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天烏は加速し、戦場となっていた宙域を離脱した。
守都艦隊の旗艦から、再び相互通信の応答要請があったが、ソウマは応えず、非礼を詫びる言葉だけを送った。
時間がなかったわけではない。
ただ、衛星要塞の砲撃に帝国艦隊が巻き込まれることを嫌ったがためである。
連射はできないとの話だが、絶対にないとは言い切れない。
「それでは、帝都に向かいましょうか」
「良かったのですか? すぐに追ってくるかもしれません」
宙域を離脱すると共に帝国艦隊の制御権は解放されている。
ティアスは、それが早すぎたのではないかと危惧していた。
同じ手が通じればいいが、次もうまくいく保証はない。
「前後に敵対する艦隊があるという状況は確かに望ましくはありません。
ですので、大きく迂回して帝都に向かうつもりです」
艦橋に展開する宙域図に予定航路が示される。
その航路は離心率の大きい彗星の如きものであり、
迂回という表現が相応しくないほどに歪んでいた。
明後日の方向に進み、そこから折り返すように帝都へと向かう。
確かに、これなら挟撃される不安もない。
「これでどの程度の時間がかかるのですか?」
「先に離脱した艦隊が帝都へと到着する12時間後に調整するつもりです」
「調整ですか。私の心配など、全て杞憂に過ぎないということですね」
ティアスは、ため息をついて、苦く笑うしかない。
倍数以上の距離を航行するとしても、その気になれば、帝国艦隊よりも早く帝都へと到達できる。
ソウマの言葉は、圧倒的な差を暗に示すものだった。
「そんなことはありませんよ。
我々は技術という一面で優っていたに過ぎません。
そして、それさえも絶対のものではない。
何もかもが、望み通りになるほど、世界は狭くはなく、人は弱くもない。
だからこそ、我々は、想像し、備え、抗い、そして、時に願うのです」
「そうですね。失礼なことを言いました」
ティアスは、気付かされ、省みる。
不測の事態を警戒するからこその迂回である。
真に万能であれば、そんなことをする必要さえもない。
考えてみれば、自明であった。
「ええ、私が信頼するティアスに失礼です。
ですので、何か気づいたことがあれば、話して下さい」
ティアスは、両の耳が微かに熱を帯びるのを感じた。
何も応えることができず、ただ、視線をそむけた。
「何れにせよ、我々の戦力は示すことができました。
これ以上の交戦は不要です。
帝都に接近するまで、何事もないことを祈りましょう」
「帝都防衛圏として、設定される範囲には、
一定の間隔で索敵や通信の中継を行う機動衛星が配置されています。
捕捉されれば、すぐに帝都に情報が送られますので、留意して下さい」
私情に流され、熱に浮かされ、伝えているわけではない。
ティアスの口調に淀みはなく、既に自身を取り戻している。
帝国の皇帝に仕える身でありながら、侵略者を導こうとしている。
糾され、裁かれて然るべき行いである。
そう自覚しながら、それでも、信じて伝えている。
信じていると伝えていた。
「ありがとうございます」
ソウマもまた、言葉にしたことへの意味を理解している。
ティアスの在り方は、尊敬するに足るものであった。
だから、その言葉は、心からのものだった。




