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第四話

 自分が領主となった土地レルシェという名前の村は、ローリンゲンの町からシェン川沿いを上流に向かって進み、主要街道から脇道に逸れて、更に山間の細道を進んだ先にあるらしい。

 そんな山間にある田舎の村へ向かう乗合馬車など当然の事ながら便があるはずもなく、町へ行商で来ていた農夫と交渉し、馬車ごと雇うことにした。

 地元の者でなければ、村へ行く者など滅多といないのだろう。御者役として雇った農夫から不思議そうに尋ねられたものだ。


「旦那がたさ、リムディアの人かい? あんな辺鄙な村まで一体どのようなご用件でさ?」

「レルシェ村に家を頂いたんですよ。それでどんな所か見てみようと思いまして」


 実は新しい領主だと言う必要も無いだろうと思いそう答えた。

 家を貰った事は嘘ではない。


「家ですかぃ。なるほどねぇ。でも田舎の村に家を貰っても、扱いに困りそうだがね。余所者が田舎の村に溶け込むのは大変なんじゃないかい?」

「ええ。でも断る事もできなくて」

「まあ何にせよ、若い者が田舎の村に来てくれるっていうのは、良いことなのかもなあ。どいつもこいつも都会に憧れて、みんな村を出て行っちまうからさ」

「都会に行けば仕事があるわけでもないんですけどね」

「そうさ。都会に出たところで仕事が見つからず、果ては軍に徴用されて、最前線送りってなもんだ。田舎で畑を耕してたほうがよっぽどええ。知ってるだろ? この間の戦」

「ええ、もちろん……」

「随分と大勢死んだんだとさ。あの辺りは今、夜になるとアンデッドが大量に出るってんで、総督府には毎日のように討伐の陳情が届いてるそうでさ」

「へえ……」

「無残な死に方をした者も多いそうで。そんな化物になってしまうような死に方なんて、冗談じゃないね。戦争でお上は何もかも持って行っちまうし、暮らしは楽じゃあ無いが、それでも死ぬよりはなんぼかマシってなもんですわ」

「全く同感です。私もつい先日まで軍にいたのですが、退役したら田舎に土地でも買って畑でも耕そうと思っていたんです。ちょうどその時に村で家を頂けるという話になりましてね。こうしてここまでやって来たんです」

「おお、それがええですわ。自然を相手に生きていく。お上が帝国からリムディアに変わろうと、儂らにとってやることは変わりゃしない。毎日汗水たらして畑を耕す。それが一番ええ人生じゃないかと儂も思いますわ」


 農夫と話している内に、ふと肩に重みを感じて見ると、アリスが能天気に自分に寄りかかって寝息を立てていた。

 えらく静かだなと思っていたが、どうやら眠気と激戦を繰り広げていたようだ。 

 乗せてもらった荷馬車は主要街道から、山へと入っていく脇道へともうすぐ分岐すると言う所まで来ていた。

 道の横を流れるシェン川では何隻もの船が行き来し、船の合間を巨木がプカプカと下流へと流されていくのが見える。

 川の逆側には広大な麦畑が広がっていて、麦畑の合間には家がまばらに見え、人々が働いている。

 騎士爵として領主となってしまったため、計画が狂ってしまったが、自分も軍を満期除隊したならば退職金とそれまでに貯めた給料で畑を買い、牛や豚を飼うのが自分の夢だった。

 領主になっていなければ、今頃はどこか定住できる村を探して旅をしていたのかもしれない。

 その時にはアリスはどうしていただろう。 

 きっと除隊せずに軍にいたのだろうか。

 アリスには小銃の腕前を期待して雇っているのだが、できれば彼女の腕を振るうような事がなければいい。

 平穏な土地ならばいいな、そう思いながら自分も馬車の荷台で目を閉じた。



 ◇◆◇◆◇



 ローリンゲンを朝早くに出発して、途中で二つの村を通過。三つ目の村へ到着した頃に日が暮れた。

 雇った農夫が結構な速度で移動してくれたらしく、予定よりもかなり早い。

 主要街道を逸れたこの辺りは大変山深く、冬には腰の辺りまで雪で埋まるという。そして人里があるとはいえ、熊や狼といった肉食性の獣の縄張りと隣接している地域だ。またゴブリンやオーク、オーガといった人とは敵対的な亜人種の姿を見かけることもあるらしい。

