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夜明けのソラの契承者 悠久漂流帝国  作者: やたか なつき
四章「継承者」
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28

「帝国を統治し続けてきた卿らの手腕を評価していないわけではない。

余とて、徒らに乱を起こそうなどとは考えておらぬ。

平時であれば、捨て置く。

だが、今はそうではない。

帝国は脅威を前に選択を迫られている」

「であればこそ、一丸となり、外敵に立ち向かうべきではないでしょうか?」

「立ち向かう?

帝国の最大戦力である守都艦隊は、ただの一隻に突破され、

あの戦略兵器も何の役にも立たなかったではないか?」

「要塞主砲を放つように命じたのは陛下でしたか」

「準備が整っていたようだからな。

いま使わずして、いつ使うというのか?

いや、それとも、狙いを違えていたかな?」

 イルカーツは、奥歯を噛む。

アイリスの言葉は、全て知っていると暗に告げていた。

事実、中庸派は要塞砲による地球攻撃を切り札に考えていた。

「卿らは、帝国を殊更に礼賛しているが、現に講じられているのは、姑息で卑怯な振る舞いばかりだ。

これはどういうことなのか?」

「帝国を守るためには、致し方なきこと」

 アイリスは、嘲笑うしかない。

「地球を撃っていたとして、結果は変わらぬ。

止められていただろう。

ただ、帝国の歴史に泥を塗り、心象を悪くしただけであっただろうよ」

「陛下は、何をなさりたいのですか?」

「この期に及んで、わからぬのか?」

 アイリスは、天を仰ぎ、そして、高らかに告げる。

「余は、帝国の新たな未来を紡ぐ。

忌まわしき過去と決別し、生まれ変わらせてみせよう」

「新たな未来?

かの星系に留まるとでも言うのですかな?

何故、我らが祖が故郷を捨てなければならなかったのか。

陛下は、お忘れになったのですか?

全ては、種の存続のためにと、帝国は遥かな旅を続けてきた。

その歴史を閉ざすと?

なんと愚かなことを」

 イルカーツは、手を震わせ、唇を震わせ、しわがれた声で吐き捨てた。

震えは、怒りからくるものではない。

ただ、怯えていた。

「同意するとは考えておらぬ。

そも、求めてもおらぬがな」

 アイリスは、理解していた。

イルカーツを突き動かすもの。

それが欲望ではなく、恐怖であることを。

 イルカーツは、正に、帝国の象徴であった。

怯え、逃れ、襲う。

無限の連鎖に囚われ、永遠に救われない。

その姿は、愚かで、そして、哀れであった。

「立ち止まることなく、振り返ることなく旅を続ける。

それこそが帝国の在り方。

それこそが帝国の唯一の道。

そうでなければ、我々は――」

「余と卿らは、求めるものを致命的に違えている。

もはや言葉を交わすことも徒労であろうな」

「であれば、どうするおつもりですかな?」

 アイリスは、瞳を瞑り、静かに、息を吐く。

数瞬の静寂があり、そして、アイリスは凛然と宣告した。

「帝国の未来のために、ここで果てて貰おう」

 イルカーツは、変わらずにあった。

憤るわけでもなく、嘆くわけでもなく、言葉を返さず、立ち尽くしていた。

「その在り方を咎めるつもりはない。

ただ、その責務を全うして貰おうと、それだけのこと。

顧みれば、卿らは、この時のために生かされてきたのやもしれぬ」

「和平のために、全ての罪を被り、口をつぐめと」

「新たな帝国の礎となれるのだ。本望であろう?」

 答えはない。

ただ、イルカーツは、ゆっくりとその手を動かし、掌をアイリスに向けた。

「陛下!」

 女官が叫び、床を蹴った。

だが、間に合わない。

瞬間、イルカーツは銃爪を引いた。

手首に仕込まれた光学兵器は音もなく機能した。

一つ、二つと、撃ち放たれた光条は、余りにあっけなく少女を射抜く。

華奢な身体は、跳ねるように踊り、そして、力を失った四肢は崩れ、肘掛けへと縋った。

「愚かな、ことを」

 アイリスは、口元を歪め、嘲るように告げた。

それは、誰あろう自身を呪う言葉だった。

 鉛のようにあふれた血液が、裂けたドレスを穢していく。

閃光は、少女の主要な機関を破壊していた。

汎人類種にとって、それは致命的な損傷である筈だった。

だが、その生命は未だ健在であるばかりか、健全に維持され、意識を失ってさえもいない。

「余が如何なる存在か、忘れたか?」

 皇帝は首を傾げるように問いかけ、そして、イルカーツは絶命した。

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