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「こんなものかな?」
アイリスは、ソウマとの通話会談を終えると、ため息をつき、そして、つぶやいた。
応えを求めたいわけではなかった。
だが、その瞳は、気づけば、傍にいる者を視ていた。
視線の先、そこには、クノスがいた。
展望室の白い鳥籠の中。
完成した絵画の如く、そこにアイリスは座っていた。
永遠に、そうあることが定められているように、あるべくして、そうあった。
だが、キャンバスを広げれば、変化があった。
アイリスの正面には、クノスが座っていた。
描き足された光景は、最初からそうであったかのように自然であった。
「何が、こんなものなのですか?」
クノスは、通話会談が始まる前からそこにいた。
言うまでもなく、会話を全て聞いている。
「おお、クノスではないか。拘束されたと聞いていたが、どうやら怪情報であったようだ。
ソウマにも伝えねばな」
アイリスは、わざとらしく謳ってみせる。
クノスが拘束されているという話は、言うまでもなく嘘である。
「彼は賢明です。私などを材料にしたところで、揺さぶれるとも思えませんが」
「だが、そうであれば嬉しかろう?」
クノスは、一瞬、言葉を失った。
それから、アイリスを睨み、苛立ちを示す。
「愚者は臆病であり、賢者は機を逸することを厭う。
何れにせよ、絶好の機会だ。
余であれば動くことに疑いはない」
自身が賢者であると言っているようなものである。
自惚れも過ぎるというものだが、クノスは、敢えて何も言わない。
「そも、謙遜が過ぎる。
卿の名がでた瞬間、明らかに動揺しておったわ。
あの様子では、何もせずに、いられようはずがない」
「そうなのでしょうか?」
クノスは、首を傾げる。
いつもどおり、端然と応じていたようにしか感じられなかった。
「かなり気に入られたようだな。誇ってよいぞ」
「気に入られているかはわかりませんが、
一定の信頼は得ているとは考えています」
「同じことよ。
惑星国家規模の話であろうと、交渉するのは人と人。
言葉を交わしている相手が信じられるか、結局それ次第だ。
好いた惚れたと変わりはせぬのだ」
アイリスは、口元を歪め、いやらしく笑う。
お世辞にも、上品とは言えない。
「それにしては、あっさり引いたようですが?」
「まだ、認めぬか?
自身のことだからと、むきになっているのではないか?」
「なっ、そのようなことは」
的を射ていた。
クノスは、自身を顧み、省みる。
確かに、冷静ではなかったかもしれない。
「あの場で抗っても徒労だと判断しただけだろう。
考える時間は必要だ。
とかく、何らかの反応を期待してもいい筈だ」
「どのような反応をするとお考えなのでしょう?」
「何でもよい。
会談の申し出があれば、応じよう。
帝都に招待してもよい。
或いは、卿を連れ出しに来るやも知れぬな。
それはそれで面白い。
ティアスに協力させれば、ことをうまく運べるだろう。
そうなれば、太陽系に留まる口実もできよう。
帝国の臣民を残して行くことはできないと主張してな」
「そう、うまくいくでしょうか?」
「帝国の意向は、それとなく伝わっているだろう。
これに気づいていないようであれば、救いがたい愚か者だ」
「帝国の意向ですか」
「余の意向ではないか、と言いたげだな。
だが、クノスもそうではないのか?
帝国を太陽系に残したいと、そう考えているのではないのか?」
「否定はしません。ですが、その資格があるのでしょうか?」
「資格か、確かに、都合の良い話ではある。
だが、そう考えるのであれば、尚のこと、ここに留まるべきではないのか?
そう、ここで留まるべきなのだ。
過ちを繰り返さないためにもな」
「卿の願いは既に果たされている。
大きな功労だ」
「幸運だっただけです」
「そうかも知れぬ。
だが、卿は志願し、地球に降りた。
そして、事を成した。それが全てだ。
卿でなければ、この状況は、なかったやもしれぬ。
そう、このような好機は、二度と訪れない。
そう考えるべきなのだ」
「多くを求め過ぎなのではないですか?」
果たして、受け入れてくれるのか?
全てを明かし、拒まれた時、帝国を支えていた矜持は失われる。
汚名は地球の歴史に刻まれ、償うことのできない罪を背負い、また旅を続けることになる。
クノスは、それを危惧していた。
「最悪は免れた。
だがな、それだけでは足りない。
手を伸ばせば届くのだ。
理想を求めて、何が悪い?」
クノスは、その言葉に、抗うことはできない。
それは同じく求めるものであった。
「代償は払わねばならんがな」
アイリスは、そっと、つぶやき、口元を歪める。
クノスには、決して、届かないように。




