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第二話

 プラットホームより高い位置にある客車の昇降口から、ひょいっと飛び降りる。それから両手に持っていた革製の大きな鞄を石畳の上に放り出すと、うーんっと思いっきり両手を天に突き上げて伸びをした。

 周囲を見回せば自分と同じく列車を降りた乗客たちが、思い思いに腰を伸ばしている姿が見受けられる。

 鉄道の始発、王都ディアールから終点メイナムの町まで、およそ三日。

 二日ほど途中で宿に宿泊したものの、一日のほとんどは列車の固い椅子に何時間も腰掛けていたのだ。

 思いっきり身体を伸ばしたい。

 誰もが考えることは一緒だなと思って、思わず苦笑が浮かんだ。

 今度は屈伸をしつつ、まだ蒸気がもくもくと噴き出している機関車の方を見ていると、


「ちょ、ちょっと待ってくださいってばぁ! 隊長ぉ!」


 客車から声を掛けられた。


「荷物が多くて重いんですからぁ、少しは持ってくれたってぇ」

「荷物が多くて重いのはお互い様だ。甘えんな!? アリス――ええっとウエッソン伍長」

「もう軍を除隊したんですから伍長じゃありません。アリスでいいですよぉ、隊長ぉ」

「それを言うなら、俺も隊長じゃないんだけどな」

「そうなんですけどぉ、何か隊長ぉはやっぱり隊長ぉって感じなんですよねぇ」


 とりあえず、アリスの後ろに降車の順番を待っている客たちがたくさんいたので、仕方なく降ろすのを手伝ってやることにした。

 アリスの持つ鞄は、自分のものより一回り以上も大きい。

 一体何を詰め込んでいるのだか。


「ああ、やっと腰が伸ばせますねぇ」


 降りてきたアリスもまたそう言って思いっきり伸びをする。すると、人並み以上に豊かな胸が強調されるように前に張り出されたので、思わず目を逸らした。


 このアリスという元伍長。女性にしては身長が高く、遺憾な事に世の男性の平均よりも些か――いや、本当に些かだよ? 身長の低い自分が少し顔を下に動かせば、容易に彼女の、十八歳という若さで張りのある立派過ぎる胸に目の照準が合ってしまうのだ。

 ディアールから列車に乗り合わせている間、真向かいに座るアリスの胸から目を逸らすために、どれだけ苦心したことか。


「まだ終わりじゃないぞ、アリス。ここからはおよそ二日の馬車の旅だ。それも山の中の街道らしい」

「うええ……また、座りっぱなしなんですかぁ? それもデコボコ道ぃ。私ぃ、お尻がもう痛くて痛くてぇ……」

「俺だって痛いさ。でも仕方ないだろう? これから行くレルシェって村は、さすがの大国ローレンシア神聖帝国にとっても辺境すぎて、鉄道なんて通してるはずもない場所なんだから」

「山の中なんですよねぇ……せめて食べ物が美味しいところだといいなぁ」

「それには同感。鉄道の食堂車って初めてだったから、少しは期待してたんだよ。ところが軍の飯と五十歩百歩ときたもんだ。何だよ、あのパスタ。茹ですぎてふにゃふにゃだったぞ。それにコーヒーまで不味いときてやがる」

「あれで銀貨二枚はちょっとボッタクリ過ぎですよねぇ……」


 それだけの金額を町の定食屋で払えば、ちょっとした贅沢な食事ができる。具体的に言えば、肉とサラダ付きの定食でビール付き。


「レルシェへ行く馬車を探す前に、どこか食堂でも探して昼飯にでもしようか」

「やったぁ! もちろん隊長のおごりですよねぇ?」

「何でだよ?」

「ええぇ? だって隊長は貴族だったんでしょうぅ? 私はお給料が少なかったんですぅ。外食は控えたいんですよぉ」

「俺だって少ないわ!」


 三等爵士の底辺貴族舐めんな?

 下手すりゃ、そこらの一般市民よりも年収が少ないんだぞ?

