第五話
「クレア、新しい領主様だ。ご挨拶しなさい」
歳の頃は十を少し上回ったくらいだろうか。
肉付きの薄いほっそりとした身体。
野良仕事でも手伝っていたのか、手と足に、それからあまり手入れをされていない長く伸びた金色の髪にも、土埃が付いている。前髪もどれだけ切っていないのか、伸び放題に伸びていて、それと俯き加減に歩いているため顔も良く見えなかった。
着ている服も粗末な物で、服というよりもボロ布を身に巻きつけているようにしか見えない。
「こ、こんにちは……」
村長に促されて挨拶する声も、どこか掠れていて力無いものだった。
「この娘は?」
「クレアと申します。五歳の頃に流行病で両親と縁戚の者を失いまして、村で簡単な仕事をさせることで食べさせておりました。ですがこの度領主様がいらっしゃるとのことで、使用人としてこの娘を雇ってはもらえないだろうかと……」
「この娘を使用人として?」
村で食べさせて貰っていたと言うが、ろくな食べ物を与えてもらえていなかったのだろう。
粗末な服から覗く白い手足は今にも折れそうだ。
これでは仕事をさせてもすぐに倒れてしまうのではないだろうか。
そんな不安を覚えてしまう。
「まだ子どもではないですか。使用人として雇うというのは……」
「その領主様……。孤児となったクレアには、米の脱穀や繕い物、縄結いといった村の雑用的な仕事を与えることで食べ物を分けて育ててきました。ですが、村の皆も生活は貧しく、いつまでもこの子の面倒を見続けるというわけにも参りません。いずれはこの娘、生きて行くために身売りをするはめにもなりかねません。幼い頃に親を失った上にそのような事になっては、不憫でなりません。どうか領主様の慈悲で、この娘を雇っては頂けませんでしょうか?」
「なるほど。話はわかりましたが……」
村で、何らかの事情で親を失った子どもがいて、その子の親戚等で引き取り手がいない場合、その子どもの面倒は村全体で見るかもしくは、領主または村長といった立場の者が引き取る場合が多い。
つまり、村長は使用人として雇って欲しいと言ってはいるが、本心は領主として親を失った子どもの面倒を見るように願い出ているのだ。
「隊長ぉ、雇ってあげましょうよぉ」
アリスが袖を引っ張って言ってくる。
(これも領主としての仕事か……)
「……ええっと、そのクレアと言ったかな。使用人として雇われるということは、この館に住み込みで働いて貰うことになるんだけど、君はそれでもいいのかい?」
「だ、大丈夫です。私、お料理、裁縫、お掃除、畑仕事だって何でもやります。だからお願いします。私を置いてくださいませんか?」
一応、本人の意思を聞いてみたら、蚊の泣くような細い声でそう必死の口調でお願いされては頷くしか無い。
どのみち使用人は雇うつもりだったのだ。
考えてみれば、ローリンゲンの町や他所の人間に頼むよりもこの村の出身の者のほうが、村について無知である自分にとって役に立つかもしれない。
使用人としては想定していたよりも幼いのが不安だったが、雇った以上はしっかりと彼女に食事を摂らせるつもりだし、いずれは成長して役に立つようにもなるだろう。
当面は彼女にでもできるような簡単な仕事をさせることにする。
食事の用意や、館の掃除、洗濯といった日常的な家事であれば子どもであるクレアにもできる事はあるだろう。
「わかったよ、クレア。それじゃあ君を雇うことにしよう。これからよろしく頼む」
「私も使用人だからぁ、クレアちゃんとは仕事仲間になるねぇ。アリスだよぉ、よろしくねぇ」
「はい、よろしくお願いします」
自分がそう言うと、ようやくクレアは顔を上げてにっこりと(長い髪に隠されてその瞳は見えることがなかったのだが) 微笑んだのだった。
◇◆◇◆◇
村長が村へと戻ると、館の玄関の前には自分とアリス、そしてクレアの三人だけが残された。
「あの領主様。お荷物の方は?」
「ん。荷物はこれだけだよ」
そう言うと足下に置いていた鞄を一つ持ち上げる。
