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第三話

 鉄道の終着駅、メイナムの町からローリンゲンの町までは、終戦後半年も経たずに開通した駅馬車に揺られて、約一日といった行程だった。

 途中、宿場町で一泊すると翌日の昼前にはローリンゲンの町へ到着する。

 鉄と刃物の町ローリンゲンと言う呼称から、鉱山の麓にある町と連想しがちだが、実際は平野を緩やかに蛇行して流れるシェン川沿いに築かれた町だ。

 鉱山はこのシェン川という名の大河上流に位置していて、鉱石は船によって運ばれて来ている。シェン川を眺めてみれば、港への荷揚げの順番待ちらしき船が幾層も浮いているのが見えた。

 ローリンゲンは神聖ローレンシア帝国軍にとっても重要視されていた都市だけあって、高い市壁が築かれていたが、一部はリムディア王国軍の大砲によって破壊されてしまっていた。だが、リムディア軍が入市後、すぐに修復始められていて、壁が壊された部分には木材で足場が組まれ、職人たちが忙しく働いているのが見えた。


「うわぁ……メイナムよりも賑わっていそうな町ですねぇ。検問待ちの人たちで行列ができていますぅ」

「交易で栄えてきた町らしいからな。あの戦争から半年も経っているし、商人たちも町へ戻ってきたんだろうな」


 大きく外に開け広げられたローリンゲンの門へ近づいていくと、警備兵に呼び止められた。


「おい、そこの二人。そう、お前たちだ。荷物はこれだけか? 旅の商人という風でも無さそうだが……」

「この町の先にあるレルシェという村に向かう途中なんだ」

「里帰りか旅行かね? 戦争が終わってまだ半年程度だと言うのにのんきなもんだな。ほれ、通行証を見せてみろ。その後で荷物検査と入市税を徴収させてもらうからな」

 

 言われて懐の中から通行証を見せてやると、警備兵は一瞬目を大きく見張ってすぐに背筋を伸ばした。


「っと、これは失礼しました。騎士爵様でいらっしゃいましたか。足止めをして申し訳ございませんでした」

「いえいえ、お勤めご苦労様です。通ってもいいのかな?」

「どうぞお通りくださいませ」


 うやうやしく礼をされて門の通過を許可される。

 荷物なども検査されることもなく、町に入るための入市税も取られることもなかった。

 

「はあ……隊長ってぇ、本当に貴族様なんですねぇ」


 くぐり抜けたばかりの門を振り返ってアリスが言う。


「何をいまさら言ってんだ、おい?」

「だってぇ、普通他所の町に入る時には荷物とか徹底的に調べられるものでしょぉ? それが隊長ぉの通行証を見ただけで、荷物検査も無く通過とか普通はありえないですよぉ。私ぃ、この小銃について何て説明しようか悩んでたのにぃ」

 

 そう言うと、アリスは肩に掛けている細い筒状の袋を持ち直して見せた。

 半年前までは敵国だった町だ。外から銃器を持ち込もうものなら、スパイとして拘束されても文句は言えない。

 それにアリスの銃はリムディア王国軍に制式採用されている小銃。軍を抜ける時にそのまま持ってきたらしく、荷物検査をされればそれも見咎められる恐れもあったのだが、アリスも自分の連れとして通行を許されていた。


「まあ、貴族とは言っても三等爵士だった時は一般市民と変わらない扱いだったんだ。今の警備兵の対応で、俺も諸侯になったんだなって実感したよ」


 三等爵士身分の貴族は、貴族とは名ばかりで実際の暮らしぶりも平民と大差ないか、より貧しいかのどちらかだ。犯罪者へと身を持ち崩す者も少なくなく、警備兵から厳しく調べられることは多い。

 

「凄いなぁ。大きな町ですねぇ」

「だなぁ」


 門をくぐり抜けた先に伸びた大通りは、まるで洪水かと思われるほど人で溢れかえっていた。

 通りの真ん中をガラガラと石畳を擦る音を立てて行き交う荷馬車。その馬車を避けるようにして歩く雑多な人々。通りに立ち並んだ商店では、引っ切り無しに客引きの声が聞こえ、店先では少しでも商品を値切ろうとする客が店主と大声で駆け引きをしていた。

 食べ物を売っている露店では、見慣れた肉の串焼きや魚介のスープを売る店に混じって、帝国ではよく食べられている米料理を売る店や、嗅ぎなれぬ芳香を放つ新鮮な果実をその場で絞ってジュースにして売る店もある。

 もちろん鉄と刃物の町と言われるだけあって鉄製品を置いている店も多い。これに加えて、上流で切り出された木々を川に流して運び、建材として売る木材商も通りの一等地に大きな店舗を構えている。鉄も木材も戦後の復興で需要が高まっているのか、どちらの店にも大きな荷馬車が何台も停まっていて、随分と羽振りが良さそうだ。