 騎士爵になったと言っても、領地は貰ったばかりでまだ無収入。自分だって外食は控えて節約したい。


「移動中の食費は経費として王宮が出してくれればいいのにぃ……」

「領収書はちゃんと貰ってるから後で請求してやる」

「あ、そうなんですかぁ?」

「落ちるかどうかはまた別だぞ。いま、うちの国は苦しいからな……」


 まだ、領主として何も収入が無いので、王宮から支度金と多少の援助を受けられることになっている。

 ただ、食費が認められたとしても出してもらえるのは、一食あたり銅貨五枚程度が現実的だろう。

 鉄道の食堂車で食べる銀貨二枚の食事なんて、絶対に出してはもらえない。

 切符を手配したのは王宮側の役人なのに、列車の中での食費までは考慮されていないのだ。

 お役所仕事め!


「じゃあさっさと食堂を探すぞ。暗くなるまでには途中の村で宿を探したいしな。こんな場所で野宿とか死んでもごめんだ」

「ちょっと前まで敵地だった所ですもんねぇ。リムディアの兵士だって知られたらぁ、闇討ちされたりしてぇ」

「実際、国境付近では敗残兵や民兵による反抗勢力もいるって聞くし、中には山賊に身を持ち崩した者もいるそうだ。ロクな装備もない中、野営はゴメンだね」

「俺はリムディア王国の魔法士アーティア・ヴァン・ウィンズベルだぁ! って吹聴して回ってみたらどうですぅ? あのバルト・アルデルトを退かせた魔法士だぞぉってぇ。そうしたらぁ、ローレンシアの連中は恐れをなして襲ってこないかもしれませんよぉ?」

「むしろ、俺を倒して名を上げようとか考える馬鹿な連中が、集まってくるかもしれないぞ?」


 それに神聖ローレンシア帝国の英雄で、世界的にも有名だとかいう魔法士バルト・アルデルトとは、自分の知らぬ間に戦っていたらしいのだが、俺が退けたというわけではない。

 自分が逃げ回っていただけなのだ。

 そこを間違ってはいけない。


「第一王都でその話は広まっているけれど、この辺りにはまだその話は広まっているとは限らないだろう。何をバカな事を言っているんだと鼻で笑われるよ。それに夜闇に紛れている敵は、人だけじゃないからな」


 これから向かう先は、リムディア王国と神聖ローレンシア帝国が国境を接していた場所だったため、一種の緩衝地帯となっていて、山々は原生林が茂っている。そうした場所にはゴブリンやオーク、オーガといった亜人種と呼ばれる者が勢力を築いている事も多いし、人を襲う肉食動物だって数多くいるのだ。


「つくづく大変な場所に行くんだなぁと思いましたぁ……」

「だったら付いてこなくても良かったのに」


 リムディア王国軍採用の五発装填式小銃を強く握りしめるアリスに深く頷いてみせる。


「人が大勢死ぬ前線よりはまだマシだと思ったんですよぉ」

「そうだな」


 半年前まで、自分もアリスも地獄のような戦場にいたのだ。

 敗戦濃厚な戦いだった。

 アリスと自分は別々の部隊に配属されていたのだが、敵襲を受けて応戦している間に、それぞれ所属する部隊が散り散りとなってしまい、たまたま戦場で合流して以後二人で行動をしていた。

 その時の階級は自分のほうが上だったので、それ以後アリスは自分を隊長と呼んでいる。

 あのクソッタレな戦いで壊滅的な被害を受けたリムディア王国軍は、今も再編成が遅々として進んでいない。論功行賞を終えてようやく戦後処理に一段落が付いたように世間には見せているが、内部はまだゴタゴタが続いている。 


 グラナダ会戦と名付けられたあの戦争。

 きっかけはリムディア王国の長年の仇敵である神聖ローレンシア帝国が、北方にあるソラン自由都市同盟と開戦。そこでリムディアの上層部は帝国の目が北へ向いている間に、ちゃっかり帝国南部を切り取ってしまえと考えたことから始まった。


