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「ふぅ」
クノスは、ベッドから起き上がると、身体を伸ばし、深く息を吐いた。
部屋の照明は消えていた。
ただ窓の外から差し込む月灯りが、薄闇の中にクノスの美しい輪郭を彩っている。
クノスは、ホテルの一室にいた。
数日の間、島への滞在を望んだクノスに応じ、ソウマが提供した場所である。
島内にあるホテルの中でも、特にグレードの高いホテルの最上階。
一般には貸し出されない特別室であり、宿泊するには、それなりの対価と資格が求められる。
クノスが一人で使うには、広すぎる空間だが、一国の大使への扱いとしては、相応であると言えた。
時刻は午前零時を周ろうとしている。
会談の後、クノスは未来に案内され、島を巡った。
話を聞き、手で触れ、時に味わう。
体験し、体感しながら、街を歩いた。
数時間前は、ただの風景でしかなかった。
それが全く違って視え、クノスは、得心し、反省し、感謝した。
未来に送られ、ホテルの部屋に入ったのが夕刻。
それから、クノスは眠り、そして、目覚め、現在に至る。
疲れたから横になり、気づけば夜になっていたわけではない。
数時間前、ソウマと言葉を交わす中で検討され、予定に組み込まれた行動である。
「はじめるか」
クノスは、独りつぶやき、思考の深くに沈む。
検討し、精査し、推敲する。
求める結果と辿るべき過程。
暗闇はクノスの心を研ぎ澄ませる。
暗む。眩む。
光が溢れる地球は、宇宙に生きる者にとって、少し眩しすぎた。
クノスは、嘲笑し、我に返った。
時間はかからなかった。結論は出ている。
ただ、怯える心を、戒めるための儀式にすぎない。
クノスは、携帯端末に手を伸ばした。
連絡用にと、ソウマから渡されたものだ。
音声入力を起動し、クノスは告げた。
「これから、時間を頂きたい」
メッセージには、すぐに既読がつき、間もなく、返信が届いた。
それは、クノスの申し出を了承するものだった。