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赫狼と天狼弓。
地球と帝国の人型兵器が宇宙で対峙していた。
状況は偶然ではない。
ソウマが航宙戦力を持っていないわけがなく、
であれば、それを伴って実力行使に出てくることは必然。
想定できるのであれば、あとは利用すればいい。
そして、アイリスは、この状況を選択した。
つまりは、偶発的な戦闘の誘導である。
「同じ人型兵器とは、因果だな」
クノスは、震える心を戒めるように、口元を歪め、その手を握りしめた。
戦端が開かれる。
天狼弓は機体を後退させながら、構えた電磁投射砲の狙いを定める。
赫狼は、その動きに対応し、回り込むように加速する。
天狼弓が装備する電磁投射砲は、その名が示すように、実体弾を電磁的に加速し投射する兵器である。
長射程と高精度を実現する兵器ではあるが、砲身が長いため近距離戦闘には適していない。
赫狼の機動は、それを読んでのものである。
射線を外しながらの、踏み込みは、正に、最適解であった。
「全く、いやらしいな」
天狼弓は、腰に携行されていた荷電粒子砲を素早く抜く。
ばら撒いて、赫狼の接近を牽制する。
かすりもしなかったが、それは問題ではない。
問題は、勢いを殺せていないことにある。
「通らないか、識ってはいたが」
熱光学兵器への高度な対抗技術を有していることは、既に地球で経験させられている。
人が携行しているのであれば、兵器にも搭載されている。
想定して然るべきである。
荷電粒子砲は、帝国の軍用機動装甲の標準装備であり、主兵装でもある。
それが役に立たないと想定したからこそ、備えとして電磁投射砲を携行している。
左の荷電粒子砲で牽制し、右の電磁投射砲で打撃を与える。
狙いは、悪くはない。
だが、それを成せるかは、また別の問題である。
赫狼の機動力は、天狼弓を圧倒していた。
追いつめられていく。
クノスは、苦し紛れに、電磁投射砲を撃ってみせるが、どうにもならない。
間もなく、赫狼と天狼弓の間にあった距離は失われた。
「やはり厳しいか」
赫狼の打槍が天狼弓の電磁投射砲を捉えんとした瞬間だった。
「警告:高熱源体反応」
ソウマは、咄嗟に赫狼を逆進させる。
瞬間、赫狼と天狼弓の間を、閃光が射抜いた。
後退し、回避運動に入った赫狼を射抜かんと、追撃が撃ち込まれる。
一条、二条、三条。
矢継ぎ早に放たれる、粒子砲を赫狼は、軽やかに躱していく。
その軌道は、正に自在であった。
「また、不意打ちか」
「敵機捕捉。人型兵器。数は五」
ソウマは、新たに展開した情報窓に視線をやり、敵の姿を確認する。
「悪いな。はじめから一機でやろうとは、考えていない」
戦力差があることは、想定の内である。
勝とうとも考えてはいない。
問題は、どこまで通じるかであった。
「つきあってもらうぞ」
クノスは、微笑っていた。
言葉をかければ、ソウマは手を抜く。
確信があった。
だからこそ、そうはしない。
六機の機動装甲が、赫狼を狩り殺さんと襲いかかる。
それは練度の高い連携であった。
先陣の四機は、四方から牽制を続けながら、追い込んでいく。
後陣の二機は、その後背から、戦況を瞰視し、援護を行う。
先陣の四機の隙をついて、攻勢に転じようとしても、後陣の二機がそれを許さない。
「これはやりづらいな」
赫狼の機動力は、機動装甲を圧倒しているとはいえ、六機を同時に相手をするとなると、それなりに集中しなければならない。
周辺には、無数の微小天体が漂っており、それらの軌道も無視できない。
ソウマは、前後左右上下、あらゆる方向を監視し、状況を処理していく。
機動装甲が携行する粒子砲の威力は、先刻の大型随行兵器が放つ砲火と比較すると、それなりといったものであった。
直撃したとしても、防護障壁に阻まれ霧散するため、問題にはならない。
それでも躱し続けるのは、遊んでいるからではなく、現在の均衡を維持するためである。
つまりは、時間稼ぎである。
ソウマは、回避運動を続けながら、打開策を考えていた。
そして、間もなく、答えは出た。
「正々堂々、正面から」
ソウマは、奥歯を噛み、そして、瞳を大きく放った。
赫狼の背面に装備された両翼の推進装置がわずかに変形する。
後陣にいたクノスは、その予兆を捉えていた。
それだけでも、誇るべきである。
だが、どうすることもできない。
電磁投射砲の照準が同期した瞬間、既に、それは終わっていた。
赫狼の姿は、視界から失われた。