 まあ、北と南で敵国を挟む事は、戦略として間違ってはいないと思う。

 ただ、問題は帝国の軍事力がリムディアが想定していた以上に強大だった事だ。そして何よりも、自由都市同盟への侵攻自体を罠としていた事だった。

 帝国は南北の国家を同時に相手にできるだけの軍事力を持っていたのである。

 意気揚々と帝国南部の国境へ押し寄せたリムディア軍を待っていたのは、手ぐすね引いて待ち構えていた帝国軍の別働隊。

 リムディア軍は本営を落とされるという、本来ならば大惨敗と言うべき甚大な被害を出してしまったのだが、帝国軍も本営攻略した後の追撃戦で大将が負傷。撤退を余儀なくされて、リムディアは満身創痍ながらもグラナダの地を手に入れることになった。

 

「そういえばぁ、あの時の女の子……アディちゃんでしたっけぇ? 無事にお家に帰ることができたのかなぁ?」

「さあ?」


 部隊とはぐれた自分とアリスが味方との合流を目指していると、アディと名乗る女の子と出会ったのだ。

 戦場でどうして子どもがと不思議に思ったのだが、帝国軍が迫り砲弾、魔法が飛び交う中に放っておくわけにもいかず保護することにした。

 その後味方と合流した際に、アディがお国の要人であった事が判明したのだが、戦場の慌ただしさで彼女が何者だったのか聞くことはできなかった。 

 ただ、どうやらその子を保護したことが大きな功績として認められて陞爵と勲章の授与をされたと考えると、余程高い身分のお方だったようなのだ。


「あの子のおかげで領地貰ったようなものだし、お礼状でも書いたほうがいいんだろうか?」

「でもぉ、アディって名前しかわからないんでしょぉ?」

「そうなんだよなぁ。論功行賞の時にでも、聞いておけば良かったな」

「私もその論功行賞ぉ? 出てみたかったなぁ」

「出席しても退屈なだけだぞ? 爺さんの話が延々と続くだけでさ」


 そう言うと鞄を持ち上げて、駅のプラットホームを後にしたのだった。


 

 ◇◆◇◆◇



 半年前に行われたグラナダ会戦の論功行賞は、リムディア王国王都ディアールの、王宮の謁見の間で行われた。


「宮廷魔法士アーティア・ウィンズベル三等爵士。グラナダ会戦の勝利。城塞都市ロ―リンゲンの攻略などにおける軍功第一位を認め、金一封と勲章を授与。爵位の三階位陞爵。新たに我が国の領土となったグラナダ地方にウィンズベル騎士爵領を新設し、領主に任命する」


 論功行賞の式典を取り仕切る典礼官の言葉に、居並ぶ王国貴族、そして軍の高官たちの間からどよめきが謁見の間全体へと広がっていく。

 国王陛下も臨席されているこの式典。

 本来であれば厳粛な態度で挑み、私語を慎まなければならないのだが、彼らが思わず声を出して驚いてしまうのもわかる。

 なぜなら陛下の前に跪き頭を垂れている自分自身、予めマイセン様から話を聞かされていたとは言え、まさか軍功第一位とまでに評価されていたとは思わなかった。

 驚きに思わず顔を上げて、陛下のご尊顔を直視してしまう無礼を働くところだった。


「オホン」

「つ、謹んで拝命いたします」


 典礼官の咳払いにはっと我に返って、慌てて打ち合わせた通りに返答する。

 それから恩賞の次第が書かれた目録を受け取ると、陛下に頭を垂れたまま視線を合わさぬように後退し、無作法にならない速度で軍属の魔法士団の後列にある自分の席へと戻った。


 二等爵士の三男坊から、領地持ちの貴族。騎士爵という諸侯への陞爵。

 確かに貰えないよりは嬉しいのだが、こうも大盤振る舞いをされると何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

 