「活気があっていいですねぇ。歩いているだけで楽しくなっちゃいますよぉ」


 アリスの言う通り、賑やかな町の雰囲気に当てられたのか、俺も何だか楽しい気分だ。何の用事も無ければ町の観光でもしたいところだね。


「とりあえず宿を探さないとな。それから総督府にも挨拶する必要がある」

「ううぅ……買い物とかしたいぃ」

「後にしろよ」


 物珍しげに立ち並ぶ店舗を眺めていたアリスを促し、適当な宿に身を落ち着ける。

 お一人様一泊で銀貨二枚程度の宿。

 それから旅装束から見栄えの良い服へと着替えると、早めの昼食を取ってローリンゲンの総督府をたずねることにした。



 ◇◆◇◆◇

 

 

 グラナダ地方総督府は、元はこのローリンゲンの領主の城館だったようだ。立派な石造りで五階建ての建物。町の活況振りを見れば知れる通り随分と儲かっていたんだろうな。

 ただ、先の戦争のせいで建物を囲む壁が壊されていたため、多めに配置された歩哨の兵士たちが壁の役目を果たしているようだった。

 正門前の歩哨に総督への取り次ぎを頼むと、総督府の中の一室へと通される。

 総督への面会を求める人たちが、玄関の前で列を作っているのに自分へはこの待遇である。

 さすがは騎士爵の御威光と言うべきか。


「ふへぇ……お金が掛かってそうですねぇ」


 通された部屋は、足下には毛足が長くてフカフカの赤い絨毯。素人目にも見てわかる高価そうな調度品、そして壁一面に大きな風景画が飾られていた。

 岸壁沿いに、夕日を背景にした騎士が槍を持って掛けて行く絵。

 この辺りの風景じゃない無いな。帝国の何処かにこんな場所でもあるのだろうか。

 

「時間的に見て、今の総督が集めたものじゃないだろうな。元のこの城館の持ち主が集めた物なのか。俺もこういう趣味持ったほうがいいのかな?」

「価値がわからないのに集めてどうするんですかぁ? それにどこにそんなお金があるんですかぁ?」


 運ばれてきたコーヒーも香り高く、高級な豆が使われていることがわかる。

 くそぉ……せめてコーヒーくらいは、高級な豆で飲めるくらいにはなりたい。

 ソファに腰掛けると、非常に柔らかいクッションで身体が沈んでしまう。


「あっ、これやばいぃ。寝ちゃいそぉ」

「おい、寝るなよ? 頼むから」


 と言いつつも、自分もアリスと同様に眠気が襲ってきている。

 長い旅路での疲労に、昼食を食べた直後。この部屋は日当たりもよく、程よい感じにポカポカとした室温。そこにクッションの利いたソファとくれば、眠気に抗うのは至難の業だ。

 ヤバイ、これは本当にヤバイ。

 本気でうつらうつらとしそうになった所に、やっと二人の人物が部屋の扉を開けて姿を見せた。

 助かった。

 アリスと二人して慌ててその場にパッと立ち上がると、深々と入ってきた人物へ一礼する。


「良くおいで下された! 歓迎いたしますぞ。ウィンズベル騎士爵殿」


 友好的な雰囲気で、右手を差し出して握手を求めてきたこの男がリッツハイム総督だろう。

 中将の肩書を持つ将軍で、グラナダ会戦にも参戦した将軍だ。といっても後方に控えていた予備隊を指揮していたそうだが、そのおかげで本営陥落の責任から逃れることができた。それどころか、一応はグラナダ会戦の勝利に貢献したという事で、ローリンゲンを含む一帯を所領とする辺境伯として、グラナダ地方を統括する総督となった人物だ。

 話に聞いていただけでは棚ぼたで総督の地位を射止めた男と思っていたのだが、さすがについ先日まで敵国だった地を治める者。五十近い年齢のためか、やや腹が前へと迫り出してはいるが、背は高い上に肩幅も広くガッシリとした身体つき。血筋だけで将軍位を勤めているわけでも無さそう。

 立ち居振舞いから武人としても一廉の人間であることは見て取れる。


「総督閣下。突然の訪問という無礼を快くお許し下さり、感謝の言葉もございません。若輩者ではございますが、今後ともよろしくお引き立て賜りたいと存じます」

「なに、お互いこの地では新参者の領主同士です。近場に領地を持つ者同士で仲良く手を取り合わねばなりますまい」


 そう言って笑うとリッツハイム総督は、手でソファに腰掛けるよう促す。


「ウィンズベル卿のご活躍は、私も耳にいたしました。あの戦争で国王陛下より武功抜群として、軍功第一位と讃えられたとか」

「お恥ずかしい。神のご加護の賜物でしょう。幸運に恵まれたのです」

「ははは、謙遜なさいますなウィンズベル卿。しかし、幸運というものは戦場においてどんな財宝よりもありがたいものです。かく言う私もその幸運の女神に微笑まれて、このような地位に就けたのですから」


 リッツハイム総督も世間では棚ぼたで総督の地位に就けたと噂されていることくらい知っているだろうに、自ら運が良かったと言って笑うその姿は演技なのかそれとも本心なのか。

