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夜明けのソラの契承者 悠久漂流帝国  作者: やたか なつき
二章「調停者」
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18


 戦いは決していた。

ガルギードは、敗北を認めた。

衝撃を受けた瞬間、その意図を理解し、認めざるを得なかった。

健在ではあった。

両腕も、両足もある。

視覚も、聴覚も、戦いに充てられる全ての感覚は正常であり、それを統合する意識も、また明瞭である。

強化外装に外傷はなく、また自己診断機能は、全ての機能が正常であることを保証していた。

だが自由ではない。

失っていた。

五秒か、いや、一〇秒か、それは戦いの中においては、取り返しの付かない時間であった。

 ソウマの狙いは、ガルギードを戦闘不能にすることではなかった。

そも、地球人類が基礎の身体で、強化外装を纏ったガルギードを戦闘不能にすることは、困難であった。

故に、最後に放った一撃は倒すためのものではない。

浮かせ、飛ばし、離す。

自由を奪い、時間を奪うためのものである。

 なんのためか?

ガルギードがなさなければならないことは、ソウマを倒すことではない。

ソウマがなさなければならないことは、ガルギードを倒すことではない。

なすべきことは、言うまでもない。

 あとは、それを示せばいい。

ソウマの戦いに美学はない。

ただ冷静に、冷酷に、最適な手を実行する。

故に、躊躇いはない。

 ソウマの視線は、既に、アイリスを捉えていた。

攻防の中であっても、常に意識し、その隙を窺っていた。

その威を顕示するかのように、演舞が如き操棒を披露し、そして、颯爽と歩み寄る。

ガルギードは、間に合わない。

詰みであった。

「そういうことか、あまり感心できぬな」

 ソウマは、アイリスの眼前で片膝をついた。

跪いていた。

「先にお伝えしたでしょう? 予め、お詫びを申し上げておくと」

 奇妙な構図であった。

見下しているのはアイリスである。

だが、主導権はソウマにあった。

「余が認めずとも、ガルギードはそうもいくまい」

 アイリスはやれやれとため息をつき、そして、敗北を宣言しようとした。

だが、それは、許されなかった。

「では、ここは引き分けですね」

 ソウマは、やんわりと告げた。

「ほう?」

 そも、アイリスは不愉快であったが、ソウマの言葉は、激昂の寸前まで至らしめる威力があった。

掴んだ勝利を躊躇いもなく放棄されれば、そうもなる。

愚弄されていると捉えられても仕方がない。

 ソウマもまた、それが礼を失する言葉であることを理解している。

その上で、告げた。挑発のためではない。

ただ、理を持ち合わせていた。

「詰んでいるのは、私です。これ以上の手がありません。アイリス様こそ、何故、お命じにならなかったのですか?」

「何の話だ?」

「女官の方々が、その気になれば、私を止めることができたでしょう」

「気付いておったか」

 ソウマは、鋭い視線を感じたが、気づいてない風を装う。

「はい、少しありまして」

 連絡艇での、一瞬の交錯から、ソウマは、女官が、ただの世話係ではないことを察していた。

「それに――」

「なんだ?」

「いえ、何でもありません。とにかく、お互い様ということです」

「あいわかった。よいか?」

 アイリスは、仁王立ちで静観していたガルギードに声をかける。

「お心のままに」

 ガルギードは一礼し、応えた。

そも、異論を唱える資格はなく、あったとして、それは既に失われていると理解していた。

「いずれかが半死となることも覚悟の上であったが、双方無傷で、決着もつかぬとはな」

 それは、つまるところ、アイリスの完敗であることを示唆していた。

アイリスも理解しているが、口には出さない。

言葉にすれば、礼を失すると弁えていた。

帝国を慮っての結果である。

「この歳で、このような研鑚の機会に巡り会えるとは。あらためて、礼を言わせて頂きます」

 ガルギードの言葉には、憂いも曇りもなかった。

「こちらこそ、ありがとうございました。帝国の武術は見事なものでした」

「お恥ずかしい。貴公の相手は、老兵には役が重すぎた」

「いえ、そのようなことはありません」

「湯の支度をさせよう。双方、まずは身体を休めるがよい」

 互いにねぎらいの言葉をかけあい談笑する。

 それは、ソウマが描いた理想的な終わりであった。

地球と帝国は、静かに出会い、そして、美しく別れ。

振り返ることなく、互いの歴史を歩んでいく。

そうなるはずであった。

 だが、これは始まりでしかなかった。

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