33
問いかけられる状況ではなかった。
「くっ!?」
アイリスの攻撃は熾烈を極めた。
振りかざされる儀仗の速度は、常人のそれではない。
その威風を纏った立ち姿に、車椅子に座っていた少女の面影はない。
「皇帝は飾り物ではない。
余こそ帝国が誇る最大の抑止力。
決戦存在としてつくられた兵器よ」
皇帝は睥睨し、昂然と告げる。
真白いドレスを纏い、燦爛と輝く儀仗を携える姿は、神々しくさえもある。
「怯え続ける者共が、縋る先を求めた結果でしかないと蔑んでいた。
だが、ここに至っては、全く無意味と笑えなくなった。
時に、個の力が求められることもあるということか。わからんものだな」
ソウマは、手首を強く噛み、身体の中に封印していた武装を漏出させる。
深紅から白銀へ。
滴り落ちる雫の色相が本来のものへと還る。
血液の中に混ざり擬態していた流体金属が顕になっていく。
ソウマが腕を軽く振ると、既に掌には一条の武器が形を成していた。
「地球で機動装甲を穿った槍か。
なるほど、そのようなこともできるのか。
素晴らしいな」
アイリスは、言いながら跳びかかる。
スカートを翻し、儀仗を振りぬく。
ソウマは引かず、踏み込んで受ける。
儀仗と銀槍が交錯し、光が散る。
「ようやく、その気になったか。嬉しいぞ」
「このままでは、話になりませんからね」
「では、なんとする?」
「そうですね。組み伏せた上で、話をしてもらいましょうか」
「魅力的な提案ではないか。
だが、そうやすやすとは叶わぬぞ」
アイリスは、儀仗を握る手に力を入れた。
ソウマの身体の性能は地球人類のそれではない。
汎人類種として規定されうる生物が相手であれば、圧倒できる筈である。
だが、そうはなっていない。
鍔迫り合いは、拮抗していた。
ソウマは、手を抜いてはいない。
ただ、アイリスの膂力は、ソウマの力に迫るものだった。
「車椅子は必要なかったのではないでしょうか?」
「そうか? 体調はすこぶる最悪だぞ? 今にも、倒れてしまいそうだ」
訝しんでみせるソウマに、アイリスは悪戯っぽく微笑んでみせる。
ソウマは、ふと腕の力を緩め、アイリスの姿勢を崩しにかかる。
だが、崩れない。
アイリスは、合せるように腕を引き、ソウマの首元を狙う。
ソウマは、躱しながら、アイリスの手首を払わんとする。
一つ、二つ、三つ。
一瞬、刹那の攻防。
白い軌跡が衝突し、華を散らす。
軽やかな足捌き。
互いの視線を重ねながら、二人は踊る。
手が触れ合うことはない。
刃の結界が許さない。
ソウマは、距離を取り、仕切りなおそうと、重心を意識する。
だが、アイリスは、それを読んでいた。
ソウマの判断を咎めるように踏み込み、追い込む。
流れるように、儀仗が振り放たれる。
その鋭さに、ソウマは咄嗟に反応してしまった。
心の中で叫ぶが、止まらない。
互いの刃が、互いの身体を貫き、銀の血が舞った。