中には財布と旅の間の下着の替え、そして総督府でも身に着けた一張羅くらいしか入っていない。
「ここへ来る前に、私物は王都でほとんど処分してしまったんだ。村に雑貨屋があると聞いたから、必要な物は後でそこで買ってこようと思っている」
「は、はい。農具や小物といった日用雑貨を売っているくらいですけど‥…あ、お持ちします」
「いや、重いからいい」
クレアの細い腕を見たら、鞄を持たせるのは少し不安だったので断った。その代わりに、自分もアリスも両手が荷物で手が塞がっていたので館の玄関を開けてもらう。
館の中は暗かった。
明かり取り用の窓は雨風が吹き込むのを防ぐために、全て固く閉じられていたし、その上から蔓草が覆い隠していたので当然といえば当然だった。
玄関から差し込んだ光が、流れ込んで来た風によって舞い上がった埃をきらきらと輝かせる。
「足下が見えなくて危ないな。『集え光よ 闇を打ち払い 我が行く手を照らす灯火となれ――明かり!』」
クレアが驚きで息を呑む気配が伝わってきた。
辺境の小さな村だ。
これまでに魔法を目にしたことは無いだろう。
自分の手のひらの上に生まれた握りこぶし大の大きさの光球が、館の内部の様子を照らしだしてくれた。
玄関を入るとホールになっていて正面に階段があった。左右に伸びる廊下には部屋への扉も見える。
外から見て館は三階建ての造りだとわかっている。
「ひと通り、中がどうなっているか見て回ろう。足下、気をつけろよ」
館には幾つもの部屋がある
一階は居間に台所、それに浴場、執務室も兼ねていたと思われる男爵の部屋がある。その隣の部屋は書斎となっていて前の男爵が読書家だったのか、書棚には学術書から紀行文、説話を集めた書、図鑑といった様々な本が集められていた。
本は非常に高価な品物で、物によっては金貨で取引されている事もある。とても豊かとは思えない村から上がる収入程度で、前の男爵はどうやってこんなにも書籍の収集ができたのか首を傾げたくなる。
それに空き家になってから、よくも荒らされて売り飛ばされなかったものだ。
「へぇ……」
感嘆のため息が漏れてしまったのは、本の中に魔法書も幾つかあったからだ。
一般的な書物と違って魔法書と呼ばれる書物は魔法士が個人的な研究をまとめたものが多く、多くの場合それらの本は弟子へと受け継がれることが多い。そのため写本の数が圧倒的に少なく、これら魔法書の多くは稀覯本とされていて、滅多として手に入る事はない。
一冊手に取ってみたが、湿気や虫に多少喰われていたが十分に読める。
ペラペラと軽く頁をめくってみると、中には読んだことの無い魔法書もあったので、暇な時にでも読み解いても良いかもしれない。
二階と三階にはそれぞれ寝室や客室と思われる部屋が四つずつあった。
建物の形状から二階の部屋の方が広い造りとなっているため、二階は男爵家の者達の寝室や家族が使用する部屋、そして三階を客人用の部屋として使われていたようだ。そしてホールの階段の裏側に、地下へと続く階段も見つけた。
降りてみると、食糧や葡萄酒を保管するためと思われる部屋がある。地下ゆえに空気がひんやりとして冷たい。
それから二段ベッドが幾つも連なった大部屋が三つ。
下働きをする使用人達が使用していた部屋なのだろう。
使用人は、彼等を纏める家令や主人の秘書、厨房長ともなれば上級の使用人として個室を与えられる。しかし、下働きとして住み込みで働く使用人達は、こうして地下室などの窓も無い部屋に多人数で共同生活を送る事が多く、奴隷とあまり待遇が変わらないものだ。
一通り、全ての部屋を回って板戸を開けたので、カビ臭い淀んだ空気が新鮮な空気に入れ替えられてゆく。
蔓草に覆われた板戸を無理矢理解放すると、薄暗いながらも明るくなった。
魔法の明かりが無くても、足下程度であれば確認できる。
「想像以上に立派な館だったな」
「この建物だけでも、ひと財産ですよねぇ。総督府に引けを全然取ってないしぃ、なんだか凄いお金持ちになった気分ですぅ」
魔法の明かりはもう消しても良さそうだ。
