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第十話

 ◇◆テベス◆◇



 レルシェ村で村人たちが話し合いの場を持つ時、村で雑貨屋を営む私の店で行われます。


「おおい、皆の衆! 大変じゃあ! 大変じゃあ!」


 その日、村外れに住む猟師のオロフという名の爺様が、大声で村人たちを呼び集めました。

 

「どうしたさね、オロフの爺様。猪罠に竜でも掛かったか?」

「冗談言うてる場合じゃねえさ! わしは見たんじゃあ。森の中、銃持った男さ、大勢集まってたんじゃあ。ありゃあ、きっと山賊か何かじゃあねぇかと……」

「山賊!?」


 そういえば聞いたことがあります。

 村で唯一商売をしている私は、おおよそ十日に一度の割合で町へと行きます。その時にグラナダ会戦で敗北したローレンシアの兵士や傭兵たちが山賊に身を落とし、周辺の町や村を荒らし回っているとか。


「奴ら、きっとこの村さへ来るぞ!」

「どうすればええんじゃあ……?」

「どうすればと言っても……村長様、どうする?」


 私がその事を話しますと、村の衆は一斉に青ざめて顔を見合わせます。

 

「テベス、荒らされた村はどうなっておる?」

 

 狼狽えざわめく村の衆の中で、ただ一人話に黙って耳を傾けていた村長が私に尋ねました。


「食糧や若い娘を差し出した村は命だけは助かりましたが……」

「逆らった村は?」

「皆殺しだと……」


 私が沈痛な面持ちでそう言いますと、皆が一斉に息を呑み押し黙ってしまいました。

 

「村長様。わしは、もう一つ見たんじゃあ」


 オロフの爺様がまた口を開きました。


「山賊どもの頭は、ありゃあ前のお代官様じゃったあ」

「お代官様!? お代官様と言うと、フィリップ様か?」

「間違いねぇ」


 フィリップ様はまだ、レルシェ村が神聖ローレンシア帝国の総督府の管理下にあった時に、皇帝の代官として徴税に訪れていた方です。

 皇帝の代官ですから私たちからしてみると、大変偉い方なのですが、どうして山賊なんてしているでしょう。

「本当にフィリップ様だったか? あの気位の高いお代官様が、山賊なんぞになって村を荒らし回っているだなんて、とても信じられん」

「わしが見間違うはずないじゃろ? 収穫祭終わってお代官様来たら冬が訪れるんじゃからな。あの顔、よーく知っておるわ」

「むむむ……確かに」 


 オロフの爺様の言葉に、村人のほとんどが頷きました。

 例年収穫祭を終えた後に、お代官様が今年度の作物の出来を確認する。そこから一年の納税額が決定されます。村の人間に取ってはせっかく苦労した作物を納めなければならず、とても会いたいと思える相手ではありません。ただ、納税額が決まってしまえば残された作物等は自由にできる。お代官様の顔を見る時は、村人たちにとって一年の肩の荷が降りる瞬間でもあるんですけどね。

 そう言われてみると、確かにそんな村の一年の終わりを告げるような重要な人物、その顔を見間違えるはずもありません。


「それでオロフ。どんくらいの数さ、いたんだ?」

「うっ……わしは両手の指の数までしか数えられんけど、少なくとも指使って数え切れんくらいはいたなぁ」

「ここに集ってる村の衆より多かったか? それとも少なかったか?」

「全然多かったさ」


 ここに集まってるのは村の主だった男たちで、大体三十人程度。村一つを襲って荒らす手口から、きっと五十人から百人程度の大集団なのでしょう。


「荷物まとめてさ、逃げたほうがええか?」

「逃げるったってさ、何処へじゃあ?」

「作物さ、家畜さ置いて逃げるのか?」

「どのみち全て差し出す羽目になるんじゃろ? だったら命さ取られんよう、はよ逃げたほうがええんじゃないか?」

「まあ、待て待て皆の衆」


 村長が皆を静めます。


「荒らす言うても、収穫前の村を襲っても実入りが少なかろう? となると当座の食糧に、若い娘、家畜、それからテベスのとこにある金あたりが危ないのぅ」

「そうですね、うちは確実に番襲われるでしょうね」


 稲穂の収穫にはあと十日程度は待たなければなりません。この時期に襲っても実入りが良いとはとても言えないでしょう。とはいえ、山の中を移動する山賊団。それも大人数で移動しているようですから、村長の言う通り当面の食糧が狙いなのかもしれません。


「だとしたら、抵抗さえしなければ命は助かるじゃろ。とりあえず食糧を差し出して、山賊の出方を待つしかなかろう。それと若い娘のいる家は隠しておくんじゃ」


 村長の決定に一同が頷きます。

 私も皆が帰ったら、お金を隠しておかないとなりません。


「村長様。領主様には知らせないでいいの?」


 手を上げてそう言ったのはケインです。


「領主様か……」


 村長が渋い顔をします。

 

「リムディアからちゃんとした領主様が来てるんだから、俺たちだけで村の方針決めちゃまずいんじゃないの?」

「だがケインよ、領主様に知らせてどうなる? 今の領主様の所に兵隊はおらんぞ?」

「そうさなぁ……」

「胸のでっかい姉ちゃんがいるだけだろ? 銃持ってたけど、一丁だけじゃどうにもならんさ」


 確かに領主様の城館にいるのは、領主様とアリスさん、そしてクレアの三人だけ。戦うことになれば、領主様の指揮の下、村の男たちがまとまって戦うことになるんでしょうか?

