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ガルギードの放った横薙ぎは、ソウマの身体をくの字に曲げ、そのまま払い飛ばした。
ガルギードの腕には、重く確かな手応えがあった。
だが、一方で、勝負を決めるには至っていないことを理解していた。
ガルギードには、ソウマの動きが視えていた。
ソウマは、咄嗟に手にした棒を地面に突き立て、支点として身体を逃し、また盾として一撃を受けた。
発想も然ることながら、驚愕すべきは、それを瞬時に、そして、正確に再現できる身体性能である。
「あれを受けられるとはな。いや、みごとだ」
体勢を整え、立ち上がるソウマに、ガルギードは賞賛の言葉を送る。
斥力障壁を使うことに躊躇いはない。
持ち得るもの全てを惜しみなく捧げる。
それが戦いであると心得ていた。
それでも、鍛えた技に依らない機能に依ってなされた優位に、武人として憂いがあることも確かだった。
「かなり危なかったですよ」
ソウマは、苦笑いを浮かべながら応えた。
致命打とはなっていないが、その威力は凄まじく、無傷とは言えない。
衝撃の残滓が全身の反応を鈍らせている。
どうしたものか、そう考えていると、ソラの言葉が頭に響いた。
「報告:時間です」
「わかった」
ソウマは、頭の中で静かに応えると、アイリスに視線をやり一礼した。
「なんのつもりだ?」
アイリスは首を傾げる。意図がわからない。
「予め、お詫びを申し上げておこうと」
「詫び?」
「ええ、それと――」
「それと?」
「時間稼ぎです」
ソウマは、微笑みかけながら、そして、手の握りを確かめる。
痺れはない。
「ガルギード」
アイリスは、ベールの奥で、冷たく微笑むと、静かに叫んだ。
雷が如き、踏み込みから、放たれる強撃。
だが、先刻の再現とはならない。
ソウマは、読んでいた。
誘ったのであれば、尚のことである。
ソウマは、初撃を片手で捌き、後ろに跳んだ。
ガルギードは、それを逃さない。
狙いは足元。
獣が如く、低く踏み込み、鋭く払う。
脛斬り。
それはガルギードが初めてみせた下段。
意識の隙をつく慮外の技であった。
視えない。
老練な武芸者が攻防の果てに辿り着いた終の一手。
終止符が打たれる。
その筈だった。
だが、ソウマは、これこそを待っていた。
そのために跳んた。
ソウマは、足を打ち抜かんと迫る打突を、上から蹴り潰し制した。
「ばかな!?」
驚愕に、ガルギードの反応が一瞬遅れた。
ソウマは既に動いている。
蹴り足と共に踏み込み、片腕を振り下ろす。
技巧も何もない大振りの一撃。
先刻の再現である。
踏み抜かれた棒は微動だにしない。
ならば、握る手を放せばいい。
後ろに跳びながら、斥力障壁で受け、反撃に転じる。
ガルギードは、攻勢の流れを構築し、実行する。
いや、実行しようとした。
だが、できなかった。
壊れたはずの左手が、ガルギードの腕を掴んでいた。
そう、治っていた。
ソラは、それをソウマに告げていた。
斥力障壁にも弱点があった。
対象となる空間に、既に一定以上の体積を有する物体が存在すると、干渉を受け障壁の構築に遅延が生じる。
ソウマとガルギードは、近すぎた。
その上、物理的にも連結していた。
斥力障壁は、間に合わない。
困惑と混沌。
ガルギードは、振り払うように、奥歯を噛み締め、渾身の力を持って、それを躱した。
発生しかけた斥力障壁が絡みつき、数瞬、攻撃の軌道を歪めたが故のことでもある。
だが、それも、ソウマの想定の中である。
ソウマは、逃さない。
最後の一歩を踏み込む。
姿勢を崩したガルギードの体を深くを抉るように低く、そして、強く踏み込んだ。
想定し得ない力で踏み抜かれ、石畳が罅割れ、隆起する。
そして、伝えられる全ての力が、打ち込まれる。
それは中国武術八極拳の靠撃という技法に似ていた。
想像を絶する威力がガルギードを貫いた。