足元が暗くて歩きにくかったということもあるが、ただ館の中を見て回るだけで随分と時間が掛かってしまった。
昼前にレルシェ村についてすぐ館へ来たため、昼食もまだだ。
「とりあえず腹ごしらえをしようか。それに食糧と必要な物の買い出しも済ませないとね」
一先ず自分が何をしたらいいのかわからないのだろう、まごまごしているクレアを促すと、館を出て村へと通じる階段を歩き始めた。
◇◆◇◆◇
村で唯一の店だという雑貨屋は、村で唯一の酒場であり、唯一の宿屋でもあるらしい。
これはこの程度の規模の村では別段珍しい話でもなく、時には村の集会所としての役割も果たす。
そうした多目的な役割を満たすべく、テベスという名の中年の男が経営する雑貨屋は、村の中央という最も良い場所に店を構えていて、建物も高台の城館に次ぐ大きさで三階建てだった。
「いらっしゃいっと……おっと、これはこれは新しい領主様でいらっしゃいますね? 村で店を商っていますテベスと言います。どうぞご贔屓に」
ご贔屓にと言われても店がここしかない以上、贔屓にせざるを得ないので軽く頷くと空いている席に座る。
もう昼時をかなり過ぎていて、店内には客の姿は見られない。
「ああ、お腹が空いたぁ」
「クレア、君も座りなさい」
クレアがいつまでも席に座らず立ち尽くしたままなのを見て、彼女を強引に座らせた。
「お食事でございますか?」
「ああ、この村の名物とかあるかい?」
「ははは、名物と呼ばれるようなものは特にありませんねぇ。あえて言うなら採れたての野菜でしょうか」
「なら、適当に。クレア、嫌いなものは無いよね? 彼女も私と同じ物を。飲み物は私にはビールを、彼女には……そうだな、ミルクでもあれば。アリスはどうする?」
「果汁を絞ったジュースなんて無いよねぇ、多分。私はお水でいいかなぁ」
「かしこまりました」
テベスはクレアの顔を見て少し驚いたような顔をすると、奥にある厨房へと引っ込んでいく。
料理が出てくるのを待っている間、クレアは何やらおどおどとしている。
「店で食事をするのは初めてなのか?」
アーティアがそう聞くと、クレアはコクンと頷いた。
「お使いで来たことはあります。でも、食事をしたことはありません」
「普段は何を食べていたんだ?」
「分けてもらったり、自分で作ったりしていました」
「へぇ、お料理できるんだぁ」
「お料理だなんて……簡単な物くらいです」
「それで十分だ。買い物を終えて戻ったら、台所の掃除もしてしまおう。それと、当面自分たちで使う部屋の掃除だ」
「広いからぁ、掃除しなくちゃいけない場所がたくさんありますねぇ」
「そうですね」
クレアの口元が少し微笑を浮かべたのを見て、少し安心する。出会ってからずっと緊張し続けている様だったので、彼女の緊張が少し緩んだのを見て、どこかホッとしたのだ。
話しているうちに食事が運ばれてくる。
炊かれた米と山鳥だろうか鳥肉のスープ。それから新鮮な卵を使った料理だった。
「わあ……お米だぁ」
アリスが感無量といった感じの声を上げた。故郷を思い出したのか、アリスはちょっと涙ぐんでいるようにも見えた。
それにしても良い匂いだ。朝早くに隣村を出発してからずっと歩きずくめだったので、できたて料理から漂う匂いにこらえきれぬ空腹を覚えた。
「クレアちゃん、遠慮せずに食べていいからね」
「は、はい」
自分とアリスが食べ始めてもなかなか手を付けようとしないクレアに、アリスが優しくそう促す。
「しっかり食べてもらって体力をつけてもらわないとな。これから仕事は山のようにあるんだから」
自分にもそう言われて、クレアはようやくスープを一すくいして小さな口へと運んだ。
それからはクレアも一生懸命になって食べ始めた。
その食べ方を見ていれば、普段あまりろくなものを食べていなかったに違いない。
歳不相応にやせ細った身体を見れば見当が付く。
一生懸命になって食べてはいるが、小さな口ではそんなに早く食べられない。
軍隊生活のせいで自分は本来早食いなのだが、主人である自分が先に食べ終わってはクレアが食事をしづらいだろうと思い、スープをゆっくりと口元に運ぶ。