 領主様が前の戦いで大活躍をしたという噂は聞いていますが、百人近い山賊団と戦ってもとても勝てるとは思えません。

 まあ、アリスさんのおっぱいは立派な凶器だとは思いますけどね。


「いやでも、ローリンゲンにはリムディアの軍隊がいるんだろ? 領主様に言えば、軍隊が助けてくれるんじゃ?」

「馬鹿言うでねぇ! まだ襲われてもいないこんな辺鄙な村の訴えに応えてくれる軍隊が、何処にいると言うんだ」


 これだから世間を知らない若い者はと言いたい顔で、村長がそんな事を言いました。


「それにな、ケインよ。領主様はリムディアの人だ。むしろ村にリムディア人の領主様がおる方が、フィリップ様たちに要らん刺激を与えかねん」


 確かに。フィリップ様がどういった経緯で山賊の頭目にまで身を持ち崩したのかわかりませんが、前の戦いの結果が関係していることは間違いないでしょう。そして、今の境遇へ追い落とした対象であるリムディア人が、かつての自分の治めていた土地の領主だと知れば、良い気はしないでしょうね。


「そうじゃのぉ。領主様がお留守の時に来てくれたのは、運が良かったのかも知れねぇさ」

「そうさな」


 領主の騎士爵様はアリスさん、クレアと共にローリンゲンへ出掛けていて、村に不在なのです。


「どのみち領主様は村におらん。ローリンゲンに人をやっても、往復で三日は掛かる。いつ山賊団が来てもええように、娘を隠すなどの出来る限りの対策はしておくとしよう」


 村長の決定が下されました。というか、私たち村人が話し合った所で、これ以上の結論は出ないでしょう。話し合いが終わるとゾロゾロと店を出て行く村の人たちの間から、重いため息が聞こえてきました。

 私たちだけでは武装した山賊とは戦えません。収穫の終わっていない、先祖伝来の田畑も放って逃げる事もできない。弱い私たちは、強い者へ物を差し出して生きていくしかないのです。



  

 オロフの爺様が山賊団を目撃した翌日。ついにその山賊団がやって来ました。

 人数は少なくとも五十人以上。軍用の小銃だけでなく猟銃、剣や斧などの武器を持っている者たちもいます。

 村の衆が村の入口に集まると、山賊団の中から一際立派な服を身に着け、腰には装飾が施された拳銃を帯びた伊達男が前に出てきました。 

 元お代官様のフィリップ様です。


「メルビン! 村長のメルビンはいるか!」


 大声で名前を呼ばれて、村長が低姿勢で村の衆の一番前に出ました。


「これはこれは、フィリップ様。大変ご無沙汰をしております。ご健勝なようで何よりでございます」

「ふん、白々しい。貴様らも知らぬはずもあるまい。前の戦の顛末を」


 お追従を言う村長に、フィリップ様は思いっきり不機嫌そうな顔をしました。


「まあいい。今日はそんな事を言いに来たのではないのだ。この村の領主が今不在だということは調べがついている。そこで、領主が不在の間に貴様らへ問いただしたい事があって参った」

「へえ、何でございましょう?」

「貴様らは帝国人か? それともリムディア人か?」


 本音を言えば、私たち村の衆にとって支配している国が帝国だろうと、対して変わりません。最初、帝国が敗れたと聞いた時は、帝国人である私たちはどのような目に遭うのかビクビクしていました。ところが、戦後変わったことと言えば村が騎士爵領と呼ばれるようになっただけでした。

 考えてみれば当然かも知れません。

 村人たちを追い出してしまっては、リムディアに旨味が何も無くなってしまいます。彼らはこの辺りの土地から上がる富を享受したいのですから。

 町の方では多少、リムディア人に通りの良い一等地の場所を明け渡すなどの行為があったようですが、こんな田舎の村へやって来る物好きなリムディア人などいるはずないのですから。でも、その事をフィリップ様に正直に言うわけには参りません。


「も、もちろん、私どもは帝国人だと思っております、はい」


 顔に追従の笑いを浮かべつつ、村長はそう答えました。


「その言葉に偽りは無いな? では、貴様らには帝国への忠誠を行動で示してもらおう」

「行動とは……?」


 顔を見合わせる村の衆にフィリップ様は、丘の上の城館を差しました。

 

