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「前提として、我々は貴国に積極的に敵対する意志はありません。
航行の自由を尊重させて頂きますし、物資の補給を行いたいということであれば、できうる限りの協力は惜しみません」
「何も視なかったことにして、通り過ぎて欲しいということかな?」
クノスは、からかうように問う。だが、その視線は鋭く冷たい。
「いえ、その選択が最良であるとは考えていません。
ただ、お互いに面倒が少ないことは事実でしょうね」
「では、貴君らの考える最良の選択とはなんだ?」
「言うまでもありません。帝国が我々と友好条約を結び、互いに良き隣人となることです」
「言うまでもなく、条件があろう?」
「ええ、しかし、帝国は理知的な文明であると判断します。
歩み寄ることは難しくないでしょう。
小さなものから、大きなものまで、協議して詰めていくことになると考えますが、
その中から、共通の認識として、一致しておきたいのは、概ね一つだけです」
「地球人類への不介入だな」
「ご明察ですね。
異なる文明との接触は、地球人類には、まだ早い。我々は、そう考えています」
「地球は魅力的な惑星だ。そこに踏み入るなというのであれば、この星系に留まる理由もなくなりそうだが」
「例えば、地球に降りて、観光をするだけなら問題ありません。
一定の節度を期待したいところですが、ええ、特に不安はないでしょう」
ソウマは、クノスを一瞥し、頷く。
それは世辞ではなく、正当な評価である。
クノスと会話をして、地球外人類の存在を連想する者は、まずいないだろう。
「それなりの準備をしてきている。だが、こうなってしまっては説得力はないがな」
「地球人類は気づいていませんので、計画に問題があったとは言えないでしょう。
我々がいたのは事故のようなものです」
クノスは、何も応えず、ティーカップに手を伸ばした。
その心中は、悔恨と尊敬と憤慨とが入り交じる複雑なものであった。
「話を戻しましょう。
地球の歴史に大きな影響を与える行為は慎んで頂きたい。
というのが、我々の要望です。
艦隊によって、制宙権を支配して、植民化するなどということは、言うまでもないことです。
また、秘密裏にであっても、政治体制への介入、科学技術の供与は、お控え願いたい」
「貴君らと同様に、地球人類の行末を見守って欲しいと、そういうことだな」
「はい、そういうことです」
「過保護だな。これまでも同じような姿勢で交渉に臨んできたのか?」
「私の知る限りでは、このような状況に至ったのは、はじめてのことです。
幸か不幸か、地球に異なる文明の使者が来訪することはありませんでした」
「宇宙は広いということか」
「はい、恒星間航行技術を獲得し、宇宙を自由に探索したとしても、他の文明と遭遇することは極めて稀です。
帝国と我々、そして、地球人類の邂逅は奇跡と呼ぶべき事象です」
「奇跡か、良い言葉だ」
クノスは、告げられた言葉を反復し、頷く。
「帝国の方針を伝えたいところだが、この状況は想定外だ。私の権限を超えている。少し時間を頂こう」
クノスが為すべきことは、概ね決定しており、それは全て帝国の意思決定を司る指導部の意向に沿ったものである。
一定の裁量権を持ってはいたが、あくまでそれは予想され得る枠組みの中で、自由に行動できるといったものだ。
つまり、予想し得ない状況においては、クノスが意思決定をすることはできない。
「問題ありません」
ソウマもクノスの立場を理解している。
理解した上で、情報を伝えていた。
「一つだけ伝えておこう。帝国の目的も支配ではない」




