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リムスベルト帝国の最高権力者、皇帝アイリスフィアは優雅な時を過ごしていた。
専用艦の展望室で、車椅子の背を傾け、遥かな宇宙を仰ぎ、瞳を瞑る。
思索にふける小さな口元は、柔らかく微笑んでいる。
地球人類と、そして、地球の管理者を称する存在との邂逅。
帝国の歴史に初めて記される異星文明との接近遭遇。
未来への分水嶺に、自身が皇帝として在るその運命に、アイリスは感謝していた。
同時に、その重責が及ぼす、使命感に苛まれてもいた。
アイリスは考えを考えに考える。
ひたすらに、深く、慎ましく、廻る。
権謀術数の機会を得ることは、為政者の冥利である。
だが、これまで、アイリスは、その必要性を自覚することはなかった。
帝国の内政は不健全なまでに安定しているからである。
言論の統制や、思想の弾圧が横行しているわけではない。
ただ帝国の臣民は賢く、そして、褪せていた。
異論が喧伝されることも、異論が封殺されることもなく、ただ個別主義的であった。
感情がないわけではない。
ただ、同族同士の諍いには、強い忌避感があった。
それは、広大な宇宙で旅を続ける中で悟った真理であるのかもしれない。
そんな世相を反映し、帝国は平和であり、また皇帝も平和であった。
だが、永遠の安寧などありえないことをアイリスは識っている。
現に、地球を発見して以降、帝国は大きく揺らいだ。
初めて直面する外交問題に、帝国は極めて安直な答えを出した。
「なんと、臆病なのだ」
アイリスは、そう蔑み。
地球が、そこに存在していたことを呪った。
だが、情勢は一転した。
アイリスは、歓喜し、そして、誓った。
時代に選ばれた皇帝として、己の全てを犠牲にしても、帝国の未来のために、為すべきことを為すと。
「陛下、ご報告が」
「話せ」
「地球から通信への応答を求める要請があったとのことです」
それは、アイリスにとって、望ましいものであった。
帝国の内政に関する些末事ではない時点で、歓迎すべきものであった。
その上、状況が否応なく進展したことを伝えていた。
「伝えるまでもなく、気づいたか。流石だな」
「どうなさいますか?」
「都合はいい。使者を送る手間もない。だが、少し早過ぎた感はある。それに心象が悪いな」
「では」
「ああ、このまま無視せよ」
「よろしいのですか?」
常に、アイリスの傍らで従事する女官長ナファは、アイリスが最も信頼する存在である。
状況を把握しており、アイリスの意向も察している。
周りに人がいない時のみであるが、助言も許されている。
「余に謝らせたいのか?」
「いえ、そのような、失礼を致しました」
「だが、そうだな。どう考える?」
アイリスは、テーブルを挟んだ対面に視線をやる。
視線の先には、地球を最も識る者、そして、その管理者と最も多くの言葉を交わした者の姿があった。




