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太平洋北西端の縁海に存在する大鳥島をはじめとする大小無数の島嶼。
それらを実効支配するのは国家ではない。
教育研究の場として創設され、科学技術の発展によって、独自の経済圏を構築し、自治権を有するに至った第零世界。
国際教育機構"大鳥学園"は、地域であり、体制であり、思想として、そこに存在していた。
島の全域を睥睨するようにしてある天を衝く威容。
その高層建築物こそセントラルタワーと称される学園の中枢である。
その周囲に接続する様々な建築構造の中に、約束の場所はあった。
「周囲の状況は?」
「回答:通路の封鎖を完了。この庭園が崩落しない限りは人的被害は生じないと推測されます」
「気をつけよう」
ソウマは苦く笑い、周囲の立体地図を視界に呼び出し、クノスの位置情報を投影する。
間もなく、連続する高層建築物の合間に併設された空中庭園が表現される。
摩天楼につくられた緑のオアシスである。
陽光を効率的に浴びるように植えられた木々、鋭角な石材で形成された水の流れ、
それらが織り成す空間は現代アートのようであり、人工的であるが故の美しさがあった。
「待たせたようだな」
「いえ、今来たところです」
ソウマは、事も無げに応えてみせる。
そこには殺意を孕んだ人型が幽鬼の如く佇んでいた。
クノスの姿は、数時間前の可憐な学生のそれではない。
白い手足は、全身の輪郭を露わにする黒いボディスーツを纏われている。
凛然とした笑みを湛えていた顔は、フルフェイスの戦闘ヘルメットに隠されている。
その表情を、その感情を覗うことはできず、
ただ左に携えた、無骨な斧槍の如き形状の長得物が、その意志を示していた。
だが、ソウマに驚きはない。
クノスがその気であることは知れていた。
「夜も遅いですし、用心するに越したことはありませんが、その格好は流石にやり過ぎではないでしょうか?」
「わかっているのだろう? だからここに招いた。お気遣いに感謝する」
「さて、なんのことでしょうか?」
「とぼけるのなら、紅茶を淹れておくべきだったな。静かで美しい場所だ。刃を交えるに相応しい」
「手厳しいですね。はじめる前に確認しておきましょう。何のために貴方は剣を取るのですか?」
「私には、貴公らの力を知っておく必要がある。帝国のために」
それは地球人類のためでもあったが、クノスは言わない。
「なるほど」
「容赦はしない。躊躇もしない。だから、どうか、殺されるなよ」
クノスは、自身の言葉に心を震わせる。
それは引くことはできないと告げる暗示であった。
「では、話をしながら、戦いましょう」
ソウマは、そう笑顔で応えてみせた。
その余裕こそが、クノスが求めるものであった。