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《時間です》
支援AIの声をキーワードに凍結されていた意識が覚醒する。
クノスが瞳をみひらくと眼前には、青い惑星があった。
その眩さに、その美しさに、視界がわずかににじむ。
数瞬、全てを忘れた。
深く息を吸い――
「突入シークエンスに移行する」
クノスは言い聞かせるように告げた。
軌道計算は既に行われている。
予定の軌道にあるか、ヘルメットのHUDに表示される情報を確認する。
小型の船が大気圏を経て、目標となる降下地点へと至るには、緻密な計算と精密な操船が要求される。
突入後の修正も可能ではある。だが自然物を装うには、重力に身を委ねる必要があった。
「ずれている? どういうことだ?」
深く静かに。
そんな思惑とは裏腹に、既に予定は破綻していた。
《未確認構造体の接近を感知。軌道の修正を実行しました》
ログを呼び出し、仮眠中に実行された例外シークエンスを確認する。
衛星軌道上に人工的な動きをする"何か"の影があった。
「理解したわ」
支援AIは妥当な判断を下した。異論はない。
そも、そのように組んだのは誰でもないクノス自身である。
「第一降下目標地点への到達は可能か?」
《可能ですが、適切ではないと判断。新たな降下目標地点を選定しました》
クノスは支援AIと対話しながら、状況の把握と計画の修正を行っていく。
「幸先が良いことだ」
重大な任務だ。万全の態勢で臨んでいる。
この状況も折り込み済みではあった。
だが、予定通りに行くに越したことはない。
「新しい降下目標地点はここか」
地球と呼称される惑星を模した球体図。
その一点、明滅する赤いマーカーをクノスは凝視する。
太平洋の北西端に位置する離島。
そこには人類最大規模の都市があった。
「なすべきことは、変わらない」
クノスは告げ、己に課せられた使命に、その重さに、静かに奥歯を噛んだ。
やがて、クノスの乗る小型潜航艇は、突入をはじめる。
《機体表面温度上昇。冷却システム正常稼働》
銀色の船体が赤く熱を帯びる。招かれざる者の侵入に抗う地球の障壁を切り裂くように船は行く。
「そう拒むなよ。私は最期の希望なのだから」