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ソウマは、帝国の動きを警戒しつつも、既に日常業務へと戻り、地球と地球人類のための環境保全に務めていた。
クノスは、ソウマと情報共有を図りながら、地球の文化について見聞を広めていた。
それは凪のような穏やかな時間であり、同時に、やがて訪れる嵐を予感させるものだった。
だが、それも、かすれていく。
「終わることが約束された日常が、終わらずに続いていくのではないか?」
そんな錯覚を想起させるくらいに日々は繰り返され、そして、終わりは訪れた。
地球人類が、変わらない朝を迎えた、その日、帝国は動き出した。
地球と地球人類文明、及び、それを管理する異星文明について、クノスが詳細な報告を行ってから、五四七時間が経過していた。
「五日後の夜、時間を貰えるか?」
クノスは、いつもの席で紅茶を飲みながら、まるで大したことではないように告げた。
「構いませんが、何用でしょうか?」
「帝国の使者が地球に派遣されてくる。地球と帝国、両代表者による公式の会談を求めている」
「これは異なことを、私はこれが公式会談だと思っていますが」
「気持ちは嬉しいが、私は決められたことを伝えるだけの存在だ。交渉はできない」
「ともかく、承りました」
「地球軌道上に帝国艦を漂泊させ、そこで会談を執り行いたいというのが、こちらの希望だ。
まずは、地球圏への接近許可を頂けるかだが」
「わかりました。許可をしましょう」
ソウマにとっては、都合の良い申し出であった。
断る理由はない。
軌道上であれば、監視も対応もしやすい。
帝国の艦艇で催されるということであれば、響宴の支度に頭を悩ませる必要もない。
問題がないわけでもないが、身の危険などは顧みるまでもない。
「ただ大艦隊を伴っての来訪は控えて頂きます。いろいろと困りますので」
「わかっているし、伝えてもいる。地球人類に捕捉されないようにうまくやる」
文明の存亡に関わる決断に要した時間としては、十分過ぎる時間とは言えない。
だが、ソウマとクノスが信頼を深めるには、十分な時間であった。
会話の中に緊張感はない。
「会場までのエスコートは、クノスにお願いできますか?
帝国の船を使えば、警戒させることもないでしょうし」
「地球の大使の運転手か、光栄なことだ」
それから、ソウマとクノスは、会談の開催に向け、様々な事項を確認し、詰めていった。
ソウマは拒むことはなく、クノスが求めすぎることもなかったため、間もなく、二国間会談の開催は正式に合意へと至った。
「さて、とりあえず、うやうやしい話はこれで一段落だ」
「お疲れ様です。
しかし、予想が外れて何よりです」
ソウマは、クノスが先に宣告した代理戦争という言葉に言及した。
「そういうこともある。帝国は私の想定より賢明であったということだろう。誇らしいことだ」
そこで、クノスは、はっとした。
何故、こうなっているのか、それを考えなくていいのだろうか?
「いや、或いは――」
クノスは、唇から溢れかけた言葉を押し留める。
伝える必要はない。杞憂にすぎない。
そう考え、忘れることにした。
「どうか、されましたか?」
「なんでもない。帝国の代表には、皇帝派の文官が内定しているようだ」
「他の派閥の方々は?」
「伝統派と中庸派の高官はいないようだ。
ただ、武闘派の武官が護衛として、随伴してくる」
「なるほど」
「いずれにせよ、皇帝派が出てくるということは、
帝国の中で話は纏まっているということだろう」
「それは喜ばしい。
この調子で、会談も円滑に進むことを期待しましょう」
「そうであることを祈ろう。
帝国を信頼してくれているようで、私も嬉しいが、この一言だけは伝えておこう」
「なんでしょうか?」
「帝国は、私ほど、やさしくはない」
ソウマは、うすく微笑み、小さく頷いた。