「やあ、陞爵おめでとう。ウィンズベル騎士爵」


 論功行賞が終わるとすぐに宮廷魔法士団の団長、マイセン様がやって来た。


「ありがとうございます、マイセン様。まだ国王陛下や重臣の方々もいらっしゃるのに、こちらへ来られてよろしかったのですか?」

「なに、構わんよ。宮廷魔法士長は一応大臣と同格の職位だからな。誰も儂に文句を言うものはおらん。ましてや、この度の論功行賞では栄えある宮廷魔法士団の一員である君が、軍功第一位として褒美を頂いたのだ。それを祝うために席を動く程度、国王陛下もお目こぼししてくださる」


 宮廷魔法士長ウェルズ・ヴァン・マイセンはそう言うと、心底満足そうに立派な髭を撫でて笑った。


「何も知らぬ者たちの目には、君がまるで物語に出てくる主人公のような英雄に見えるだろう」


 戦争で華々しい戦果を上げての勲章授与、金一封、諸侯への列席。

 確かに、これらの恩賞を一身に受ける様子は、まるで物語の中に登場して立身出世していく英雄のように見えるかもしれない。


「君の事は貴族、平民の間でも大きく噂になっている。神聖ローレンシア帝国の宮廷魔法士長、帝国最強の魔法士。常勝不敗の英雄バルト・アルデルトを退けた君は、今や王都ディアールで知らぬ人がいない英雄だ。リムディアの上層部はその流れに乗って、君を本当の英雄として祭り上げてしまいたいのだ。厭戦気分の広がった民たちを士気高揚させるのに、英雄という劇薬はとてつもない効果を発揮させることが歴史的に証明されているからね」

「バルト・アル……なんですって?」

「バルト・アルデルトだ。知らないのかね? 帝国の有名な魔法士だぞ。君が後退していた時に戦って退けたと多くの者が目撃している」

「知りません」


 いつの間に、そんなのと戦ったんだろう。

 あの時は逃げるのに必死で、誰と戦っているのかなんて考えている余裕はなかった。

 そういえば、やけに強い魔法士がいた気もするが……まあ、二度と会うこともないだろうし、気にしないことにしよう。


「覚えが無いことで称賛されるのは落ち着きませんね。それにしても、私を英雄に祭り上げるだけなら、金一封と勲章の一つでも与えるだけで良かったのではないでしょうか? 国王陛下が強く望まれたとはいえ、末席の三等爵士たる私が、騎士爵として諸侯に列せられたのはどういった理由が?」

「単純に領主を任せられる人材がいなかったこともあるが……、一つに君が覚えも無いうちに退けたとされるバルトの事がある」


 マイセン様は口元に皮肉っぽい笑みを浮かべると、遠く前方に並んでいる貴族と軍の高官たちへ目を向けた。


「君が貰う事になったウィンズベル男爵領は、新たに我が国の領地となったグラナダ地方にある。そして君も知っている通り、そこには良質の鉄、銅、銀を産出する豊かな鉱山が幾つもある」

「その鉱山を背景にしてローリンゲン製の武具は一級品と評価されているんですね」

「そんな場所ゆえに、我が国にしたってローリンゲンが陥落するなぞ、本音の所で露にも考えていなかったのだ」


 ところが、帝国が北方に目を向けた隙に、あわよくばグラナダにある鉱山の一つでも得ようと進軍したリムディアは、ローリンゲンとグラナダ地方を丸々奪取するという思いもよらない戦果を得てしまった。

 奪い取ってしまった以上、リムディアとしてはその土地を統治する責任がある。


「とはいえ、ローリンゲンとグラナダ地方は帝国にとっても重要な地域だ。強大な軍事力を持つ帝国が、そんな重要な戦略地点を奪われたままで放置している筈もない。間違いなく態勢を整えて大規模な反撃が行われるはずだ」

「なるほど……。その攻勢は帝国の威信を掛けた、烈火の如き反撃になるに違いない事は普通に予想できますね。あ、なるほど。だから私に領地が与えられたという事ですか」


 つまり、将来確実に行われる帝国軍の領土奪還作戦の際に、リムディア上層部は確実に勝てるという自信を持っていない。グラナダを取り返される可能性を考えているのだ。

 貴族にとって領地を失うことはこの上ない恥だ。

 グラナダが豊かな土地だからと手を出した所で、すぐに帝国に奪い返されたりしたら、責任を追求されかねない。下手をすれば対立する派閥に付け込まれる可能性もあって、様子見をすることにしたのだろう。