 地元の人から暗くなってからの行程はそれらに襲われる危険があると注意され、明るくなるのを待ってからレルシェ村へと向かうことにした。

 レルシェ村にはこの村を朝に出れば、日が天頂に昇る前には到着できるとのこと。

 村までの道は、シェン川の支流で山から流れて来る川沿いに伸びていた。道幅は狭く、時々道の端に生えている木から伸びた枝が行く手を遮っていたりして、決して歩きやすい道とは言いがたい。

 川の反対側は山の斜面になっていて、草木が茂っているのだが、いつそこらの藪を突き破って狼や熊といった危険な獣に出くわさないか知れたものではない程、険しい道だった。   

 一応、道に馬の蹄の痕などが見られることから、人の往来が無いわけでは無さそうだったが、山から崩れ落ちたのか大きな石が転がったりしていて、注意しないと馬車の車軸を痛めてしまいそう。時折農夫が悪態を吐いていた。


「やれやれ、旦那がた。やっと村が見えてきましたぜ?」


 そんな道を歩き続けて三時間余り。

 ようやく目的地であるレルシェの村が見えて来た。

 村の真ん中を幅のある道が通っていて、その両側に水田が広がっているのが見える。

 麓では麦が育てられていたけど、この村では米を作っているんだな。

 その水田の合間に、ぽつりぽつりと間隔を空けて木造の家々が建っていた。


「それでは旦那がた。お気をつけて」

「ありがとうございます。本当に助かりました」


 村の入り口辺りで自分たちの荷物を降ろし、農夫に謝礼金を渡して別れることにした。


「さて……まずはどこへ行けばいいかな。村長か誰かに案内してもらうか」

「私が聞いてきますねぇ」


 三時間、馬車の荷台に揺られていたアリスが、痛むお尻をさすったあとそう言って、近くで野良仕事に精を出す村人の一人に駆け出していった。

 その間に、軽く村を一瞥してみる。

 家の数は見える範囲でも二十軒近い。そのほとんどの家が質素な造りの木造平屋建てで、風で屋根板が飛ばされないように石が乗せてある。そして村の中央付近に一軒、それともう二軒程大きな家がある。一つは村長か村の有力者の家だろうが、残る二軒は宿屋か酒場といった店かもしれない。

 四方八方から視線を感じるので見てみれば、こちらに気付いた田や畑で働いていた村人たちが皆、手を休めて自分を見ていた。

 村までの山道は険しいうえに細く、滅多と旅人が訪れる事がないのだろう。道の先、山を越えた先は再び平野が広がり、もっと進むと海が広がって港町もあるらしいが、夏は狼や熊、冬は雪に埋まるこの道を進む者はほとんどいない。


「隊長ぉ。私たちの家は、高台にある城館らしいですよぉ。いま、そこの人が村長を呼んできてくれるですってぇ」


 アリスに言われて見れば、村を見下ろせる高台に城館と呼んでも差し支え無さそうな大きな屋敷が木々の合間から見える。その全景は木に邪魔されて見えないが、随分と立派そうな建物で村の規模には相応しくないなと思った。


「隊長ぉ、これってお米ですよね?」

「多分な」

「お米かぁ、久しぶりだなぁ……この村で食べることができるのかなぁ」


 村長を待っている間、水田の傍にしゃがみ込んだアリスがまだ刈り入れには早い青い稲穂をつついていた。彼女は北部地方の出身なのかな? パン食が一般的なリムディアでは麦を育てている地域が多いのだが、米食文化のある帝国に近い北部地方では米の生産も盛んだからだ。

 足下を鶏がコココッと鳴きつつ、地面を盛んにつついている。放し飼いにされた豚もいる。

 村の北側に細い小川が流れていて、どうやらその川が主要な水源のようだった。


「おお、お待たせして申し訳ない。この村の村長をしております、メルビンと申します」

「アーティア・ヴァン・ウィンズベル騎士爵です。この度、リムディア国王陛下よりこのレルシェの土地を賜りました。どうぞこれからよろしくお願いします」


 領主ならもっと偉そうに挨拶した方が良いのだろうか?

