第十三話
初めはペンの持ち方から。それから自分の名前を表す文字。そこから身近にある物の名前を書いて覚える。
領地の自衛力向上のために魔法を教えることにしたクレア、ケイン、ミーシャにおまけのアリスへ、重点的に文字を教えていたのだが、気がつくと村の子どもや若者たち、我が家に仕えるメイドたち、村の大人たちまで集まって勉強するようになっていた。
日が暮れて仕事が終わり夕食を終えた後に、村人たちは俺の城館へと集まってくる。
文字や算術よりもどうやら村の大人たちには、俺の話す各国の歴史や村の外へ広がる世界の話に興味を持ったようだった。
村の者たちのほとんどが、村から外へと出ることはまずない。もっとも遠出をしたところで、せいぜいがローリンゲン。
そんな村の人たちにとって俺が語るリムディアや、帝国の歴史。遠方の町や村、そしてそれぞれの文化といった話は、何よりも勝る娯楽だったようだ。
俺にしても、村の人たちが勉強に興味を示してくれるのはとてもありがたい。
村の人間やメイドたちの中には文字に明るい者もいて、まだ文字を読み書きできない者たちへの指導を手伝ってくれる。大人たちが積極的に勉強に励めば、子どもたちだって張り切るものだ。
すぐに村の者たち全員が、自分の名前を書けるようになった。
俺が授業を行っている場所は、城館の居間。
教師役の俺が前に立ち、最前列からアリス、クレア、ケイン、ミーシャの四人が座っている。その後ろに子ども、若者、メイドたちが適当に座って、壁際に大人たちが並んで話を聞いていた。
「さて、今日は皆さんが両手を挙げて歓迎してくれたかわかりませんが、新しい支配者となった我が騎士爵家の仕える国、リムディア王国について話したいと思います」
前置きをしてから俺は話し始める。
リムディア王国。王都はディアールで政体は王政だ。
王国は七つの区分に分けられていて、それぞれに総督府が設けられている。その総督の任には、帝国宰相アルトレーネ侯爵家やここグラナダ地方の総督となったリッツハイム辺境伯といった上級貴族が就く。そしれから国王を頂点に侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、准男爵、騎士爵、士爵、二等士爵、三等士爵と貴族は十階級にわけられている。ちなみに俺は騎士爵だ。
この中で諸侯と呼ばれる領地持ちの貴族が侯爵、辺境伯、伯爵、男爵、騎士爵で、残りの階位にある者は領地を持たない貴族となる。
「あれ? 子爵と准男爵は領地が無いの? 領主様よりも偉いんでしょ?」
「良い質問だミーシャ。ここがリムディアの貴族制で一番ややこしい点だからね。まず子爵位は、侯爵や伯爵などの上位貴族の子どもに与えられる、一代限りの爵位なんだ。だから子爵の子どもに子爵位は継承されず、士爵へと降格することになる。准男爵は、士爵以下の貴族が国に大きく貢献した際に与えられる名誉爵位だな。これも一代限りだけど、宮廷では騎士爵と並ぶ待遇を受ける。他にも准男爵の爵位は、外交に行く官僚へ箔をつけるために与えられる事もあるな」
「うああ……ややこしい。頭が破裂しそうだ……」
「どうせ貴族なんてあたしたちに縁の無さそうな人たちなんだから、覚えなくていいじゃない……」
双子が頭を抱えている。
「お前らは俺について町に出てもらう機会があるかもしれないからな。この程度の事は覚えておいてもらわなくちゃ困るんだ」
「うう……私も頭が痛いぃ……」
アリスは俺の側仕えとして常に控えているんだから、特に覚えておいてもらわないと困るんだよ!
