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巨大な水晶の如きを頂きに精緻な装飾が施された絢爛たる儀仗。
その先端には、光の刃が形成されていた。
アイリスは、余りに自然に立ち上がり、そして、余りに鋭く凶刃を振るった。
そんなことをすると、そんなことができると、誰が想起し得ただろうか?
凶行、或いは、狂行であった。
ソウマとて、予期していない。
完全に不意をつかれていた。
自身が標的であれば、対応できていたかもしれない。
だが、そうではなかった。
それ故に、盾になることしかできなかった。
アイリスは、ティアスを狙った。
ソウマは身体を投げ、ティアスは救われた。
それは、アイリスが描いた通りの展開だった。
刃は深く切り裂き。
赤い血が舞う。
身体は力なく崩れる。
「そんな、どうして?」
儀仗を携え睥睨する主君。
庇い倒れ伏した侵略者。
ティアスは、呆然と視線をやり、二人を対比する。
状況が理解できない。
「帝国の臣民でありながら、他国に様々な情報を渡していた。
これは背信に他ならない」
クノスが、呆れるように告げた。
「そんな!」
ティアスは我に返り、小さく、だが、強く声をあげる。
「ということで、よろしいですか?」
クノスは、ティアスと対峙しているわけではない。
その視線の先には、アイリスがいた。
「そうさな。理由など、どうとでもなるが。
そういうことにしておこうか?
何れにせよだ。
卿らに求めたのは、枷となることよ」
「枷? 何故、こんなことを?」
「言うまでもなかろ?
帝国の皇帝らしくあるためよ」
アイリスは、口元を歪め、嘲笑う。
誰あろう、自身を蔑む。
「さて、眠ったままで良いのか?
次は、外さず、首を刎ねるぞ」
言いながら、アイリスは、視線をソウマからティアスへと向ける。
ティアスは、竦んで動けない。
小柄な少女の姿は、死神にしか視えない。
「困りましたね」
声と共に、ソウマは、ゆらりと重力に抗うような、なめらかで不自然に立ち上がった。
傷痕はふさがり、出血は止まっている。
「やはり、死んではくれぬか。
わかってはいたことではあるがな。
生命を冒涜する、その在り様。
誠に不快なこと、この上ない」
アイリスは、言葉を接ぐ。
呪うように吐き捨てる。
「気持ち悪い」
それは心からの言葉だった。
ソウマは、何も返さない。
ただ、ティアスに下がるように促し、振り払うように、アイリスと対峙する。
「さて、先にも言ったが、
余の狙いは、そこにある叛逆者共よ。
抗うがいい」




