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帝都と称される巨大都市船ファランシェルトは、宝石を埋め込まれた懐中時計の如き様相であった。
闇の中に輝く翡翠があり、それを覆う透明な風防があり、さらに巨大な半円一対の上蓋が羽のように左右に展開している。
そこには、木々の緑があり、海の青があり、そして、光があった。
「船というより、惑星の一部を切り抜いているかのようですね」
「帝都は、旅の中で遷都を重ね、現在の姿となりました。
こちらからは覗えませんが、石質小惑星を切削したものを基礎としています。
可動式の二枚羽を外殻として備える透過式ドームを設置。
大気圏を再現した上で、地表を惑星改造し、自然環境を構築しています」
案内人のように説明するティアスは、どこか誇らしげであった。
「緑が多いですね」
帝都は想像よりも大きく、そして、自然に溢れていた。
海と森が地表の殆どを占めており、ドーム中央付近に集中する高層建築群を除くと、明らかな人工物は殆ど見つけられない。
遠望であることを考慮しても、余りに目立たない。
「地上に視えるのは都市の一角です。地上から地下にかけて、積層型の都市構造が形成されています。
公共施設、居住区、商業区などは、地上か地上に近い区画にあります。
逆に、軍港を始めとする、軍事施設は背面に置かれています」
「都市船の表面は自然保護区というわけですね」
「立ち入りは制限されていませんが、環境の保全には力を入れています。
新たに建築物を設置するためには、厳しい審査が必要となっています」
再現された自然環境は、誇るに足る美しさであり、帝国の人々の精神的な支柱となっていることが窺えた。
孤独な宇宙で生きるためには、拠り所となる大地を求めてしまうものなのかもしれない。
ソウマは、帝都の全景を眺めながら、ティアスに問いかけては、興味深く聞き入っていた。
「それにしても、静かですね」
天烏は、帝国が帝都絶対防衛圏として設定した領域を、既に侵犯していた。
本来であれば、苛烈な抵抗が行われていて然るべきである。
だが、未だに攻撃どころか、警告さえもない。
「先に離脱した艦隊は、帝都の前面に布陣しているようですが、動く気配がありません」
「相互通信への応答要請などはないのでしょうか?」
「ありません」
「まだ、気づかれていないということでしょうか?」
「既に、擬装は解いてますよね?」
「回答:肯定。既に、艦体識別番号の照会を求められています。
帝国は我々の存在を認識しています」
「であれば、帝都への来訪を認めてくれていると、好意的に解釈するしかありませんね」
「好意的というより、楽観的な解釈ですね。
戦闘状態になっていないことは、喜ばしいですが」
天烏は、帝都へとゆっくりと近づいていく。
妨げるものはない。
だが、一方で、予定通りではない。
ソウマは、それなりに悩んでいた。
帝都に近づいた後は、帝国の誘導に従った上で、入港を果たしたいと考えていた。
武力を背景に一方的に要求することを、極力避けたいという思惑からである。
懐まで攻め入っておいて、女々しくはある。
それでも、対等な立場で話し合いをするために来たという前提を崩したくはなかった。
「距離もありますし、焦らずに待つべきですね」
言葉は気休めではない。
帝都と天烏は、地球と月ほどの距離があった。
比較対照のない宇宙では、距離感が狂う。
知らず、気が急いていた自身を戒めるように、ソウマは言葉にした。
「帝国の中で、方針が定まらないのかもしれません。
とにかくです。
いざとなれば、私が迎え入れるように話をします。
帝国としても、受け入れやすいでしょう」
「なるほど、そうかもしれません」
ティアスの助け舟に、ソウマは得心する。
「報告:前方に展開する帝国艦隊の旗艦から、相互通信への応答要請です」
ほっとため息をつくソウマの姿が微笑ましく、ティアスは穏やかな気持になった。
「繋いでください」
間もなく、艦橋の情報窓に現れたのは、若く凛々しい青年士官の姿だった。
「守都艦隊司令本部のクラシスと申します。
まずは我ら帝国臣民の生命をお救い頂けたことに、御礼を申し上げます。
皇帝陛下から国賓として、歓待するように仰せつかっております」
「ソウマと申します。
皇帝陛下のご厚意に敬意と感謝を」
ソウマは、恭しく振る舞ってみせる。
「申し上げにくいことですが、帝都への接近は、お控え頂くようにお願いしたい」
「この艦での入港は認められないということですね」
「はい、帝都では混乱が広がっております。
これ以上、市民の不安を助長しないためにも、ご理解を頂ければ幸いです」
「解りました。
こちらとしても、帝国に混乱をもたらすことは、望むところではありません」
「では、機動装甲で帝都へと向かうことをお認め願いたい。
私が案内を致します」
ティアスが会話に割って入る。
それはソウマの身を案じての要求であった。
「貴官は?」
「皇帝親衛隊のティアスです。
詳細は明かせませんが、陛下の勅命を受け、ここに控えております」
「なるほど、わかりました。
機動装甲、単騎ということであれば、問題はないでしょう」
クラシスが想像したのは、帝国の機動装甲であるが、
ティアスが言うところの機動装甲とは、赫狼のことである。
敢えて、機動装甲という言葉を使い、さも、自身が操縦するかのように話し、ティアスは錯覚させた。
「お心遣い感謝いたします」
「警戒をしておくに越したことはありません。
あの機体であれば、どのような状況にも対応できるでしょう」
ティアスは、自身の言葉に一瞬惑い、そして、振り払った。
帝国を信じていないわけではない。
帝国を守るために、そうするのだと。




