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茜色の照明と木製の調度が描く琥珀色の空間。
そこは歴史的な西洋建築物の書斎を連想させる空間であった。
だが、そうではない。
それ証明するように、窓の外には、果てのない暗闇と、そして、茫とした光をまとう蒼穹があり、
その場所が、宇宙にあることを伝えていた。
狭すぎず、広すぎない。
そんな室内には、一組の男女の姿があった。
アンティーク調の円卓に、二脚の椅子があり、互いに向かい合うように座っている。
男性はソウマであり、女性は招かざるを得なかった客である。
「お名前を、教えて頂けますか?」
まずは、はじめの一歩を踏み出さんと、ソウマは、話しかける。
柔らかく、微笑みながら、壊れ物を扱うような慎重さを以って、名を問う。
鋭い視線、緊張した四肢。
対面に座す女性は、明らかに警戒していて、まずは敵意がないことを示す必要があった。
「まずは、ご自身が名乗られては、如何でしょうか?」
「これは失礼。ソウマとお呼びください」
帝国にも地球と同様の文化があるのかと、苦く笑いながら、ソウマは答えた。
「ティアスです」
女性は、短く、だが、はっきりと名を告げた。
とりあえず、意思の疎通が成功したこと、そして、対話の意思があることに、ソウマは、胸を撫で下ろす。
ティアスは、カイパーベルト帯に現れた帝国の襲撃部隊の一員である。
赫狼との戦闘の中で意識を失い、搭乗していた機動装甲と共に鹵獲された。
船へと運び込まれた後、意識を取り戻し対話に臨んでいる、というのが現在の状況である。
ソラは、船に入れることを強く反対したが、最終的にはソウマの希望に屈した。
地球に降ろしても、手間が増えるだけと考えたためである。
意識を失っていた時のティアスは、眠り姫とでも形容することが相応しい様相であった。
その穏やかな相貌からは、優しく、慎ましい女性像が連想されたが、それが思い込みに過ぎなかったことは、現在が証明している。
ティアスは、ソウマに対し、如何にも、敵意を顕にしていた。
この気性の強さは、軍に属するが故に備わった後来のものか、或いは、帝国の女性に共通する生来のものなのか、興味は尽きない。
何れにせよ、この程度で、気持ちが揺れる、ソウマではない。
「まずは、貴方を人道的に遇することを宣誓させて頂きます。
生命、及び、思想の自由を尊重し、行動に制限を課すことも控えたいと考えています」
「感謝します」
「その上で、幾つか質問することを許して頂きたい」
言葉に、ティアスは表情を硬くする。
身構えて然るべきであるので、ソウマは、気にせず話を進める。
「ティアスさんは、我々の存在について、どの程度ご存知でしょうか?」
「回答を致しかねます」
それは、識っていると答えているも同義であった。
一般の帝国臣民には、地球の存在さえも報されておらず、また、その予定もない。
そのことは先の会談で伝えられていた。
つまり、識っているということは、襲撃に明確な意図があったことの証左に他ならない。
例えば、過激派の暴走を止めるために、部隊を派遣するのであれば、ソウマの存在を伝える必要はない。
だが、それを追求するつもりはない。
そも、解っていたことだ。
前置きにすぎない。
「なるほど、では、質問を変えましょう」
とはいえ、気の利いた言葉など、そうあるものではない。
ソウマは、余裕をみせながらも、困っていた。




