯りに目が慣れていた事もあって、まるで洞窟の奥にでもいるかの如く、ほんの一寸先すらも見えない程の暗さだ。
「明日はまず、窓を覆っている蔓草を何とかしよう」
ベッドへ横になるとそう呟いた。
さて、人は視覚を絶たれると残された感覚が鋭敏になる。アリスからかクレアからか、それとも両方ともか。なんだろう、どこか甘い香りがした。
隣村から荷物を担いで山道を歩き、目的地に到着してからも食事休みを取っただけで、働き通しだった。
軍にいたためそれなりに鍛えてはいたが、身体は疲労を訴えている。
それなのに何となく寝付けなかった。
「本当にぃ、変なことしないでくださいねぇ」
「しねえよ! さっさと寝ろよ。クレアも寝られないだろう?」
口では軽口を叩きながらも隣で横になっているアリスの緊張した気配が、伝わってきているからかもしれない。
下手に身じろぎをするのも憚れて、息を殺すようにして横になっていた。
若い男と同衾することになったのだから、緊張しないほうがおかしい。しかし、その恐怖と比べても、誰かと一緒に眠らざるを得ない程、この夜の館の雰囲気が怖かったのだろう。
しばらくはアリスが身を固くしている気配を感じていたのだが、まずはクレアの安らかな寝息が聞こえてきた。それにつられたのか、襲い来る眠気に抗う事ができなかったのか。ようやくアリスも寝息を立て始めて、自分もやっと身体から力を抜くことができた。
まもなく初夏を迎える季節だが、夜はまだ少し肌寒い。
明日以後も二人がそれぞれの部屋で寝られないようなら、どこかの部屋にベッドを三つ運び込もうか。一つのベッドを三人で使うよりはマシだろう。
アリスの寝息を背中越しに聞きつつそんな事を考えている内に、自分も眠りの中へと落ちていった
空が白み始めた頃合いに目が覚めた。
長い旅。初めて訪れた土地。十年来軍隊で生活していたためか、どんなに疲れ果てていても早い時間に目覚めてしまう。
まあ、俺ほどじゃないとはいえ、それでも数年は軍隊で生活をしていたはずのアリスは、目覚める気配もなくぐっすりと寝こけているが。
成り行きで一緒に寝ることになったアリスとクレアへと目を向けて、ぎょっとした。
寝乱れたアリス。無防備にもそのシャツの胸元にできた隙間から、彼女のふくよかな膨らみで作られた立派な谷間が覗けてしまう。ともすれば、ふくらみの頂きすらも見えてしまいそう。
自分だって健康な男だもの。視線がそこに吸い込まれてしまったって仕方ないと思う。
思わず凝視しかけた時。
「ふわあ……おはようございます、領主様……」
目を覚ましたクレアがむくりと身体を起こした。
「お、おはよう」
慌ててアリスから視線を外してクレアを見てみれば、彼女もまだ眠いのか、目元をグシグシと擦っている。クレアも寝間着のワンピースが着崩れていて、裾がまくれ上がって、下着とまだ未成熟な白い太腿が丸見えとなっていた。
「か、顔を洗ってくる」
上擦った声でクレアにそう声をかけて部屋を出ると館の外へと出た。夏とはいえ山から降りてくる冷たい空気を、胸一杯に吸い込む。それから井戸で冷たい水を組み上げて顔にかけると、ようやく朝から魅惑的な光景に悶々とさせられていた頭の中がすっきりとする。
そしてすっきりとした頭で、今夜までにベッドだけでも別々に寝られるよう絶対に運びんでおこうと心に誓った。