諸侯ならいつか会食に招かれることもあるだろうし、早食いの癖は早めに直さなくてはならないな。
軍では戦闘の合間に食事を取るため、早食いが普通だった。丁度良いので、クレアの食事の速度に合わせる事にする。
それにしてもこの村では米料理がやはり主食なのだろうか。北部出身じゃない自分としては、普段から食べ慣れているパンのほうが何となく落ち着くのだが。
クレアが食べ終わるまでたっぷりと食事の時間を取ってから、店の主人であるテベスを呼んだ。
「食事のついでに日用品など買いに来たんだ。見せてもらっていいかい?」
「どうぞどうぞ。狭い上に大した品物もございませんが。もし、何か店に無く入用の物がございましたら、十日に一度、私めがローリンゲンの町に出向いた際に揃えてきますので、ご遠慮無く仰って下さい」
「ありがとう。そうだ。村長に聞いたんだが、ディアールに手紙を出す場合も、テベスさんに預ければいいのかな?」
「はい。私が責任をもってローリンゲンで手紙の配達人に託しますよ」
「そうか。後でディアールの知人に手紙を出したい。その時は頼むよ」
「かしこまりました」
テベスの店の中は雑貨屋に相応しく、日用品から衣料品、酒などの嗜好品が置かれている。
「食材などは置いていないのか?」
「食材は村の者から直接交渉して分けてもらえばよろしいかと。大抵の村の衆は、欲しい物を自分の所で作った作物と物々交換しますんで、わざわざ私の店で買う必要は無いんですよ」
「なるほど。言われてみればそうだな」
「うちで扱っている物は、主に町で私が仕入れてきた物や、行商人が運んできた物ですねぇ。日用品や町の鍛冶師が作った農具や釘なんかです。この村の者が作った品物などもありますが、だいたい村で手に入れがたい品物が主になっています」
「へえ。村の人が作った物もあるにはあるのか」
「ええ。私が買い取って町に持って行き、市に並べております。言ってみれば、私はレルシェ村の窓口といったところでしょうか」
テベスは、店の商品を品定めしていた自分がふと足を止めた事に目敏く気付くと、その品物を取って広げてみせた
「これは村の女たちが、冬に雪で家の中に閉じ込められている間に織った服などですな」
そこにはたくさんの服が山のように積まれていた。
「中には町の古着屋で私が買い付けた物もございますが、どれも丈夫な布で作られていますし……いえ、まあ貴族である領主様には、古着をおすすめしてはなりませんでしたな」
「常日頃から仕立て服を着て過ごすつもりは無いよ。疲れてしまいそうだ。普段は君が着ているような動きやすい服がいい。まあ私のことよりも、今欲しいのは女の子の服かな。すまないが、この服の中からこの子に似合う服を見繕ってはくれないか?」
「え?」
背後にいたクレアの肩に手を置いてテベスの前に押し出すと、彼は訝しげな表情をした。
「クレアじゃないですか。先程、お食事もご一緒されていたようですが、どうしてこの娘が領主様とご一緒なんで?」
「村長に頼まれてね。この娘を使用人として私が引き取ることにした。それで館に勤めるに相応しい服を揃えて欲しい」
「おお、なるほど。それは良いことです。両親を失ってからこの娘は村全体で面倒を見ていましたが、皆も決して楽な生活というわけではありませんでしたからな。実際度重なる増税で生活は苦しくなる一方でしたし、帝国からリムディアに上が変わってしまってこの先どうなるのかと思えば……っと」
貴族である自分の前で愚痴をこぼしてしまった事に気づき、テベスが慌てて口を手で塞ぐ。
だけど、テベスの気持ちはわかる。
「気持ちはよくわかるよ。帝国との戦況は泥沼状態。帝国の軍事力は強大だけど、四方八方に戦線を伸ばしているから実は戦線を維持するのに精一杯。リムディアもそこに付け込めれば良いのに、長引いてしまった戦争であとひと押しするだけの余力は無い。結果、国境近辺での部隊規模での衝突が頻発するに終始して、まるで決着はつきそうに無い。先の戦いは確かにリムディアが勝利したが、再び帝国が盛り返すかもしれない」