「この辺りの山は雪深い。これから冬を迎えるにあたって、我らが逗留するための拠点が必要だ。そこで、あそこに見える城館。あれを我らに差し出せ」

「……あ、あ、ですがフィリップ様。今あの城館には、リムディアから来た領主が住まわれております」

「それがどうかしたのか? その者はリムディア人なのだろう? そんな者が誇りある帝国人のお前たちの領主となっている。貴様らにも耐え難い恥辱ではないのか?」

「しかし、差し出せと言われましても……その、私どもにはどうすればよいのか……」


 恐る恐る問いかけた村長に、フィリップ様はニヤリと笑いました。


「何もお前たちに領主を殺せなどと言うておるのではない。領主が戻ってきた時に、我々に知らせてくれればよい。そして、領主が城館にいる時に我々が奇襲を掛ける。その際、貴様らは黙って我らを村の中を通せば良いのだ」

「そんな! そんなことさしたら、リムディアの軍隊が怒って村を滅ぼしに来ますじゃ!」

「ああ、そうじゃあ。フィリップ様、勘弁してくだされ……」


 村の衆の言う通り、領主様はリムディアの貴族です。その貴族が殺されるのを領民が見過ごしたとなれば、報復は免れません。

 しかしフィリップ様は、狼狽え口々に訴える村の衆に対して一喝しました。


「黙れ! 帝国人でありながらリムディア人に従うを良しとした貴様らを、大罪人としてただちに村を焼き払うこともできるのだぞ!」

「「ひぃ」」


 同時に村の衆へ、山賊どもが銃や矢を突きつけられました。

 

「しかしながら貴様らに、帝国への忠誠を見せる機会を与えてやろうというのだ。それに先程も言うたように、この辺り一帯は雪深い。冬の間、この村へ訪れる者は滅多となかろう。この村の領主が亡くなった所で、リムディア人どもは気づきはせん。春になって我らが去った後にでも、領主が病死したと総督府へ報せれば良い」


 そう言い放つと、フィリップ様が馬を翻します。それを合図にして、山賊団の男たちも一斉に身を翻しました。


「領主が戻ってきたら、黙って我らに差し出せ。村を大事と思うなら、何をすべきか……わかるな?」


 そして最後に一言、フィリップ様は言い置いて去って行きました。


「ど、どうするさ? 村長」

「領主様、差し出すしかねえ! おらたちが助かるには、それしかねえさよ」

「でも、フィリップ様の言う通りさ、リムディアが攻めてこないと言い切れるか? 貴族が死んだらさ、調査くらいするんじゃないか? それに……フィリップ様はこの村で冬を越すと言うたさ」

「ああ、それが?」

「その世話は誰がするのさ? 飯は? 水は? 湯を沸かす燃料は?」

「どうせ、わしらから何もかんも持ってくんだ……」


 その声に、皆が沈痛な面持ちで静まり返ってしまいます。


「村長。領主様に相談しよう」


 決意の込められたその声に、私も村の皆も顔を上げました。

 ケインです。


「俺は見たんだ。領主様は魔法士だ」

「魔法士……?」

「ああ、俺とミーシャも領主様が魔法を使うところを見てる。木がスッパーンとあっさり切り倒されてた。テベスさん。魔法士って確か、一人で百人の兵士に匹敵するって言われてるよね?」

「ええ、まあ、そういう風に言われていますね」


 ケインに問われて、私は慌てて答えました。

 確かに、戦闘用の魔法を習得している魔法士は、一般の兵士百人分に匹敵すると噂されています。銃の発達で昔よりも魔法の優位性は損なわれていますが、それでも瞬間的な破壊力、殺傷力では魔法の方がまだまだ上だと言います。

 村の衆に私がそう説明すると、村長は少し考え込みました。


「……考えたが、領主様をフィリップ様に差し出したとしても、わしらは厳しい冬の最中に食糧、水、燃料を差し出さねばならん。これはわしらに死ねと言うとるのと同じじゃ。それに、何とか冬を越せたとしても領主様が死んだとなれば、リムディアは死因を調査しに訪れるに違いない。そうなれば、どのみちわしらは破滅じゃ……」

 

 という事は。

 村長は強く一つ頷きました。


「わしは領主様に知らせようと思う」

「じゃあ……! 俺がすぐにローリンゲンに走って……」

「ダメだ、ケイン」


 すぐにでも村を飛び出そうとするケインを止めたのは、彼の父であるフーゴ。猟師として村一番の腕前を持つ彼は、村の自警団の団長でもあります。その彼は目つきを鋭くすると小声で皆に告げました。


「村の外から視線を感じる。見張りがいる。町に誰かが走ったら、追いかけて行って殺す気だろう」

「親父……本当か?」


 息子の問いに力強く頷くフーゴ。

 

「領主様が戻られた時、奴らに気取られぬように話をするしか無かろうな」

 

 村長が言います。


「しかし、わしらには教えることしかできん。わしには魔法士というものがどれくらい凄いのかわからんが、後は領主様でなんとかしてもらうしか無いな。逃げるにしても、戦うにしても……」


 その言葉に私も村の衆は肩を落としため息を吐くと、解散したのでした。

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