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アイリスの瞼が一瞬揺れ、そして、ゆっくりと放たれる。
目醒めと共に、闇の中にあった世界が光を帯びる。
視界に映された姿に、アイリスはそっと微笑み、確かめるように手を伸ばした。
疑うことは何もない。
信じていいことを、赦されることを、寄り添っていいことを、それは既に証明している。
「私が生きているということは、私は負けたのだな」
「ええ」
「そうか、困ったものだな」
アイリスの言葉は甘い。
朝の微睡みの中で揺蕩うような、そんな快い感覚に包まれていた。
「考えなければならぬことは多い。
だが、今は、ただ、こうしていたい。
構わぬか?」
「はい、仰せのままに」
ソウマは、アイリスを抱いたまま頷き、ゆっくりと歩を進める。
「卿の責任だ。
全て、余の思い通りになる筈であったのに」
「言いがかりも酷いですし、
全てを私に押しつけるつもりだったことも酷いですね」
「余とて、葛藤がなかったわけではない。
だが、選んだことに後悔はない。
帝国が未来へと踏み出すための、最初で最後の機会だった」
「まだ、終わってはいません。
貴方が導けばいい。
及ばずながら、手助けはしますよ」
「卿と共に、帝国を導くか。
考えてもみなかったことだ。
それは、この上もなく素晴らしい日々だったのだろうな。
だが、そうはならぬのだ」
「代々の皇帝を蝕んでいた宿痾は既にありません。
既に、その身体は解き放たれている」
「そうか、そうであっても、既に、余は、信を失っている。
皇帝たる資格は」
ソウマは、謁見の間を抜け、テラスへと歩く。
陽光の眩しさに、アイリスは微かに瞼を瞑る。
「さて、そうでもないようですよ」
「これは」
皇宮の周囲には、人々の姿があった。
暴れることもなく、声を荒げることもなく、ただ整然と集い、祈るように仰いでいた。
「世論に介入して工作を行う必要もありませんでした。
情報を精査し、自身で判断し、そして、ここに来た。
踊らされたわけではない」
アイリスは、その光景に言葉を失うしかなかった、
「帝国の在り方の全てが正しかったわけではないのでしょう。
帝国を導いてきた者たちの全てが正しかったわけではないのでしょう。
それでも、皆、アイリスを信じている」
「全く、なんという、ことだ」
アイリスは、声を震わせ、身体を竦める。
一筋の涙が頬を伝い、そして、あふれた。
こらえられない。
ぽろぽろと、宝石のような涙がこぼれ、胸を濡らす。
アイリスは、声もなく泣いた。
幼い少女のように、つくろうことなく、ただ、感情のままに泣いた。




