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この夜、クノスが任されていたことは、会談の場所となる帝国の小型艦にソウマを連れてくることだけであった。
乗艦した後、警護は武官に、案内は文官へと引き継ぎ、そこで役御免となる。
そこから先のことは、保安上の問題があるとして、何も伝えられてはいない。
ほぼ、蚊帳の外にいると言ってよかった。
クノスは、士官として優秀であり、その能力を高く評価され、若くして審判官という極めて重大な職責を与えられた。
だが、言い換えれば、評価される側であり、与えられる側にいるということの証明でもある。
これから執り行われようとしているのは、支配する者たちによる会談である。
クノスは出席できる立場にいない。
クノス自身、それを理解していたし、納得もしている。
だからこそ、一人の帝国臣民として、与えられた職責を全うしようと考えていた。
クノスは、帝国の小型艦が予定の宙域へと近づいたのを確認すると、待機していた天狼弓を走らせた。
間もなく、捉えた小型艦の輪郭は、すぐに曖昧さを失い、確かなものとなった。
広大な宇宙空間に巨大な構造体があった。
小型艦とは、帝国の大型艦とを比較した上での呼称であり、地球人類の基準で、小さい艦船なわけではない。
艦体の側面を飛ぶ天狼弓が小さく視える。
「なんと美しい艦だ。最新鋭艦という話だったが、これ程とは」
クノスは感嘆し、言葉を漏らす。
はじめてみる艦だった。
帝国が所有する全ての艦艇を熟知しているわけではない。
だが、同型艦として思い至るものからも、かなり離れている。
その荘厳な艦影は、この艦が特別な存在であることを窺わせていた。
クノスは、艦の後部から、格納庫へと入り、天狼弓を降りた。
腕を失った天狼弓の姿に、技師たちがざわめくが、説明している時間はない。
迎えた武官との挨拶もそこそこに、使者が待つという展望室へと向かった。
「え?」
クノスは、室内に足を踏み入れた瞬間、立ち尽くすした。
そこには、いるはずのない存在、いてはならない存在がいた。
「どうされたか? まずは忠誠を示しなさい」
しわがれた、だが通る声が静かに叱責した。
声を追ったクノスの視線の先には、髪の長い壮年の男性の姿があった。
帝国の政治を統べる評議会。
その議長であり、皇帝派と称される派閥の長、アインズマルガ卿の姿がそこにはあった。
中級士官にとっては、雲の上の存在である。
だが、クノスを動揺させたのは、それだけではなかった。
伝統派、中庸派、武闘派、帝国を統べる四司代と称される大派閥の長たちが顔を揃えていた。
大使には、それなりの人物が選ばれるであろうと、クノスも考えていた。
たが、ここまでの状況は想定していなかった。
「失礼を致しました」
クノスは、動揺を抑え跪く。
だが、乱れた鼓動が抑えられない。
冷静になろうとして、考えれば考えるほど、頭が混乱する。
わけがわからない。
四司代の長は、確かに、帝国の重鎮の中の重鎮である。
だが、そうであったとしても、審判官として、職責を全うすると決意したクノスをここまで追い込めるわけではない。
そう、クノスが頭を垂れ、その忠誠を示しているのは、四司代の長ではなかった。
展望室の奥、武闘派の長であるガルギード卿が警守するように伺候する傍らには、豪奢な車椅子に腰掛け、悠然と構える何物かの姿があった。
「よい、余が赴くことは伝えていなかったからな。驚かせたな」
クノスは、何を言っていいかわからない。
そも、応えていいのかもわからない。
沈黙する他ない。
クノスが跪いた先には、リムスベルト帝国の全てを統べる存在、皇帝アイリスフィア・リムスベルトがいた。




