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ティアスは、一瞬、船の外へと投げ出されたかのような錯覚に、眩暈を覚えた。
入ってきた扉は、既にない。
それどころか、部屋を部屋たらしめる壁や天井もなく、この空間がどのような形状をしているのかも判然としない。
視界には、ただ、宇宙があった。
ティアスは、冷静に周囲を見回し、自身の状況を確かめる。
そこにあると認識できるのは、足元の透明なタイルだけであり、それが唯一の拠り所として、上下を規定していた。
仮に、踏み外そうとも、そこには床がある。
その筈である。
だが、踏み出すことを躊躇わせるほどに、その光景は現実的であった。
機動装甲の操縦席から、全視界モニターで宇宙を視ている時に、似てはいた。
だが、似て非なるものである。
それは生身であることだ。
母星を持たない宇宙の民であっても、生身に近い装備で船外に出ることには、抵抗があった。
説明しがたい、いや、説明するまでもない原初の恐怖。
それを克服しているわけではない。
そのための機動装甲でもある。
一面に宇宙を写した、その空間は、どうしようもなく美しく、そして、どうしようもなく恐ろしかった。
「ようこそ、とは言いません。貴方は、招かれざる客ですので」
ティアスは、はっとし、声に振り返る。
そこには、人形の如き少女が立っていた。
長い暗い銀色の髪。
射抜くような金色の瞳。
黄金比を連想させる相貌。
細く長い手足。
一分の隙もない姿勢。
何もかもが、整いすぎていた。
否定しがたい美しさがそこにはあった。
だが、その完全さは、どこか人工的であり、それ故に、歪さを感じさせた。
「あの、私は――」
「ティアス、存じております。私は、ソラ。
貴方のお相手をするように仰せつかりました。
不本意ではありますが」
ソラは、ティアスの言葉を遮るように告げた。
「あっ、はい」
ソラは、それなりに失礼ではあったが、一方で、いやらしさはなく、ただ、事務的であるように感じられた。
そも、ソラに感情があるのか、ティアスは掴めていない。
ティアスを支配していたいのは、不快ではなく、困惑であった。
中身のない返事しかできなかったのは、ただ、状況を掴めずにいたからである。
「では、ご質問をどうぞ」
「えっ、はい?」
「ご質問があれば、回答をさせて頂きます。
ないようでしたら――」
「待ってください。あります。
あの、まず、ソラ、貴方は何者ですか?」
「ソラは、この船の生体端末です。
管理者を補佐することを、その存在意義として機能しています」
「貴方の管理者とは、ソウマのことですね?」
「肯定。ソウマは、ソラの管理者として規定される唯一の存在です」
醒めていく。冴えていく。
ティアスは、何を質すべきか、取捨選択を繰り返し、言葉を探し、編み上げていく。
先程まで、心身を竦ませていた恐れは、既に失われていた。




