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「報告:侵入。体内循環を確認。
胚に干渉します。成功。
励起を抑制します。成功。
逆行走査。成功。
定義式を解体します。成功。
最適化の実行を開始。
生命兆候。安定」
ソウマは、口の中の痛みを感じながら、ソラの言葉に耳を澄ませる。
「報告:準備が完了しました。異物の除去を行って下さい」
言葉に応じ、ソウマは、アイリスの胸を貫く。
「異物の除去を確認。
喪失した機能を確認。複製補完します。成功。
生命兆候。安定。
最適化の実行を終了。
自己診断を代理実行」
高速で詠唱される感情のない言葉。
やがて、それらも失われ、数瞬の静寂が訪れる。
現実か、虚構か。
意識の深層に触れ、ソラは一瞬の夢を視る。
それは、皇帝に継がれてきた彼方の記憶。
それは、美しい青の惑星が、赤く砕けていく滅びの記憶。
何故、宇宙を漂流し続ける流浪の民が生まれたのか?
逃れ続ける。
それが帝国の解であった。
ソラは、理解しえない。
ただ、その光景を記録した。
「報告:施術完了しました。もう離れても問題ありません」
そして、遂に紡がれたソラの言葉は、わずかに感情の色を窺わせた。
ソウマは、その儚い横顔を静かに覗く。
微かな呼吸の音。
静かに揺れる胸。
少女が生きている証明を確かめ、そして、優しくため息をついた。
「もう出てきても問題ないか?」
「ええ、どうにかできたようです」
ソウマがやれやれと応えると、身を隠していたクノスが柱の影から、そっと出てきた。
「状況がわかりません」
クノスに続くように、ティアスが姿を現し、困惑をにじませる。
「既に自壊しています。もう襲ってくることはありません。やがて気化して消えるでしょう」
まだ一面に広がる銀の血を前に、足を竦めるクノスとティアスを安心させるように、ソウマは示す。
「一体何が起きていたんだ?」
「私の血は、純粋なものではなく、微小機械が交じっています。
それが運動、再生、循環をはじめとする身体機能を補強しています。
アイリスが行使していたものもまた、同系統の技術です。
しかしながら、その制御は不完全で限定的なものでした。
それが、アイリスが意識を奪われたことで、想定外の覚醒へと至ってしまった」
「陛下の御身に、そのような秘密があろうとはな。
既に、終わりを受け入れているようではあったが」
クノスは、ため息をつく。
アイリスの企みを、クノスは半ば察していた。
その上で、ソウマであれば、打破できると踏んでいた。
事実、そうなった。
だが、眼前で繰り広げられた光景は想定外であった。
「意識を奪われたというのは?」
ティアスは、ソウマの腕の中で眠るアイリスを案じながら、確かめる。
「言葉の通りです。
皇帝という存在を創り出した者たちは、備えとして安全装置を組み込んでいたようです」
「卑劣なことを」
ティアスは、そのような勢力が帝国の中に存在していることを信じたくはない。
それでも、事実を受け入れるしかなかった。
「陛下はご無事なのですか?」
「身体的な問題に対する措置としては、私の血を経口摂取させ、それを触媒に胚の制御を最適化しました。
胚が生命を脅かすことはなくなった筈です。
精神的な問題に対する措置としては、意識を支配していた装置を除去しました。
ですので、そののうち、意識が戻るでしょう」
「感謝の言葉もありません」
ティアスは、胸を撫で下ろし、ソウマに告げた。
「私は、私が信じたことをしている。それだけです。
地球だけでも、持て余しているくらいです。
これ以上、責務が嵩むのは、望むところではありませんから」
アイリスが告げようとした言葉。
それを思い返し、ソウマは苦く笑った。