 リムディアによるグラナダ統治の体制が盤石なものになったところで、手を出せばいいのだ。

 この度、自分も含めた何名かが諸侯として取り立てられたが、門閥貴族たちからすれば自分たち程度なら赤子の手をひねるより簡単に潰すことができる。

 自分の推察にマイセン様は頷いた。


「もちろん、せっかく帝国から奪い取った土地をみすみす奪い返されるつもりは彼らにだってない。グラナダ総督を務めるリッツハイム卿は、宰相アルトレーネ侯の派閥にある人物だ。グラナダ地方の統治が盤石なものとできたときは、様々な理由を付けて周りの諸侯を取り込んでしまえるようにしている」


 騎士爵は諸侯の中では最も下位にあたる。だがそれでも領地を持つ、れっきとした諸侯だ。

 国王陛下の名の下に、様々な権利が認められている。また、王宮へ参内し、国王陛下と見える事も許されている。

 例え小さな土地を治める騎士爵といえども、派閥争いに余念のない上級貴族たちにすれば、是が非でも自陣営に迎えたい。

 最もマイセン様がさっさと先手を打ち、自分を宮廷魔法士団へと入団をさせてしまったため、これで自分はマイセン様の派閥に入ったと見られることになる。


「君に関しては帝国への牽制も兼ねているな。バルトという魔法士は帝国では高名な人物だ。リムディア領とはしたものの、元々敵国だった土地。住民の中には、裏で帝国とつながりを持つ人物も数多くいる。彼らの口から君のことが帝国の上へと伝われば、彼らの警戒心を強めることもできるだろう」

「ただ、私の家は代々宮廷や地方の官僚として仕えてきた二等爵士です。領地経営など関わったことすらありません。そんな私が領地を経営することなんてできるのでしょうか?」

「心配しなくてもいい。まず君が最初に最低限しなくてはならないことは、領民から適正な税を取り王国へ納付する。納税に関しては、納税期に専門の官僚も派遣されるはずだから、彼らに教えを請うて上手くやってもらえば良い。それから領地の治安を守る事くらいのものだ。君にはまだ家臣がいないが、そのかわり帝国の英雄すらも退ける魔法がある。山賊程度であれば、物の数では無いだろう? 手に負えないような相手なら、総督府に援軍を要請すればいい」

「なるほど。それならどうにかできそうですね。ですがそう聞くと、本当にわたしはお飾りの領主っぽく聞こえますね」

「ちゃんと領地は貰えているのだ。そこだけはお飾りというわけじゃないな。それらの仕事をこなしつつ、領地をどう発展させるか施策を学べば良い。とにかく、君は帝国の常勝不敗の英雄。『魔王』とまで呼ばれるバルト・アルデルトを退けた魔法士として、大陸中に名が知れ渡る事になるだろう。君の名はローリンゲンに潜伏する反乱分子や、不満分子への抑止力にもなってくるはずだ」

「退けたというか……知らないうちに逃げまわっていただけのようなのですが」

「例えそうだとしても『魔王』とまで呼ばれた男を相手に逃げ切る事のできる魔法士なんて、そうそういるものじゃない」


 ちなみに『魔王』とは、主に魔法を極めたとされる魔法士に贈られる称号。

 別に彼らが自分たちで『魔王』と名乗るわけではない。 

 俗に魔法士は、一人で百人の兵士に匹敵すると言われているのだが、当然魔法士一人ひとりの力量には個人差がある。その中で、周囲がその圧倒的なまでの強さに触れ、誰もが認める最高峰の実力を持つ魔法士に『魔王』の称号が贈られるのだ。