仕方ないので、簡単にまとめたものを書いてみせることにした。
侯爵、辺境伯、伯爵の子どもは子爵となる。
子爵と男爵の子どもは士爵になる。
士爵以下の子どもは、それぞれ一階位降格した階位の貴族となる。
「ウィンズベル騎士爵家に子どもが二人できた場合、俺が当主でいる限り、その子どもたちは士爵として宮廷では扱われるんだ。そして俺が死ぬか当主を隠居したりした場合、跡継ぎに指名した子どもが騎士爵へ陞爵するんだよ」
「その制度って、どの国でも同じなの? ……たとえば、帝国とかも」
帝国と口にした時、ミーシャがちょっと言い淀んだのは俺が王国の貴族だからかな。
「貴族の制度は国によって結構違うこと多いからな。辺境伯が無い国だってあるし、リムディアでは公爵位は王以外の王族へと与えられる称号だけど、他国によっては王家の遠い縁戚や諸侯の最高位貴族としている所もある。それと帝国だけど……、帝国は帝国で少し政体が違うからな。帝国についてはまた今度詳しく話すよ」
こんな感じで授業は進められていく。
◇◆◇◆◇
夜は歴史や文化といった教養の講義中心だが、昼間は皆仕事をしているので主にクレア、ケイン、ミーシャへ魔法などの訓練に時間を当てていた。
そうは言ってもまだまだ全然基本からの練習だ。
今、三人が取り組んでいるのは、目に見える全ての物から一つだけ対象を絞り込み、そのマナだけを視る訓練である。
「うああ。地面が明るすぎて、全然見づらいよぉ……」
その辺りに転がっている小さな石をじっと見続けていたミーシャが、目元をグシグシ擦ってはため息をついている。
三人の魔法の練習場は城館の裏山の中にある。平坦な場所を見つけて、俺が草木を伐採して広場を作った。当然、広場の周囲は木々に囲まれているから、土と植物に相性の良いミーシャが視ると、辺り一面が輝いて見えて目が疲れそうだ。
「火……火かぁ……」
一方でケインは小さな焚き火の炎を睨みつけている。
ケインは後で火と相性が良い事がわかったのだ。
土、水、火、風の四系統魔法は根源魔法と呼ばれて、およそ九割の魔法士がこれら四系統のどれかと相性が良い。この四つに加えてケインにも何かまだ、別に相性の良いものがあるかもしれないが、火以外にはまだ見つかっていなかった。
本人は火だけでもいいとか言ってた。なんでもかっこいいから。確かに火の魔法は見た目も派手な上に破壊力あるから、カッコ良さと巷でも一番人気だ。
一方、俺の傍で木の棒を一本持ってウンウン唸っているクレア。
俺に言われた通りジーっと棒を凝視しているが、なかなか上手くいかないみたいだ。
クレアは今のところ、何を見ても強い輝きという物を見いだせないらしい。
双子に比べてその事が気になっているのか、焦って頑張りすぎないよう注意しよう。
「よし、そろそろ休憩しようか」
練習場へメイドがやって来るのに気づき、三人へ声を掛けた。
それぞれが疲れた表情を浮かべてこちらを見る。
「マナに集中すると腹が減ってくるだろ?」
「うん。なんか狩りで山に登ってる時と同じくらい腹が減ってくるや」
「魔法を使い出すともっと腹が減ってくるぞ」
メイドが持ってきてくれた弁当の包みを、空腹がきついのか腹を擦っているケインへ渡してやる。
「領主様に魔法を習うようになって、ごはんめちゃくちゃ食べるようになったんだけど。太ったりしないか心配だよ」
「その分、マナを使う事にエネルギーを消費しているからな。太る心配は無いから安心しろ。というか食べないと生命の危険だってあるからな」
「命の危険?」
ギョッとするケインに俺は頷いた。
「魔法は、身体を動かすわけじゃないから空腹を感じるだけで疲れを感じにくいんだ。でもその空腹を我慢し続けると、意識がぼーっとしてきて、身体が動かなくなったり手足が痺れたりする」
俺はケインの前で燃えている焚き火へ枯れ木を一本放り投げた。
「その焚き火だって薪を絶やすと火が小さくなって消えてしまうだろ? 魔法士も同じだ。いわゆる燃料切れってやつだな。そうなると休んだくらいじゃなかなか回復しなくなるし、放っておけば死ぬことにもなる。だから、魔法士はしっかり食べる必要があるんだ」
軍でも魔法士へ優先的に食糧が配給されるのもそうした理由があるからだ。魔法士が燃料切れでぶっ倒れてしまうと、敵軍への探索魔法が使えなくなる上に敵の魔法の妨害もできなくなる。
「特にクレア。お前は成長期な上にマナで体内のエネルギーを大量に消耗する。だから遠慮せずにしっかりと食べろ」
「で、でも私、お仕事ほとんどお姉さんたちがやってくれるから、今あまりお仕事していないし……」
「何を言ってるんだ? クレアはちゃんと仕事をしているだろう?」
「でも……」
「クレアも、それにケインとミーシャもだけど俺の命令で勉強しているんだからな。魔法の勉強が今のお前たちの仕事なんだ」
俺がくしゃくしゃとクレアの頭を撫でてやると、顔を赤くして不思議そうに見てきた。
「稲だって野菜だって、種を撒いて世話をしてやらなければ収穫できないだろう? 俺は今、お前たちという種を撒いて世話しているところなんだよ」
俺はそう言って笑うとおにぎりを一つ、クレアの弁当の包みへ入れてやった。