 ふと気づくと、周囲には大勢の村人たちが集まっていた。

 新しい領主を見分するために集まったのだろう。


「あれが新しい領主様だってよ」

「思っていたより若いんだなぁ」

「リムディアの人だって言うんだろ? 税とかそのへん大丈夫なのかね? ここは元が帝国だったから、搾り取られたりするんじゃねえか?」

「シッ! 声がでけえぞ? 搾り取るったって、何をどううちの村から搾り取るんだよ。搾り取れるもんなんて何にもねえぞ?」

「どこかの貴族様のご子息なのかもしれないわね」

「それにしては姿格好が……どうも普通じゃねえか?」


 レルシェ村の総人口は二百人程度らしいが、集まっているのは三十人程度といったところか。その多くが年寄りと子どもだった。

 村での生活というものは日々の変化が乏しく、娯楽といったものが一切ない。たまに来る行商人などの旅人など、格好の餌食となりやすい。そして今回は新しい領主というとびっきりの話の種だ。騒ぎになってしまうのも無理はない。

 アリスにしたって、今は昼だから山に入って仕事をしているのか若い男を見かけなかったが、まず間違いなく確実に今夜の酒の席で話題となるだろう。

 村の外から来た若い娘。

 話題にならないはずもない。 

 

「早速ですが、領主様。館の方へご案内いたしましょう。お連れの方もお疲れのご様子ですし」

 

 村人たちの好奇の視線に晒されてもじもじしているアリスを見て気を利かせた村長が、残りの村人たちにはおいおい挨拶をさせると告げて解散させた。

 まずは腰を落ち着ける場所を知っておきたかったので、村長の提案に異存は無い。

 年齢の割にはしっかりとした足取りの村長の後について歩き出した。

 村の中央を横切る大きな道は、村の北を流れる小川と平行するように東から西へ横切るようにして通しているらしい。その道を進んでいくと道が分岐する。左に行けば村の外へ、右に行けば道の突き当りに高台へと続く石段が見えた。


「あの石段の上にございます」


 石段の両側は雑木林となっていて、もうすぐ日が天頂に昇ろうかという頃合なのに薄暗く、空気はひんやりとしていた。


「この階段を上った先にこれから領主様に住んで頂く……その、前の帝国の男爵様がお住まいだった館があるのですが……」


 そういえば、帝国が統治していた頃は男爵領だったな。

 先に立って石段を登っていた村長が、足を止めると自分の方を振り返って言い淀む。

 

「まことに申し訳ございません。男爵様の一族がこの地を離れて以後、空き家だったものであまり手入れもされていないのです」

「なるほど」

 

 この高台へと続く階段も石は苔生していて、石の隙間からも雑草が伸び放題に生えている。

 地下水が染み出しているのか、石段は濡れていて、注意して歩かなければ足をすべらせてしまいそうだった。

 ただ、自分が王都のいた頃、軍によるレルシェ村についての報告書に目を通した時に、こんな予感はしていたのだ。


「確か二十年近く前に、領主だった男爵家が断絶したとか?」


 そう、この地を治めていたレルシェ男爵家は、二十年も前に系譜が途絶えてしまった。

 軍が調べたところでは、レルシェ男爵家の系譜が途絶えた経緯はこうである。

 男爵家は神聖ローレンシア帝国によって定められていた以上の重税を領民に課していた。また、他にも様々な非合法の事業に手を染めることで莫大な額の私腹を肥やしていたらしい。

 その事が王に露見し、王はレルシェ男爵家の当主を縛り首とし、その一門も連座として処刑した。

 

「はあ、ご存知でしたか。おっしゃるとおりでございます。前の男爵様のお家が途絶えた後、この土地は直轄領とされて皇帝様の代官様が治めていらっしゃいました。ですが、代官様は徴税の時期にしか村へはいらっしゃらなかったので、私どもも取り立てて館を手入れをすることがなかったのです。おお、着きましたな」

「わあぁ、凄いぃ! 綺麗ぃ!」

「これは絶景だな!」


 村長と話しつつ階段を登り切ると、そこで飛び込んできた光景に、思わず声を上げた。

 高台の村に面した方角は切り立った崖になっていて、下からは邪魔だった木々も見下ろす分には大変見晴らしが良く、村全体が一望できるようになっていた。

 