 現在、『魔王』と呼ばれている魔法士は五人。

 その内の三人までもが神聖ローレンシア帝国に存在し、バルト・アルデルトはその中の一人ということらしい。


「兵士たちの間では、このリムディアに六番目の『魔王』が誕生したという噂まで囁かれているようだ」

「過大評価も良いところですね。私の運が良かった、それだけのことでしょう」

「人の噂とはそういうものだ。だけど、あの戦争に参加した多くの兵士たちに、君のことを『魔王』だと噂するに足る何かを、君が見せたのだけは間違いない。それが買い被りでも良い。誇張でも良い。真実を知る者は当事者たちだけで良い。重要なのは、あのバルト・アルデルトと引き分ける事のできる魔法士が、リムディアにも存在していたということだ。君が言うように、例え真実がバルト・アルデルトから逃げ回っていただけだとしても、結果としてリムディアがグラナダを切り取った事は事実。そして切り取った以上、グラナダはリムディアの恒久の領土とする必要がある。とはいえ、つい先日までは帝国領だった地帯。ローリンゲンの堅牢な市壁の外には、敗残兵や傭兵崩れが抵抗勢力を作ったり、盗賊団に身を落としたものもうろついている。恭順を誓った有力者の中には従順な振りをしつつ、心の中ではリムディアの支配を切り崩すべく、虎視眈々と機会を諜っている者もいるだろう。そんな場所へ赴く兵士たちが心の拠り所として、英雄を求めているのだ。それに儂はたとえ帝国軍が猛烈な攻勢を仕掛けてきても、君ならばそう簡単に負けたりしないと考えておる」

「マイセン様も、私を買いかぶり過ぎてはいませんか?」

「君が自分のことを過小評価しすぎているのだ。正直、儂がバルト・アルデルトと出会ったならば、即逃げだす。それに君に期待しているのは儂だけではないのだよ」

「はあ」


 後半はよく聞き取れなかったのだが、マイセン様は愉しそうに笑って前に向き直った。


「さて、もうすぐ君は軍に勤めて十年となるのだったな。満期除隊したら、すぐにでも王都を出発するのかね?」

「そのつもりではいます。騎士爵として土地を貰った以上、やっぱりどんな場所なのか気になりますから。それにいつまでも王都にいますと、貴族の方々から宴だの講演会だのに引っ張りだされて、煩わしい思いをしそうです」

「それはそうだろうな。きっと君を自分たちの派閥に引き込もうと、色々なアプローチを仕掛けてくる者もいるに違いない。まあ、かく言う儂もそうだし、そのために先手を打たせてもらったのだがね。しかし残念だな。儂も君を一度家に招待して、君の昇進祝いでもしようかと思っていたのだが……」

「マイセン様に招かれるならば、話は別です。王都を出立する前に、ぜひお伺いさせて頂きます」

「おお、そうしてくれるか。歓迎するぞ。もちろん招待客は身内だけの気楽なパーティーにしておく。ぜひ来てくれ。儂も本音を言えば一度、戦場での君の活躍を聞いてみたかったのだ」

「本職の講師と違い、決して上手い語り部とは言えませんが。ですが、美味い酒と料理を用意してくだされば、一晩中でも語ってみせましょう」

「ははは、楽しみにしているよ」



 ◇◆◇◆◇

 


 そして論功行賞が行われた日からおよそ半年の月日が流れ、貴族としての義務である軍役を終えて満期除隊することが出来たので、領地となった土地へ向かうことにしたのだ。

 その時なぜかアリスも軍を除隊し、自分に雇って欲しいと申し入れてきた。

 アリスは射撃が上手い。

 家臣団のいない自分にとって、その申し出は嬉しいものでアリスを雇ったのである。


「隊長ぉ、あそこの食堂なんてどうですかぁ? ランチタイムサービスでコーヒー付きぃ、銅貨六枚ならお得じゃありません?」

「混んでるけど、まあいいか」


 そう言えば、軍を除隊したのにまだアリスは隊長と呼んでるな。

 別にいいけど。

 文字通り胸を弾ませて前をゆくアリスの後に自分も続いたのだった。


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