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「ご明察です。
現在、こちらに表示されているのは、
帝国艦隊がネットワークを介して共有している宙域図です。
我々も、帝国の方々も、同じ情報で戦況を瞰視していることになります。
一部、捉え方が異なってはいますが」
「つまり、艦艇が次々と撃破されているという欺瞞情報を送り込んでいるというわけですね。
ですが、それだけでは、意味がありません。
目視すれば、すぐに気づく筈です」
「はい、それだけでは、意味がありません。
ただ、そこは順序が逆なのです。
我々は、防戦一方というわけではありません。
物理的にでは、ありませんが、攻撃をしています。
論理的な攻撃とでも言えばいいのでしょうか?」
「ハッキングということですか?」
「可視光線による照準を擬似攻撃と定義し、それを受けた艦艇の制御を奪っています。
制御を奪った艦艇には撃沈判定を出し、宙域図に表される戦線から脱落して頂いている。
掻い摘んで言えば、そういうことになります」
「ですが、そんなことが、できるわけ――」
そこで、ティアスは、否定の言葉を否定する。
できるわけがないことができる。
帝国が、そして、自身が対峙しているのは、そういう相手なのだと、顧みる。
「――戦闘演習システムですね。
艦隊統制ネットワークに侵入できるのであれば、他にも手は幾つもあるのかもしれませんが」
ティアスは、冷静になり、答えを導き出した。
想起されたのは、かつて参加した大規模演習の記憶である。
それは現在の状況と酷似していた。
「ソラ、回答を」
「統制ネットワークに侵入後、該当のシステムを改竄、個々の艦艇を制御するバックドアとして利用しています」
ソラは、適当に答えた。
無視するつもりであったが、促されては仕方がない。
「これは由々しき問題です」
「ですが、死傷者を出すよりは良い筈です」
「そう、ですね」
ティアスの言葉に力はない。
だが、表情は和らぎ、唇は色を取り戻していた。
その凛とした横顔は美しく、心を奪われる。
一瞬、輝く何かが、頬を伝い、ソウマは、視線を逸らした。
「帝国艦隊は統制を維持したまま抵抗。大きな混乱は確認できません」
血が流れれば、後に禍根を残すことになる。
ここにあるものは、全てが味方である。
帝国の艦艇を撃破せず、いや、帝国の人々に犠牲を出さず、包囲を突破する。
それが地球と帝国の融和を成すために描かれた勝利条件であった。
それために、最も忌避すべきは、混乱であった。
帝国艦隊が統制を失えば、戦場を制御することは、より困難となる。
帝国艦隊が特攻を例とする奇策に走らず、冷静な判断に務めている現在の状況は、正に理想的であった。
「帝国艦隊の練度と士気の高さに感謝する他ありません。
天烏を的にしながら、帝国艦隊への浸透を広げつつ、
同時に制御を掌握した艦艇を退避させていきます」
ティアスのための状況説明を、ソラが実行に移す。
「すごい」
ティアスは、単純な言葉で、感嘆するしかなかった。
制御を奪われた艦艇は、整然とした艦隊運動を実行する。
攻撃を続ける艦艇を背に、球状陣を離脱し、その外周を囲むように更に大きな輪を連ね円筒を形成していく。
それは、さながら、天烏を迎える回廊であった。
天烏について、真に特筆すべきは、その電子戦能力である。
艦の衝突、誤射に依る同士討ち、船内事故。
あらゆる事象に備えながら戦域を瞰視し、万を超える艦艇を同時に統制する。
天烏は、正に戦場を支配していた。