「前線ではそんな事になっていましたか。いや、商売しているのでそうした情報を得やすい立場にはいるのですが……失礼ですが、領主様ももしや戦争帰りで?」
「ああ、まあね。前の戦争でちょっとした功績を挙げてこの村の領主に取り立てられたんだ」
「それはそれは、ご立派な事です。領主様のご幸運にレルシェ村もあやかりたいものです。と、そうそう。クレアの服でしたな。子供用の服ももちろんありますので、ご用意いたしましょう。確かに今のままの格好では、とても貴族様の使用人には見えませんからね」
クレアは着古したワンピースという質素な服装をしている。
ところどころに何度も破れては繕った跡も見られた。
貧しい農夫の子どもでも、彼女よりはマシな服を身に着けているに違いない。
両親がいなかったので、恐らくは村人の子どもたちのお古を着せてもらっていたのだろうが、もう何度も洗濯されて布も擦り切れそうになっている。
「アリス。俺ではどれが似合うかわからない。一緒に見繕ってやってくれ?」
「いいですけど隊長ぉ、私には服買ってくれないんですかぁ?」
「お前は自分の金があるだろう? 何で俺が出してやらないとならん?」
「だってまだぁ、お給料貰ってないしぃ。それに貴族の使用人として相応しい格好が必要ならぁ、私にも買ってくれてもいいでしょぉ?」
「まあ、お客様をお迎えする時に着る服と、仕事着はいくつかあったほうが良いとは思いますね」
小声で言い争っていたら、アリスを援護射撃するテベスさん。
むぅ、これも必要経費か。
「仕方ないな」
「やったぁ! ありがとぉ、隊長ぉ。だから大好きぃ」
「はいはい」
「うちの家内にも手伝わせましょう。こうした事は女性同士の方がやりやすいでしょうから」
テベスに呼ばれて奥から出てきた彼の女房は、少しふっくらとした身体つきの女性だった。
アマルダと名乗った彼女は、喜んでクレアの服選びを引き受けた。
「まあまあまあ、良かったわね。優しいご領主様で。領主様、クレアに新しい服を着せるのに、先に湯浴みもさせてよろしいでしょうか?」
「お願いします」
「あっ、私もいいかなぁ?」
言われてみれば自分もアリスも、先程の館内を歩いた際に舞い上がった埃を被ってしまい埃っぽい。
「ええ、どうぞ使ってください」
「クレアは髪も整えたほうがいいわね。これから貴族の領主様にお仕えする事になるのだし、恥ずかしい格好をしているわけにはいかないわ。お二人とも何着か見繕っても?」
「時間はどれだけかけても構わない。お任せします」
クレアの頭髪も目元を完全に隠すほどに伸びて、後ろ髪も腰の辺りまで伸び放題になっている。
(何ともパワフルな人だな)
アマルダの、自分とアリスはもちろん、当事者のクレアにも口を挟ませる隙を与えず、どんどんと段取りを整えていく姿を見てそう思った。
「あの……領主様?」
クレアが不安そうに見上げてくる。
自分の意思を無視して周囲がどんどんと話を進めているのを見て、どうやら不安に思ったらしい。
「いいから。彼女の言うとおりにしなさい」
「クレアちゃん、一緒に湯浴みしよぉ?」
そんなクレアに頷いて見せると、その背中をアマルダの方へと押しやった。
アリスと二人でアマルダについて店の奥へと行く間にも、クレアは何度も自分の方を振り向いて見ていた。
「さて、買い物の続きをしよう。私も何着かシャツとズボンを買うことにするよ。それから必要な物を言うので後で館にまで届けて欲しい。あと、ついでに食材なんかも適当に集めておいてもらうと有り難い。物々交換というが私に交換できるものは無いし、貨幣を払っても皆釣り銭に困るだろう」
「そう言われてみればそうですね。承りました」
「その分の手数料も支払う。ああ、それとホウキなんかの掃除用具だけはそのまま持ち帰りたい。それらの支払いは全て、品物を館に持って来た時で構わないかな?」
「はい、大丈夫でございます。直ちにご用意して夕刻までにはお持ちいたします」
そう言うと、テベスは自分の注文を書きつけるのだった。