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「ということが、あったわけです」
「なるほど」
ソウマは、慣れ親しんだカフェのテラス席に座っていた。
向かいに座る少女に話しているのは、一連の顛末についてである。
異星文明が太陽系に来訪し、地球は存亡の危機に瀕していた。
それだけでも、信じがたい話である。
その上、ただ一人で、文明間の衝突を回避し、友好関係を結んだともなれば、正に荒唐無稽である。
だが、向かいの席に座る少女の表情の困惑の色はない。
望月未来は、ソウマが如何なる存在かを知っていた。
「たまには、私も連れて行って欲しいものですね」
未来は、言いながら涼やかに微笑む。
微笑んではいるが、そこには恨みがましさが滲んでいた。
のけ者にされた。
正に、そういう心境であった。
「話がこじれても困りますし――」
「隠しごとはよくないと思いますよ?」
苦く笑うソウマを、未来は涼しくたしなめる。
「とはいえ、学園の生徒が矢面に立たされるような状況は避けられました。
それは評価しなければなりませんね」
「ええ、最悪の状況は避けられました」
最悪の状況とは、つまり全面戦争に他ならない。
地球人類の科学技術は、帝国のそれに遠く及ばない。
だが、それは戦う術がないことを意味しない。
「それで帝国は太陽系に留まるということでよろしいのでしょうか?」
「それが一時的なものになるのか、恒久的なものになるかはわかりませんが、
暫くの間、帝都はこの辺りに留め置くという話です」
「そうですか、これからが大変そうですね」
「ひとまず講和条約は結ばれはしました。
しかし、それはあくまで大枠で、今後、様々な協議を重ねていく必要があります。
近づけば近づくほどに摩擦は大きくなるものです。
新たな課題が生まれることもあるでしょう」
「その混沌の舞台となるのは、言うまでもなく、この学園ということになるのでしょうね」
「ええ、そうですね。
帝国の方々を招き入れる文明間交流の窓口として、適当な場所が考えつきません。
生徒には、迷惑な話かもしれませんが」
「そんなことはありません。
異星文明の来訪を歓迎しない者がこの学園にいるでしょうか?
そもそも、当事者であるべき、地球人類が、いつまでも蚊帳の外に追いやられているというのは問題です」
「派閥抗争の新たな火種にならないと良いのですが」
「それは避けられないことでしょう。
しかし、逆に、新たな均衡をもたらすかもしれません」
「そう期待したいところですね。
とはいえ、まだ先の話です」
「耳の良い方々がいらっしゃいますので、警戒は十分にとだけ」
「そうですね。
全く困ったものです。
この学園では、私も普通の人間であるということを、良くも悪くも自覚させられます」
ため息をつくように話すソウマの様子を、未来はくすりと笑った。
「お話中のところ、失礼致します。珈琲のおかわりをお持ちしました」
「ありがとうございます」
ウェイトレスに応え、ソウマは身体を動かす。
その時、ふと、肘がゴブレットに触れた。
グラスは倒れ、水はこぼれる。
そうなる筈であった。
だが、そうはならなかった。
グラスは空中で静止していた。
「これは失礼を」
ソウマは、傾いたまま固定されたグラスをすかさず直した。
ウェイトレスは、カップに珈琲を注ぐと、小さく会釈しテーブルを離れた。
「帝国の方々には、まだ何も話していないのですよね?」
「それとなく、匂わせてはおきましたが、想像してもいないでしょう」
ソウマは、困ったように、短く答えた。
「怒られますよ」
「ええ、気が滅入ります。
とにかく、全ては、これからということです」
「でも、きっと、わかってくれる筈です。
私には、素晴らしい未来が視えていますから」
未来の微笑みに、ソウマは天を仰いだ。
蒼穹を、そして、宇宙を。
その先にある。
無限の物語を、夢視て。