 もし演技なのだとしたら、一筋縄ではいかない人物なのかもしれない。

 そんな事を考えいていると、リッツハイム総督は隣に座った眼鏡を掛けた男を紹介した。


「申し遅れました。私の秘書官を勤めています、シンクという者です。私が不在中、何かお困りのことがございましたら、いつでもこの男に申し付けください」

「ハリー・シンクと申します。どうぞお見知りおきください」


 シンク秘書官がにこやかな笑みを浮かべて手を差し出してくる。

 その手を握り返しながら、素早く顔を盗み見る。

 何となく雰囲気から、この町の政務を実質仕切っているのはこの男じゃないかと思った。


「私も諸侯に列せられるなど何しろ突然の事でしたから、正直に言えばこれからどうしたものかと困惑しておりました。どうぞ、お力をお貸しください。シンク秘書官殿」

「非才の身ではありますが、出来る限りお助けさせて頂きます」

「私も助力は惜しまぬつもりです。今後はお互い助け合っていきましょう」


 リッツハイム総督が胸に手を当てて言った。


「ところで、そちらのお美しい女性をそろそろ紹介して頂けますかな?」

「これは失礼をいたしました。家臣のウエッソンと申します。本来であれば御前に出るのは控えさせる所なのですが、何分当家はいまだ家臣がこの者しかおらず、失礼を承知で同席させております」


 紹介に合わせてアリスが微笑を浮かべて頭を下げると、リッツハイム総督が相好を崩した。


「いえいえ構いませんよ。諸侯たるもの常に側仕えを控えさせるものです。それに美しい女性は見るだけで心が洗われて私も楽しい」

「そう言って貰えると大変ありがたく。ところで、総督閣下。ご挨拶したばかりで大変心苦しいのですが、一つお願いしたいことがありまして……」

「おお、私で力になれることでした何なりと申しつかれよ」

「今述べたように我が家には家臣団がおりません。そして我が領となるレルシェは、未だその土地をこの目にしてはおりませんが人口も少なく、家臣団の人員全てを我が領で賄うことは難しいでしょう。そこで家臣団の募集を、このローリンゲンの町で行うことをお許し願いたいのです」

「なるほど。それは仕方の無いことですな。お話は承りました。私もこの町の領主となって半年ばかりですが、この町には優秀な人材が多くいます。きっと、ウィンズベル卿のお目に叶う人物が見つかることでしょう」

「総督閣下のご厚意に感謝を」

「それで家臣団の募集はすぐにでも?」

「いえ、一度我が領に赴き落ち着いた後にでもと」

「そうですか。では、シンクめに目ぼしい人物でもリストアップさせておきましょう」

「どうぞお任せください、騎士爵閣下」

「これは心強い」


 その後は、王都での最近流行している話などの世間話を交わす程度でお暇させてもらった。

 今夜は総督府に泊まっていくように勧められたが、宿を取っているからと丁重にお断りをした。


「宿をキャンセルしても良かったんじゃないですかぁ?」

「これから貧しい村に行くんだぞ? こんなところで贅沢に慣れたりしたくない」

「一日や二日で贅沢に慣れるなんてあるわけないじゃないですかぁ……。あ~あぁ、ごちそう食べたかったなぁ」

「宿で食事が出るだろ? 温かい飯が食えれば十分だ」


 アリスにそんな事を言いながらも、自分は周囲に気を配っていた。

 王都を出立する前、マイセン様から言われていた事が気になっていたからである。

 グラナダ地方の総督リッツハイム辺境伯は、王国宰相アルトレーネ侯爵の一門に属する家だ。そしてリッツハイム総督が就任した時、彼は周囲の土地を自分の門閥出身の領主で固めようとしたらしい。

 表向きの理由は、帝国軍が攻勢を仕掛けてきた時に連携を取りやすくするためというものだったが、裏の理由は誰の目にも明らかなものだった。

 グラナダ地方は鉱山から産出される鉱石だけでなく、山で切り出された木材、獣たちの毛皮、シェン川流域に広がる平野のおかげで農作物の収穫量も多い豊かな土地である。リッツハイム辺境伯とアルトレーネ侯爵がそれらの富を独占したいという思惑は明らかなものだった。

 彼らへの富の集中を嫌った対立派閥に属する貴族たちによってその思惑は断ち切られる事になったものの、未だ富の独占に対して未練を抱えている節がある。

 リッツハイム辺境伯門閥外の領主に対して、嫌がらせを仕掛けてくるかもしれない。

 さすがに総督府へ挨拶にいったその日の内に、総督のお膝元であるローリンゲンで何かを仕掛けてくるとは思えないけど、用心するに越したことはない。


「明日の出発も早いんだ。宿に戻ってさっさと飯食って寝てしまおうぜ」

「……明日からは山道かぁ。まさか歩きじゃないですよねぇ?」

「駅馬車が無ければ探さないとならないだろうな。道はさすがに馬車が通れる幅はあるとは思うんだけどなぁ。だけど、最悪徒歩もあるかもな」

「……隊長ぉ? 私は今ぁ、隊長ぉに付いてきたことぉ、少し後悔しちゃってますよぉ?」

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