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「ソウマは、すぐに実力行使に移ると考えます」
「では、戦争が始まるか」
「いえ、そうならないよう対処してくるでしょう。
帝国の艦艇は、木星圏に駐留する第二艦隊を除き、太陽系に存在しないことになっています。
そもそも自由な行動が認められているわけではありません。
ですので、例えば、超射程兵器で小惑星ごと工作部隊を一掃するという対応も考えられないわけではありません。
我々は抗議ができません。逆に、何をしていたのかと、詰問されかねません。
結果、有耶無耶となるでしょう」
「双方が、しらを切って終わりか、なんとも虚しいな」
アイリスは、つまらなさそうに、ため息をついた。
「一方で、状況の進展を望み、積極的に仕掛けてくる可能性もあります。
直接、宙域へと乗り込み、小惑星を破壊すると共に、帝国の艦艇を鹵獲。
その上で、通信の応答を要求する。
私なら、いえ、ソウマなら、そうすると私は考えます」
「揺るがぬ証拠を得た上で、交渉に持ち込むと、そういうことか」
「それがソウマの望みに叶う行動かと」
「望み、望みか」
「帝国と地球の共栄。ソウマは、その道を常に模索し、私と対話していました」
「母星に対する攻撃準備は明確な敵対行動だ。それでも姿勢は変わらぬか?」
「はい」
「余にとっては、都合の良い甘さだ」
アイリスの微笑みに、クノスは背筋を凍らせる。
その瞳は、暗く暗い闇を湛えていた。
「では、お手並みを拝見するとしよう。
愚か者共が招いた結果だが、なに、利用できないこともない。
とはいえ、何もしないというのもつまらぬからな」
アイリスは、車椅子から身を投げ出し、テーブルを這うように、にじり寄る。
微笑みながら、クノスの瞳を覗く。
グラスが倒れ、乱れた純白のクロスに紅が広がっていく。
「告げておこうか? 余の望みを」
その圧に、クノスは息を呑むしかない。
動けない。
椅子に縛り付けられたかのような錯覚が全身を支配していた。
「陛下、なにを」
そう絞りだすのがやっとだった。
アイリスの冷たい瞳は、クノスの瞳を捕らえて放さない。
視線を逸らすことをさえも許さない。
「余が望むのは、支配だ」
クノスは、アイリスの言葉に、はっとする。
「ほう、瞳の色が変わったな」
「まさか、戦争を起こすおつもりですか?」
クノスは、震える手を握りしめ、言葉を返し、そして、睨み返した。
「知ってしまったからには逃れられぬぞ? 余をその気にさせたのだ。その報いは受けてもらう」
吐息が触れる。
そんな距離で、アイリスはささやいた。
クノスは、あらためて、自身の立場が危ういものだと認識した。




