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「何の御用でしょうか?」
通話に応じたティアスの声には、警戒がにじんでいた。
寝起きを起こされたためでもあるが、それだけではない。
気づけば意識を失い、気づけば船室のベッドにいた。
不信感をつのらせて然るべきである。
「今後の方針が決まりました。
他にも、幾つか、ご報告があります。
時間を持て余しているようですので、ご案内もかねて艦橋にお招きしたいと考えたのですが、如何でしょう?」
声色からあれやこれやを察したソウマは、ティアスを刺激しないように、端的に要件を伝えた。
「艦橋にですか、わかりました」
ティアスに断る理由はない。
話を聞かないわけにはいかない。
それに、この船の統合管制システムにも興味があった。
「お渡しした端末にナビを設定しておきました。ご要望であれば、お迎えに上がりますが?」
「いえ、それには及びません」
「では、お待ちしています」
ティアスは、乱れた髪を直すと、すぐに部屋を出て、艦橋へと向かった。
ナビに従い、閉ざされていた扉を幾つか抜けると、空間が開けた。
辿り着いた空間の中央には、光の柱があった。
物理的にあるわけではない。
昇っていく光が連なり、そのように視せている。
ティアスは、光の中に、そっと手を入れる。
それは流れる水に触れるような感触だった。
「なるほど、昇降装置というわけですか。面白いですね」
ティアスが足を踏み入れると、予想した通り、身体はふわりと浮いた。
光の中を泳ぐように、ティアスの身体は上階層へと流されていく。
身体の力を抜き、光の奔流に身を任せる。
垂直であった流れは、弧を描くようになだらかに倒れ、勢いもゆるやかに変わっていく。
やがて、視界は開け、それと共に、光は球をなし循環し、滞留する。
「ここが終着点のようですね」
身体は、ゆっくりと落ち始めていた。
上下を確認し、体勢を整え、ティアスは、ふわりと足をついた。
視線を上げると、如何にも特別さを感じさせる白い球形の扉があった。
ティアスは腕を組み、颯爽と近づいていくと、拍子抜けするほど、軽やかに音もなく扉は開いた。
ティアスは、その光景に、言葉を失うしかなかった。
扉の先には、歌劇場ほどの空間があり、その中央には、独創的な形状の巨大樹が聳え立っていた。
地球の木々。
帝国の木々。
どちらとも、どこか違っている。
だが、樹であると連想される。
それは、そういう姿をしていた。
荘厳であり、静謐であり、そして、淑やかで穏やかであった。
ただ、そこに佇んでいるだけで、心に触れる。
そのようにあった。
巨大樹は連なる石片に囲まれていた。
石片の表面には精緻な紋様が彫られており、それを回廊として透んだ水が光を放つように巡っている。
古代の遺跡を連想させるが、一方で、朽ちてはいない。
悠久の彼方から、そこにある、永遠の如く、存在していた。
天を仰げば星々が瞰視する夜があった。
太陽も月もない。だが、明るかった。
空間そのものが光を放っているかのようだった。
娯楽や休息を主眼とした船内庭園は、帝国の艦船にも存在している。
艦船の全長や種類によって、その規模は変わるが、何れにせよ特に珍しいものではない。
それでも、ティアスが圧倒されたのは、巨大樹を中心として織り成された空間の完成度が故のことであった。
また、ここが艦橋であるということも、無視できない。
艦橋がこのような空間になっているというのは、帝国の常識ではありえなかった。
技術的な問題ではなく、やるかやらないかの問題である。
その在り方を否定しながらも、ふと、ティアスは考え至る。
「いえ、まさか――」
ティアスは驚愕と共に、あらためて巨大樹を仰ぐ。
「これが装飾ではないとするなら、有機集積回路ということですか」
ティアスの慧眼は、一つの事実に至っていた。
この巨大樹こそが、船の中枢であれば、艦橋にあってもおかしくはない。
帝国と遺蹟船は、水準以前に体系からして異なる技術で創造されている。
艦橋の構造は、それを顕わにしていた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「ここが艦橋ですか?」
ティアスは、諦めたように確かめる。
帝国を愛する臣民として、あらためて、その差を思い知らされれば、気落ちもする。
「ええ、そういうことになっています。
私とソラしかいませんので、どこにいても同じではあるのですが」
「それで、ご用件とは?」
辿り着いて早々ではあるが、とりあえず、聞かなければ始まらない。
心的に疲弊していたこともあり、気も短くなっていた。
艦橋を案内しようとしていた、ソウマを制するように、ティアスは質した。
どうせ大した話ではないだろうと、そう高を括っていた。
だが、それは誤りであった。
「帝都に向かうことにしましたので、ご報告をと」
「は、い?」
ティアスは、首を傾げ、停止した。
停止せざるを得なかった。




