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「例えば、保守を自称しながら、革新的な政策を推し進めるというのは、民衆を欺くのに実に有効な手段だとは思わないか?」
「さて、何のことですかな? 我ら中庸派は、帝国に均衡をもたらすべく、尽力してきた保守勢力です。
時に、行き過ぎた伝統派を諌めることはありますが、革新的な政策を推し進めるなど、夢にも思いません」
「卿らが革新勢力であるなどとは夢にも思っておらん。先の論旨は仮面だ」
アイリスは、ベールの奥で口元を歪める。
「仮面ですか?」
「仮面を被り、立場を偽り、衆愚を味方にし、抵抗する勢力に混乱をもたらし、己の望みを叶えていく。
結局のところ、卿らは中立的な立場を利用し、伝統派を批判の盾にしながら、帝国を傾けてきた。
中庸派を称する者が、伝統派をも凌駕する排他的な帝国至上主義者であろうなどと、笑い話にもならぬよな?」
「我らを高く評価して頂き光栄に存じます。
しかしながら、いささか飛躍が過ぎるのではありませんか?」
「この期に及んで、つまらぬ申し開きは興が醒めるぞ?
結果が示しておるわ。
中庸派は、伝統派の保守的な政策を諌めるどころか、その背を押している」
「それは――」
「咎めるつもりはない。
これまでそうしてきたような」
アイリスは、遮るように凛然と放ち、言葉を続ける。
「何故、余が卿らを見逃してきたかわかるか?
あまりに下らぬからよ。
いや、余だけではない。
先代の皇帝も、先々代の皇帝も、看破した上で放置していた。
皇帝がその威を以って、介入するに相応ではない。
それだけのことよ。
卿らは掌の上で踊る哀れな道化に過ぎぬ。
いや、それ以下だ」
「我らは帝国のために、この身を捧げて参りました」
イルカーツは表情を崩さない。
だが、眼球は踊り、鼓動は暴れていた。
「いかなる時代、いかなる場所においても、私腹を肥やさんとする者は絶えぬ。
そういった者は、決まって大義を騙り、隠れ蓑にするものだが、正に笑止。
卿らの優雅な暮らしぶりは、少なからず承知しておる。
余も言えたことではないがな」
皇帝とは言え、若輩。
そう侮っていた者に、一方的に叱責され、言葉を返すことができない。
矜持が砕かれていく。
足元が歪んでいく。
だが、どうしようもない。
イルカーツは、思い知っていた。
皇帝とは、皇帝なのだということを。
「閉じられた世界で連綿と続けられる無益で矮小な権力闘争。
砂場で右に左に、砂を取り合うのと変わりはしない。
無邪気なものだ。
そこに何の意味がある?
何を躍起になることがある?」
そして、アイリスは触れる。
帝国の汚点。
その成立に纏わる禁忌に。
「余には、わからぬ。
この悠久に続く漂流の中にあって、何を求めるというのか?
哀れに逃れてきた過去を覆い隠し、何を誇ろうというのか?」
「陛下!」
イルカーツは、はっとし、喉を震わせた。
荒げた声がわずかに響き、そして、失われる。
「それは、口にしてはならぬこと」
「下らぬ。
穢れを隠さねば、愛せないとは情けない。
そのようなものは愛ではない。
いや、そも愛しておらぬから、隠すのか」