「この高台から一望できる森がレルシェ村の、我々が狩場として権利を持っております。つまり領主様の所領ということになりますな」

「そうか」


 レルシェ村一つだけがウィンズベル騎士爵領と考えていたけれど、こうして見渡してみれば森は結構な広さがあって、なかなかに広い土地を任されたんだなと思う。


「ただ、ご覧の通り開拓はほとんどなされず、森は手付かずの状態です。おかげで森の恵みには預かることができておりますが」


 そして、山側に面した方角に城館があった。


「ふへぇ……」

「立派だな」


 しばらく高台から見下ろす村の風景を堪能してから、城館の門を潜る。

 城館というだけあって三階建てのその建物は、村人たちの住んでいる木造の家とは違い、建築材には石材が使われていた。

 山から降りてくる獣避けなのか、館の周囲には木製の塀も張り巡らされている。最も経年劣化によるものか、木材が朽ちてしまっていて、ちょっとの衝撃でも壊れてしまいそう。

 庭も結構広くて何と池までもあった。ただ、水が淀んで緑色になってしまっていて、魚が住んでいるようには見えない。

 雑草も伸び放題に生えていて、木々の種子が風や鳥の糞で運ばれてきたのか、敷地内には背丈の低い木が無造作に生えている。

 外からは塀のせいで見えなかったのだが、館の壁にも蔓草が覆うように茂っていた。

 もう見た目は幽霊屋敷か何かといった廃墟である。

 ただ、庭の所々には雑草を抜いたと思われる痕跡が見受けられ、館の玄関も蜘蛛が巣を張っているといった様子も無く、清掃が為されている。

 一人か二人、そのくらいの人数で手入れをしてはみたが、広すぎて新任の領主が到着するまでに手入れが全て行き届かなかった。

 そんな印象を受けた。


「これは住む前に大修理をしなければならないな」

「ですねぇ……」


 ただ、手入れさえすれば、十分使えそうな物件だった。

 庭園も含めて敷地は大変広く、井戸や水を蓄えられる池も備えているということは、万が一どこかの敵勢力に村を攻められた時、館は砦として長期間籠城できる機能を持たせたのだろう。

 案外、帝国がこの土地を収める前は、有力な土豪がこの館を山城として使用していたのかもしれない。

 貴族の城館には、こうしたかつての古城を改築して自分の居館にしている者も少なくないからだ。


「それで先程も申し上げました通り、新しい領主様がいらっしゃると伺いましたのが突然の事でしたもので、館の手入れもほとんど出来ておらず……。何でしたら、村人総出ですぐにでも手入れをさせて頂きますが?」

「いや、大丈夫です。どうしても人手が必用な時は言うかも知れませんが、手入れや掃除くらいは自分でします」


 村人たちだって畑仕事に忙しいだろう。

 自分たちの住む所ぐらい、自分たちで修繕するさ。 


「それはぜひご遠慮無く申し付け下さいませ。それはそうと領主様。お荷物のほうはどちらに?」

「荷物はこれだけです。必要な家具や日用品などは現地で揃えようかと」

「はあはあ、なるほどなるほど。館の中の調度品などは一切手を付けておりませんので、使える物もあるかと思います。それと村に一軒、雑貨屋がございますので、不足している物はそちらで揃えることが可能かと。欲しい物が無い場合は村の者で作らせるか、定期的に訪れる行商人の方に注文されるとよろしいでしょう」

「なるほど」

「失礼ですが領主様は奥方様以外にその……使用人の方はいらっしゃらないのでしょうか? ああ、後からいらっしゃるのでしょうか?」 

 

 自分の傍を離れて窓から城館の中を覗き込んでいるアリスを見て、村長が言う。


「ああ、彼女は使用人で私の妻ではありませんよ。今のウィンズベル家は私たちだけです。落ち着いたら、ローリンゲンの町で使用人を探してみようと考えていました」

「そうでございますか」


 使用人はいない。

 その返答を聞くと村長は何故か何度も頷いてみせた。


「それが何か?」

「いえ……そのぅ……実は領主様に折り入ってお願いしたいことがございまして」

「願い?」

「ええ。実は使用人として一人雇って頂けないかと思いまして」


 言いにくそうにしながらも、村長はそう言って愛想笑いを浮かべたのだった。

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