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夜明けのソラの契承者 悠久漂流帝国  作者: やたか なつき
四章「継承者」
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16

「これが笑わずにおられようか」

 アイリスは、戦域の監視映像を仰ぎ、はしたなく笑っていた。

守都艦隊が制御を奪われ、天烏を迎え入れるかの如く、回廊を形成していく。

その様子は、壮大かつ、幻想的であり、心に触れるものであった。

それは、アイリスにとって、理想的な光景であり、また愚かさの証明でもあった。

「犠牲が出なかったことは、喜ばしいことです」

 アイリスと共に、戦況を見守っていたクノスが静かに応えた。

意識して、澄ましてはいるが、それでも綻びは隠せない。

「包囲を突破することは、わかっていた。

だが、一隻の被害も、一人の犠牲も出さずに、事をなすとはな。

余の秤は小さすぎたということだ」

「我々の常識の外にある存在です。

そういうものとして、受け入れる他ないのでしょう」

 天烏がなした全ては、帝国にとっては奇蹟でしかない。

だが、それを創造したものにとっては超常的なものではなく、

理論と法則に基づき実現された技術によるものである。

対峙するものの間に技術格差があれば、そうなってしまうということに過ぎない。

仮に、地球人類の艦艇と帝国の艦艇が対峙すれば、立場を逆転した状況が再現されるだろう。

「そうさな。

重力下での白兵戦、宇宙空間での機動戦、未遂となったが艦艇同士の砲撃戦も考えていた。

だが、全ては無意味であった」

「順を追って、戦力を測ろうとしたのは、

帝国の犠牲を最小限に抑えるためですね」

「然り、卿からの報告がもたらされた時、

余は、予感した、いや、確信したのだ。

敵わぬことを悟り、叶えるために思索した」

「私の報告が陛下にまで及ぶとは、考えてもいませんでした」

「これは異なことを。

卿が審判官として、地球に降りると進言した時に、

それが認められるように手を回したのは、他ならぬ余であるぞ?

報告を心待ちにしていたに決まっておろう」

 クノスは、少なからず、衝撃を受けた。

確かに、振り返れば、地球に審判官を派遣するという上申が、積極的に受け入れられた感触はなかった。

既に大勢は決しており、判断が覆ることはないと考えられていたからである。

それでも、要望が叶ったのは、帝国の良心によるものだと、クノスは信じていた。

「卿が完膚なきまでに叩きのめされたと知り、心が躍った」

「力が及びませんでした」

「畏まる必要はない。

この状況は、卿が望み、余が望んだものだ」

 アイリスは、負けることを望んでいたと、認めてみせる。

「戦力を把握し、それに相応しい、しかし、必要最小限の戦力をぶつけ、敗北する。

その犠牲をもって、地球が帝国と交渉する資格があることを、

指導者に知らしめ、世論を誘導し、平和条約を締結する機運を高める」

 クノスは、アイリスの計略を要約し、確かめる。

「概ね、そういうことだ。

戦いを避けて、友好を強行しても、反発を招き、混乱の上に破綻することは想像に難くない。

帝国の成り立ちを鑑みれば、戦わずして和平などありえないのだろう。

それは、先の暴走からも窺える。

相手を認めざるを得ない状況に迫られなければ、帝国は立ち向かうことなく逃げ続ける」

 そこで、アイリスは大きなため息をついた。

それは徒労だけではなく、安堵からくるものでもあった。

「と、そのように考えて、落とし所を模索しておったのだがな。

徒労であった。

ソウマは、余の望みをたやすく叶えてみせた。

思惑に気づいていたのだろうな。

その上で、気遣いをする必要がないことを証明してくれた。

後の禍根を残さずに、地球が脅威であることを、帝国に知らしめた。

少しやり過ぎな感はあるが、ともかく、感服する他ない。

それでこそ余の、帝国の最後の敵として、相対するに相応しい」

 クノスは、はっとした。

それが、どういう意味を持つのかは、わからない。

意味などないのかもしれない。

アイリスは、帝国を案じていることに疑いはない。

だが、それでも、まだ何かを隠しているように感じられた。

そして、それは、思い過ごしではなかった。

「何を、なさるおつもりですか?」

 クノスは、アイリスの前に一枚の情報窓が展開していることに気づいた。

閲覧が制限され、そこに示される情報をデコードすることができない。

直視すれば、吸い込まれてしまいそうな闇。

空間を穿つが如くあるそれに、クノスは、言いようのない不安を覚えた。

「なに、そろそろ、余が敵であることを思い出してもらわぬとな」

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