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「ぐっ!」
即座に痛覚の一部が遮断される。
流出した血液内の微小機械が凝固し、欠損した機能を補完。
身体の健全性を維持する。
深い切創。
普通の地球人類であれば、行動に支障を来す。
だが、ソウマは、そうではない。
この程度の損傷であれば問題ならない。
交錯の瞬間、ソウマが気遣ったのは自身の身体ではない。
敢えて攻撃を受けることで、放った一撃の威力を殺そうとまで試みた。
だが、それでも、止めきれなかった。
槍は振り抜かれ、アイリスの身体を裂いた。
致命傷ではないだろう。
だが、浅くはない。
確かな、手応えがあった。
「どうした、表情が硬いぞ?
安心しろ。この程度では死ねぬよ」
アイリスは、平然と告げた。
その構えに、その立ち姿に、揺らぎはない。
だが、真にソウマを驚かせたのは、その異様ではない。
アイリスの脇腹から滲む銀色の血であった。
「帝国の民の血は、地球人類と同じく赤い。
だが、皇帝のそれは、唯一異なる」
アイリスは、悠然と言葉を接ぐ。
「宇宙を漂流し続ける中で、帝国が生きた文明と出会うことはなかった。
だが、文明の痕跡や遺産を発見することはあった。
これは、そういうことだ」
「想定外のことは起こるものですね」
ソウマは平静を装い、穏やかに答えた。
だが、仮面の下に隠した表情は険しい。
「代々の皇帝は、帝国を負う者の責務として、この過ぎた力を継いできた。
知る者は多くはないがな」
ティアスは、アイリスの言葉に驚きを隠せない。
語られたのは、皇帝に近い立場にある親衛隊でさえ知り得ない帝国の秘であった。
「地球での戦闘映像を観て、すぐに確信した。
卿と余は、その身に同じ血を宿しているとな。
そして、その力を完全に御し得ていることも解った。
正に、運命だ」
「わかりませんね。
それが戦うための言い訳になるのですか?」
ソウマは、やれやれと言葉を返した。
「余は論理的だ。
少なくとも、そのつもりではいる。
理解はされないかもしれないがな。
なに、すぐにわかることだ
それに、止めることもできぬ」
アイリスは、口元を歪め、嘲る。
胸元を抑え。
その身を呪う。
「さて、退屈な話はここまでだ。
今は、ただ純粋に刃を交える時よ」
アイリスは、ゆらりと儀仗を構える。
「手心は不要だと、解ったであろう?
さぁ、相対し、仕合おうぞ。
でなければ、守るべき者も守れぬぞ。
さぁ、打ち祓ってみせよ」
アイリスは、挑発するように、わざとらしく臣下を一瞥する。
胸の疼きを抑え、そして、ソウマを見据えた。




