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「到達まで九カウント」
「守りきれ」
天烏から翼の如き断片が放たれ、艦体の側面に整然と円陣を形成していく。
「広域防衛兵装を限定解除。積層展開。質量、反応、電磁、光波、振動、消滅。"全耐性励起"」
ソラの言葉から、一瞬の静寂があり、そして、それは襲った。
巨大な光の柱が宇宙に顕現し、神の振り下ろす鉄槌が如く、打ち下ろされた。
太陽さえも灼き貫くであろう破壊の放射。
それは衛星要塞と称される人工天体に備えられた要塞主砲からの一撃であった。
衛星要塞は攻防の拠点となることを想定し、帝国が建造した人工天体型の戦略兵器である。
その全長は艦艇の比ではなく、そこに備わる要塞主砲の火力も同様である。
砲撃の射線にあるものは、その痕跡さえも残さずに一瞬で失われる。
その筈であった。
「いけるか?」
「問題ありません。後方に受け流します」
ソラは変わらない。
同様に天烏もまた変わらずにあった。
折り重なるようにして張られた結界が破壊の奔流を塞いでいる。
一枚、二枚、三枚と、幾何学的な紋様によって形象される光の障壁を抜くごとに、狂い迸る光芒は収束され、整理され、安定していく。
四枚、五枚、六枚と、歪められ、傾けられ、逸らされ、光芒は流され、外れていく。
「安定。状況を維持します」
艦橋には、天烏の艦体を瞰視する映像が投影されていた。
ティアスは、言葉が出ない。
呆然とそれを眺めることしかできなかった。
攻撃されたこと、それを防いでいることはわかる。
だが、誰が、何故、そうしたのかは、わからない。
いや、わかりたくなかった。
許せなかった。
知らず握られた手が軋む。
矛は盾を貫けず、均衡は崩れず、やがて、光は完全に失われた。
「火線収束。外装に損傷なし。帝国艦隊に損害なし。制御正常」
ソラが悠然と告げる。
「第二射の兆候は?」
「衛星要塞の主砲は、連射ができるようなものではありません」
ティアスが震える声で伝える。
「では、どうにかなったようですね。
帝国の艦艇にも被害はないようですし」
ソウマは、なだめるように状況を確かめた。
言葉にしたのはティアスのためだ。
話をしていれば気が紛れる。
思い詰めているよりはいい。
そう考えたのだが、応えたのは、ソラだった。
「どうにかではありません」
「これは失礼」
ソラの言葉は虚勢ではない。
事実、艦橋は揺れてさえもいない。
それは、彼我の戦力差を示す、重要な事実ではあった。
だが、対峙している問題を解決に導くものではない。
ソウマは、天を仰ぐしかない。
「感謝を、しなければなりませんね」
思案するソウマの姿に、ティアスは小さくため息をつき、それから、振り払うように言葉にした。
「どういたしまして、お礼はそうですね。
帝都のおすすめのお店を紹介して下さい。
帝国の料理がどのようなものか興味があります」
「わかりました。おもてなしをさせて頂きます」
軽口に悠然と応じたティアスに、ソウマは首を傾げる。
惑わざるをえない。
「ですが、この状況は、そもそも、私が招いたものですので、
あまり、畏まられても困ります」
「そうかもしれません。
ですが、貴方が盾となり、我々の命を救ったことは事実です」
「そうせざるを得なかった。
それだけかもしれません」
「そうであってもです。
私としても、不本意ですが、だからと言って、礼を失することはできません」
「なるほど」
ソウマは、ため息をつくように、つぶやく。
先手を取ったつもりではあった。
だが、それでも、未だ手のひらの上で踊っている。
気付かされれば、感心せざるを得ない。




