ダルマさんが転んだ
「ダルマさんが転んだ、ね」
そもそも、どうしてこうなってしまったのか。
世の中の色々なものは、そこに神秘や恐怖がある限り何にでも怪異になる可能性がある。
怪異とは何なのか、そんな基本的な疑問はこの際置いておく。考えたところで私には答えは出ないのだから。
「ほんと、何なの?」
授業中、いきなり教室に現れた『怪異』は、子供の少年の形をしていた。
「何なのさ」
頭が混乱している。その自覚が出ている。
少し何があったのか、思い出してみよう。
「ねぇ、皆は『ダルマさんが転んだ』って知ってる?」
本当に突然だった。まるで最初からそこにいたように、教卓の上に現れてこちらを向いて立っていた。
「な、なんだね君は!?」
最初に反応したのは教師だった。
生徒四十人が頭に疑問符を浮かべている中、正常に動けたのは彼だけだった。
「ん?」
少年は振り返る。
「とにかくそこから降りなさい」
少年の肩に手を置く。
「危ない危ない、そこにもいたんだね」
どうやら少年は、最初教師に気付いて無かったみたいだ。
「動いた」
ぐしゃ。びちゃびちゃ。
「え?」
見ていた私は何が起きたのか分からなかった。いや、教師がいきなりぐしゃと潰れて、びちゃびちゃと血液が撒き散ったのはわかる。
そうではなくて、なんでいきなり教師がぐしゃっと潰れてびちゃびちゃと血液を撒き散らしたのか、それが理解出来なかった。
「きゃああああああああ!!」
誰かの悲鳴を皮切りに、教室はパニックに包み込まれた。
みんな我先にと教室の前と後ろのドアへと逃げる。
「みんなルール知らないんだね」
少年は少し呆れたように言う。
「動いた」
次の瞬間、逃げ出そうとした皆がぐしゃっとなってびちゃびちゃと撒き散った。
いつの間にか教師には私と少年だけになっていた。
「あ、え?」
私は混乱していた。
だからこそ助かったのだと言える。
「では続けようか」
この時点で私は、少年はただの少年ではないことにうっすらと気付き始める。
少年は私を見詰めてニコッと笑った。
私はその笑顔を恐ろしく感じた。
既に少年は人間ではないと感覚で分かった。
関わってはいけない、未知の存在。
「では」
少年は再び振り返って、黒板側をみる。
「ダルマさんが転んだ」
だ、の所で少年は振り返る。
私は混乱は溶けかけてはいたが、動いてはいなかった。動いたらダメだというのは何となくわかっていたからだ。
だけど、とろい私にも『ルール』はわかりかけていて、『ダルマさんが転んだ』は、鬼が振り返っている間に動いてしまうとダメというルールだったはず、きっと教師やクラスのみんなはそのルールに抵触してあんな事になったのだろう。
ならば、鬼が見ていない間に鬼の元まで行き、タッチするというあのルールも適応しているのではないか?
多分恐らく、それがこの怪異を止める方法ではないのか?
少年はまた、黒板側を向いて「ダルマさんが〜」まで言っている。
私は自分の考えが正しいか、また、この怪異を終わらせるために動くことにした。
万全を期すために、「転んだ」まで少年に言ってもらい、再び「ダルマさん〜」と言い出してから私は席を立った。
一歩二歩三歩、三歩分歩くと「転んだ」のところだったので私は立ち止まる。少年との距離は五歩分、席が前側だったおかけで、あと一回か二回分でタッチできる距離まで近付いた。
少年は、少し驚いた表情をしたが、すぐにニコッと笑う。そして再び黒板側に振り戻り、また「ダルマさんが〜」と言い始めた。
もう少年との距離はすぐそこだ。「転んだ」の『ん』のところで私は少年の肩を叩く。
「ああ、捕まってしまったか」
少年は笑ってるような悲しんでいるような、両方のニュアンスを含む難しい顔をした。
「鬼が捕虜を使えていない場合に鬼に触れた時、鬼の負けになる。このゲーム、君の勝ちだよ」
そう言うと、少年はうっすらと体が透けて、そして消えていった。
「何がゲームよ」
訳が分からない。
「何なの?」
理解出来ない。出来る訳がない。
現状認識としては、血溜まりの教師に私一人が生き残ったということだけだ。
「ダルマさんが転んだ、ね。ほんと、何なの?」
これは、これから私が多く関わる『怪異』のうち、最初に出遭ったひとつに過ぎなかった。
ダルマさんが転んだって、不思議な遊びですよね。
鬼ごっこやかくれんぼは鬼役から逃げる遊びですが、ダルマさんが転んだはプレイヤーが鬼役に近付くという不思議なことをしています。
しかも一番最初に鬼役にタッチした人が、次の鬼役になる可能性が高いという、謎なんだよなぁ、こんなことを考えるのは私だけでしょうかね?(笑)