表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けのソラの契承者 悠久漂流帝国  作者: やたか なつき
四章「継承者」
89/94

35

 ここに至った時点で、既に勝敗は決していた。

アイリスの勝利は揺らがない。

故に、アイリスは死力を尽くす。

 拮抗が続いていた。

だが、互角ではない。

打ち合いを重ねる毎に、アイリスの攻撃は鋭さを増していく。

磨かれ、研がれ、澄んでいく。

高みへと昇華していく。

「愉しいぞ」

「私もです」

 交錯する刃。

無限にも感じられる時間の中で、繰り返される一瞬の攻防。

 アイリスが戦いの中で成長していく一方で、ソウマの在り方は変わらない。

それは武芸において、ソウマが遥か高みにあることの証明に他ならなかった。

師が技を伝え導くかの如く、言葉の通り、ソウマはアイリスに手を合わせていた。

「どうやら、ここまでのようだ」

 アイリスは後ろに跳び、距離をつくると、構えを解いた。

それから、ため息をつくように呟いた。

その言葉は戦術ではない。

事実、アイリスは限界だった。

技が新たな境地へと至る一方で、儀仗を握る腕からは力が失われていった。

意思に身体がついてこない。

「時と場所を変えて、また手合わせをしましょう」

「これは戯れに過ぎぬ。

故に、全て忘れると?

卿の口からは、悉く甘い言葉が紡がれる。

そうしたいが、そうはならぬ。運命がそれを許さぬのだ」

「運命?」

「卿に勝てぬことも、卿が余を殺さぬことも解っておった。

ならばどうする?」

 アイリスは、愉しそうに首を傾げ、睥睨する。

状況を支配する者として、高らかに謳う。

「愚かなことです」

 ソウマは、アイリスが死を選ぼうとしていることを悟り、容赦なく言葉を放った。

「そも選択の余地はない。

余の身体は、既に限界だ。

自刃せずとも、命脈はすぐに尽き果てるだろう。

これは因果だ。

御し得ぬ力を、身に宿せば、そうもなる。

代々の皇帝が短命であるのは、この呪いのおかげよ」

 アイリスは、確かめるように胸に手を置く。

苦しみに喘ぐように、心臓は乱れた鼓動を刻んでいた。

「あなたが死んでどうなるというのですか?」

「そういえば、まだ話していなかったな」

 アイリスは、クノスに視線をやり、やれやれとため息をつき、そして、言葉を接いだ。

「例えば、帝国は地球を滅ぼそうとしていた。

考えていたわけではない。

現に実行しようとしていた」

 ソウマの表情がにわかに曇る。

アイリスは構わず続ける。

「卿が鎮圧した反乱の話ではない。

それよりも以前のことだ。

指導者らが協議した上で、帝国は国家として、それを決めた。

言うまでもなく、余も、それを知っていた」

 儀仗を握る手が知らず、力を帯びる。

アイリスは賛同してはいない。

だが、口にはしない。

異を唱えていなければ同罪である。

言い繕う資格などない。

「卿が、クノスと出会ったこと、それこそが証左だ。

審判官とは、惑星文明を滅ぼすことを決裁し、その責を一身に負う呪われた官位よ。

国家の穢れを、一人の臣民に転嫁することなど、論理も倫理も破綻している。

道を違えている。

だが、誰も、正そうとはしなかった。

誰も、抗おうとはしなかった。

クノスを除いてはな」

 アイリスは、慈しむように誇るように、クノスを語る。

なすべきをなさなかった自身を蔑むように。

「クノスは敢えて、審判官になることを望み、それをして地球へと降りた。

帝国を糾し、正すために、何かを探そうとした。

運命を変えるために、彼方の惑星へ一人身を投じた。

だから、現在がある。

クノスにとって、卿との出会いが、どれだけ救いであったか、想像できまい」

「帝国は、踏み留まったのでしょう?」

「それは結果論だ。

地球には卿がいた。

我らを止める力を持つ存在がいた。

だが、そうでなければ、地球人類文明は滅びていた。

帝国によって、滅ぼされていたのだ」

 そうなる筈であった。

あり得た世界にアイリスは思いを馳せる。

「想像せよ。

夜明けと共に、或いは、夜の帳と共に、前触れもなく訪れる滅び。

空は赤く染まり、大地は裂け、星は砕ける。

紡がれてきた歴史が、愛してきた人々が、灼かれていく。

そんな、世界の終わりを」

 アイリスが語るのは、全くの幻ではなく、また、不自然な話でもない。

地球上においても、文明は文明によって、滅ぼされてきた。

「赦せるか? 余は赦せぬ。

宇宙を彷徨いながら、星々を滅ぼしていく呪われた存在。

それが我が帝国だ。

帝国は、怖れ続け、狂気に苛まれ、忌むべき事象へと成り代わった」

 アイリスは、そして、宣言する。

「故に、帝国は終わらなければならぬ。

全ては帝国が新生するため。

皇帝たる余が全ての罪を背負い逝くことで、それは成就する」

「貴方は賢君として、臣民に慕われていると聞き及んでいます。

そんな貴方を手に掛けた者を帝国の臣民は許すのでしょうか?」

「既に、代々の皇帝が隠匿してきた帝国の罪は、放流され拡散を続けている。

この期に及んで、余の権威を信じ続ける者はおらぬだろう」

「そうであっても」

「余とて、遊びではない。

全てを賭し、全てに備え、この一戦に臨んでおる」

 否定を遮るように、或いは、なだめるように、アイリスは言葉を接ぐ。

「武闘派のガルギードは、卿を高く評価している。

皇帝派の長たるアインズマルガは、余の信奉者ではあるが、それでも娘であるティアスを殺そうとすれば考えも変わるだろう。

中庸派は、既になく。

伝統派は、銀の血を持つお前を否定できない。

そして、臣民は、卿の力を知っている」

 心残りはない。

アイリスには、確信があった。

「帝国の罪は、余の死をもっても償いきれるものではない。

それでも、どうか、帝国を――」

 アイリスは、告げようとした。

全ては、成就する。

その筈であった。

だが、それは成されない。

「――なんだ、これは!?」

 衝動が、衝撃が、少女を揺さぶる。

アイリスは、額を抑え、身体を悶えさせる。

 儚い願いを砕くもの。

それは折り重ねられた呪いであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