6
「報告:位相差収縮。時空間誤差修正。通常宇宙に回帰しました。設定座標への到達を確認。船体に異常なし」
艦橋の正面に情報窓が展開し、船の現在位置を示した宙域図と共に、周囲の監視映像が映し出される。
興味と賞賛に心を躍らせていたティアスは、その光景に表情を失う。
ついでに、気を失いたくもあった。
眼前には、帝都近傍にのみ展開する守都艦隊の姿があった。
守都艦隊と相対しているという状況は、即ち、帝都防衛圏の侵犯を証明するものに他ならない。
既に、警告なしに攻撃されたとしても、おかしくはない状況に陥っているということである。
蒼白のティアスに対し、ソウマは飄々として、変わりがない。
この状況は、全て予定の通りであった。
「映像通信の準備を」
「確認:対象を限定しますか?」
「そうだな。市民生活に混乱を招くのは本意ではない。
とはいえ、特定の相手にだけ送っても仕方がない。
これは交渉ではなく、宣言だからな」
「では、帝国軍の広域ネットワークを介して映像通信を送り込みます」
「ああ、それでいいだろう」
「接続しました」
ソウマは、一つ深呼吸をして、それなりに考えておいた文言を思い返し、確かめる。
「一体、何をなさるつもりですか?」
「帝国の方々に向けて、ご挨拶を。
そこにいると、映りますよ? 私は、構いませんが」
掴みかからんばかりに歩み寄ってきたティアスを、ソウマは一言で退ける。
「えっ、あっ」
ティアスは、慌てて後ずさるしかなかった。
ソウマは、微笑ましい姿を送ると、姿勢を正す。
自身の顔を指先で撫ぜ、感情を拭い去る。
堂々たるを誇示し、それらしく振る舞うために。
彼方の帝都を射抜くように見据え、第一声を音にした。
「はじめまして、私の名は、ソウマ。
太陽系第三惑星地球を起源とする地球人類文明の管理者を自称する者です。
これはリムスベルト帝国の成員として在る全ての敬愛すべき人々に向けて公布する正式な声明です」
「まず、このような挨拶ができることに喜びを感じています。
広大な宇宙において、一つの文明が永らえる時間と収められる空間は、余りに限られています。
それ故に、異なる文明が交錯することは、極めて稀であり、
この出会いは、正に奇跡として、双方の歴史に記されるべきものであると確信しています。
我々は、帝国と地球の邂逅を心より歓迎します」
「文明の衝突による混乱は避けられず、苦難に苛まれることは必至です。
しかし、それを理解した上で、尚、我々は、帝国と地球が、手を携え共に歩む未来を望みます。
私は、幾人かの帝国人と出会い、言葉を交わし、心を通わせました。
そして、帝国人が優れた見識と高い倫理観を持ち合わせ、誇りを旨として生きる尊い人々であるという認識を得ました。
時間を要するかもしれません。
しかし、双方の立場を尊重し、互いの信頼に応える関係を、必ず構築できるという確信を強くしました」
「我々は、歴史の共有をはじめる第一歩として、
帝国の最高権力者と直接会談を行い、帝国と地球の友好条約を締結したいと考えています。
しかしながら、我々には、憂慮すべきことが一つあります。
それは、果たして、我々に、その資格があるのか、という危惧に他なりません。
我々は、帝国と並ぶに足る存在であるのか。
我々は、帝国に求める前に、それを証明しなければならないと考え、この場へと至りました」
「これより、我々が保有する唯一絶対の戦力は、帝都へと侵攻を開始します。
我々は、帝国の主権を尊重し、その臣民の権利が著しく侵害されない限りにおいては、武力によって抵抗することを受け入れます。
また、帝国の抵抗により、我々が如何なる損害を被ったとしても、
その過失は無制限に免責され、以後のあらゆる文明間交渉において、不利な影響を及ぼさないことを約束します」
「我々は、地球と帝国の新たな未来のために、ここに宣戦を布告します」
管理者は告げ、そして、地球は異星文明との戦争へと突入した。
それは、言うまでもなく、地球の歴史上初めてのことであり、また、歴史の分岐点となる重大な局面であった。
だが、地球人類に、その事実を知る者はいない。




