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「前陣艦隊、全艦艇の応答が途絶。制御を完全に奪われた模様です」
通信士の報告が、守都艦隊旗艦トラスベイルの艦橋に虚しく響いた。
戦闘開始直後の混乱はすぐに収束した。
光学映像では、艦艇に対する被害が一切視認できなないのだから、気づかない筈がない。
参謀本部は、すぐに艦隊統制ネットワークへの論理攻撃であるという結論に達した。
だが、そこまでである。
解ったところで、なす術はなかった。
制御を奪還しようとしたが、経路の一切が遮断されており、手立てがなかった。
結果、守都艦隊は、整然と壊滅するに至った。
だが、それは前陣艦隊に限ったことである。
シャルケの指揮は、迅速であり、また、賢明であった。
為す術なしと判断するや、後陣に配していた分艦隊の指揮を高級士官に託し、帝都へと後退させた。
戦おうにも、戦いにすらならないことは、明らかであった。
結果、守都艦隊は半数以上の艦艇を戦域から離脱させ、組織的な抵抗力を堅持することとなった。
それはソウマとしても、望ましいことであった。
守都艦隊が文字通り、全滅したとなれば、帝国の臣民に与える影響は、計り知れない。
帝国に求めたいものは、議論であり、混乱ではない。
「さて、どうにかなったようですね」
「想定通りの結果です」
ソウマが、ため息をつくように言うと、ソラは静かに応じた。
天烏の艦橋から緊張がほどけていく。
「後ろに控えていた艦隊も、大方が引いてくれたようですね。
こちらとしても助かりますが」
艦橋の情報窓に展開する宙域図と光学映像から、ソウマは状況を確かめる。
そこには既に大艦隊の姿はない。
だが、立ち塞がるもの全てが失われたわけではなかった。
先刻の布陣と比較すれば余りに矮小ではあったが、確かに帝国の艦艇が整然と隊列を組み、待ち構えていた。
「中央にいるのは、守都艦隊の旗艦トラスベイルです」
小集団の中央に鎮座する大型艦。
ティアスは、その外観に覚えがあった。
「なるほど、少数ながら堂々とした布陣です。
殿を務めるという、意気込みなのかもしれません。
追撃する気はないのですが」
「向かう先は同じく帝都です。
果たして信じてくれるでしょうか?」
旗艦トラスベイルは、護衛艦と共に、戦域に留まっていた。
天烏の追撃を遅延させるためと考えれば、全く無意味というわけでもない。
だが、どれ程の抵抗ができるかは、推して知るべしであり、シャルケも理解している。
それでもそうしたのは、命じられたからである。
抵抗の最中に届いた一通の署名通信が、シャルケをその場に留まらせた。
不服はない。
命令は、シャルケの矜持に応えるものであったからだ。
制御を奪われたとはいえ、艦艇と人員は健在であり、それを見捨てるようにして、指揮官だけが逃げ延びるなど、恥でしかない。
「賢帝アイリスフィアか」
この命令にどれほどの意味があるかは解らない。
だが、シャルケの心情を読んだ上でのものであれば、認めざるを得なかった。
「敵艦に通信要請を、時間を稼ぐ」
シャルケは、優れた指揮官であり、気高さを旨とする帝国軍人であった。
それ故に、アイリスの愚かな企みを推し量ることはできなかった。
「報告:帝国艦隊の旗艦から相互通信の要請です」
「時間稼ぎだろうな。とはいえ、無碍にするのも――」
「報告:アイリスフィアから通信です。添付情報を展開します」
「これは、まさか!」
ティアスは、はっとし、声を上げる。
天烏の艦橋に再び緊張がもたらされる。
「これはこれは、ご丁寧に」
もたらされた情報とは、即ち予告であった。
ソウマは、口元を歪め、彼方の少女を睨みつける。
「話している時間はなくなった。
追撃の意図がないこと、
全艦艇の安全を保証することを伝えたら、制御を奪え」
「わかりました」
天烏は、羽ばたいた。
蒼穹を往く猛禽が如く翔けた。
風に流れるような柔らかさと、そして、風を裂くような鋭さが織り成す軌道。
それは、ただ最適であり、それ故に、美しい。
艦隊旗艦を守るように組まれた堅固な防御陣の上後方左側面へ、天烏は、回り込み、態勢を整える。
立ち塞がるものを倒すためではない。
立ち塞がるもののために、立ち塞がるためである。
「きます」
ソラが、静かに告げ。
そして、遠く宇宙が輝いた。




