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「機体の制御に気をつけて下さい」
「ええ、これは中々」
ティアスの言葉に、苦く笑いながら、ソウマは赫狼の軌道を調整する。
「ぶつけるなよ」
先へ先へと導かれるように、二機の機動装甲は連なり軌跡を残しながら、帝都の空と宇宙を繋ぐ外殻通路を進んでいく。
それほど狭いというわけでもないが、それなりの速度で飛んでいる。
気を緩めることはできない。
「あれが最後だ。帝都の空に抜けるぞ」
声に応じるように、前方の隔壁が揺れ、上下左右に開閉をはじめる。
一瞬、視界が光に眩むが、すぐに順応し、燦々と色彩を帯びていく。
灰色の世界から、緑の世界へ。
二機の機動装甲は、複数の隔壁を抜け、ついに帝都の大気に包まれた。
「どうにか一段落ですね」
「そうだな。ここまでくれば襲撃を警戒する必要もない。
帝都の中で戦うなど、帝国への反逆に他ならないからな」
「本来は機動装甲で侵入している時点で問題ですが、それは忘れるべきですね」
ティアスのため息を聞きながら、ソウマとクノスは周囲を警戒するが、やはり、それらしい影はない。
人工的に再現された蒼穹は、美しく凪いでいた。
そも、先の襲撃から抵抗はなく、戦闘は発生していない。
「諦めてくれていると嬉しいですがね」
「楽観的ではあるが、既に機会を逸しているのは事実だ。
それでも我らに手を出すとなれば、機動装甲を降りた後に、白兵戦の機会を窺うことになるが」
「世論も襲撃者を批判する声が大勢のようです。
皇帝陛下は既に地球の代表を迎え入れ会談に臨むという声明を出しています。
それを無視して、更なる強攻策に訴えれば、疑うべくもない反逆の徒として、旗を掲げることになります」
「そこまでの覚悟はないと考えたいところだが、どうかな?」
「まさか、ありえません」
ティアスは否定する。
だが、言葉には不安が滲んでいた。
「一連の企てを主導している者に心当たりはあるか?」
「伝統派と考えるのが自然です。ですが、違和感が拭えません」
「そうだな。伝統派には、現実主義者も多い。
先の襲撃は、余りに感情的で、稚拙な印象を受ける」
「帝国の内部で何かが起きているということでしょうか?」
「或いは、起きていたことが、表面化したということなのかもしれない」
天狼弓と赫狼は、高度を下げながら、帝都内陸に存在する巨大な湖へと近づいていく。
湖面から湖畔にかけて鎮座する白く巨大な人工物の輪郭が確かなものへと変わっていく。
「下に観えるのは――」
「皇宮だ。陛下もそこでお待ちだ」
皇宮は、その名の通り、皇帝が居住する御殿である。
「空から近づいていいのでしょうか?」
「いいわけがないでしょう?」
ソウマのとぼけた言葉をティアスが冷然と突き放す。
どことなく、顔色もよくない。
「異例も異例だ。
中々の不敬だが、陛下がそうしろと言うのだから仕方ない。
襲撃者への牽制にもなる」
「なるほど、ご厚意に感謝をしなければなりませんね」
「そうだな。だが」
ふと、クノスは言い淀んだ。
「なんでしょうか?」
「いや、なんでもない。すぐに解ることだ」
二機の機動装甲は、速度を緩めながら、高度を落としていく。
皇宮に近づくに連れて、その巨大さと優美さが明らかになっていく。
対照と非対称が折り重なる白い多層構造。
それは帝国の文化的な成熟を高らかに謳うように悠然としてあった。




