18
戦いは決していた。
ガルギードは、敗北を認めた。
衝撃を受けた瞬間、その意図を理解し、認めざるを得なかった。
健在ではあった。
両腕も、両足もある。
視覚も、聴覚も、戦いに充てられる全ての感覚は正常であり、それを統合する意識も、また明瞭である。
強化外装に外傷はなく、また自己診断機能は、全ての機能が正常であることを保証していた。
だが自由ではない。
失っていた。
五秒か、いや、一〇秒か、それは戦いの中においては、取り返しの付かない時間であった。
ソウマの狙いは、ガルギードを戦闘不能にすることではなかった。
そも、地球人類が基礎の身体で、強化外装を纏ったガルギードを戦闘不能にすることは、困難であった。
故に、最後に放った一撃は倒すためのものではない。
浮かせ、飛ばし、離す。
自由を奪い、時間を奪うためのものである。
なんのためか?
ガルギードがなさなければならないことは、ソウマを倒すことではない。
ソウマがなさなければならないことは、ガルギードを倒すことではない。
なすべきことは、言うまでもない。
あとは、それを示せばいい。
ソウマの戦いに美学はない。
ただ冷静に、冷酷に、最適な手を実行する。
故に、躊躇いはない。
ソウマの視線は、既に、アイリスを捉えていた。
攻防の中であっても、常に意識し、その隙を窺っていた。
その威を顕示するかのように、演舞が如き操棒を披露し、そして、颯爽と歩み寄る。
ガルギードは、間に合わない。
詰みであった。
「そういうことか、あまり感心できぬな」
ソウマは、アイリスの眼前で片膝をついた。
跪いていた。
「先にお伝えしたでしょう? 予め、お詫びを申し上げておくと」
奇妙な構図であった。
見下しているのはアイリスである。
だが、主導権はソウマにあった。
「余が認めずとも、ガルギードはそうもいくまい」
アイリスはやれやれとため息をつき、そして、敗北を宣言しようとした。
だが、それは、許されなかった。
「では、ここは引き分けですね」
ソウマは、やんわりと告げた。
「ほう?」
そも、アイリスは不愉快であったが、ソウマの言葉は、激昂の寸前まで至らしめる威力があった。
掴んだ勝利を躊躇いもなく放棄されれば、そうもなる。
愚弄されていると捉えられても仕方がない。
ソウマもまた、それが礼を失する言葉であることを理解している。
その上で、告げた。挑発のためではない。
ただ、理を持ち合わせていた。
「詰んでいるのは、私です。これ以上の手がありません。アイリス様こそ、何故、お命じにならなかったのですか?」
「何の話だ?」
「女官の方々が、その気になれば、私を止めることができたでしょう」
「気付いておったか」
ソウマは、鋭い視線を感じたが、気づいてない風を装う。
「はい、少しありまして」
連絡艇での、一瞬の交錯から、ソウマは、女官が、ただの世話係ではないことを察していた。
「それに――」
「なんだ?」
「いえ、何でもありません。とにかく、お互い様ということです」
「あいわかった。よいか?」
アイリスは、仁王立ちで静観していたガルギードに声をかける。
「お心のままに」
ガルギードは一礼し、応えた。
そも、異論を唱える資格はなく、あったとして、それは既に失われていると理解していた。
「いずれかが半死となることも覚悟の上であったが、双方無傷で、決着もつかぬとはな」
それは、つまるところ、アイリスの完敗であることを示唆していた。
アイリスも理解しているが、口には出さない。
言葉にすれば、礼を失すると弁えていた。
帝国を慮っての結果である。
「この歳で、このような研鑚の機会に巡り会えるとは。あらためて、礼を言わせて頂きます」
ガルギードの言葉には、憂いも曇りもなかった。
「こちらこそ、ありがとうございました。帝国の武術は見事なものでした」
「お恥ずかしい。貴公の相手は、老兵には役が重すぎた」
「いえ、そのようなことはありません」
「湯の支度をさせよう。双方、まずは身体を休めるがよい」
互いにねぎらいの言葉をかけあい談笑する。
それは、ソウマが描いた理想的な終わりであった。
地球と帝国は、静かに出会い、そして、美しく別れ。
振り返ることなく、互いの歴史を歩んでいく。
そうなるはずであった。
だが、これは始まりでしかなかった。




